鮮血淋漓に夜露死紅

首なしニンジャライダー



 メフには外回りと内回りという言葉がある。

 外回りは弐拾区から拾区までを指し、内回りは玖区から内の地域エリアを指す。外回りの方が治安がいいと言われているが、実際、大して差はない。外だろうが内だろうがメフであることに変わりはないのだ。

「っるるるあああっ、まちゃああがきゃあああああ!」

「っぞ、すっぞらああ!」

 爆音とテールランプとめちゃ頭の悪そうな声が夜の闇を切り裂いた。時刻は零時を回ったところで、近隣の住人たちは『またか』と寝返りを打ったり、舌打ちをした。

 バイクの駆動音と怒号が弐拾区の住宅街にこだまする。吼え声を放っているのは暴走族だ。レディース暴走族、稲妻地獄ジゴワット。バチバチに気合の入った女傑たちで、彼氏でも作ろうものなら『しょっぺえ』と仲間内から袋叩きの目に遭う。法定速度を破ることはどうでもよく、家族チームルールを破ることは許されないのだ。まるで現代に生きるアマゾネスである。……メフは狭いようで案外広い。こういった輩も存在する。

 今日も元気いっぱいの《稲妻地獄》はメフで唯一の暴走族である。かつてこの街には暴乱涙軍チーム=ボランティアという巨大な暴走族が存在していた。

 メフの暴走族には縄張りがある。彼らは外回りを仕切ることに強烈な喜びを見出していた。何故なら内回りより外回りの方が、道路が広くて長いのだ。好き勝手に走り回れる。だから、外回りを仕切る=つええ暴走族という図式が成り立っていた。とはいえいくら暴走族であってもメフから出ることは叶わないのでハムスターよろしくぐるぐる回るしかできなかったのだがそれはそれとして。

 が、《暴乱涙軍》はとある事件のせいで総長だった猿喰という亜人の少年や主力のメンバーが死亡したことにより空中分解した(そもそもあまり活動していなかった)。その他の暴走族も《花屋》にぶっ潰されたり、通りすがりの狩人にぐちゃぐちゃにされたり、調子に乗ってケモノの巣を突いたことでボコボコにされたりして消えてなくなった。

 何の因果か生き残ったのは《稲妻地獄》だけになり、彼女らは我が物顔でメフの街を暴走するのだった。しかしその顔が潰されつつある。

《稲妻地獄》にはとあるルールがある。男を作るな(マジで)。そして、アタシらの前を走らせるな、だ。

「待てってんだるるろおおおがああああ」

《稲妻地獄》のメンバーは暗がりに向けて吼えていた。彼女らは影を追っている。自分たちを容易く千切った相手は後ろ姿さえ見せない。だから吼えるしかできない。ここ数日、一台のバイクが暴走族よりも暴走していた。外回りを我が物顔で走っていた。それを《稲妻地獄》は許さない。しかし捕まえてヤキを入れようにも追いつけない。マシンの性能もそうだが、技術テクが違う。メンバーの誰もが正確にはその正体を視認できていない。

 メットの下、《稲妻地獄》の特攻隊長、戸田夏子は笑みを浮かべていた。彼女には策があった。毎夜不様に千切られていたわけではない。謎のライダーは同じルートを走行している。夏子はそのように断じていた。

「おめえええらっ、そのまんま追えっ」

「頼んだよ、なっち!」

「おう!」

 夏子はメフを走り込んでいた。彼女は隊列から離れると道を何本か曲がった。抜け道を使って謎のライダーの進路上に先回りするつもりだった。そして、その予想はずばり的中する。わき道から抜け出た瞬間、ヘッドライトが夏子を照らした。

「えっ? あれっ?」

 近くない? つーかこっちに来るの速くない?

 夏子は混乱していた。

 見えたのは黒いバイクだった。スポーティでスタイリッシュなフォルムが辛うじて確認できた。夏子が乗っているバイクと、排気量も値段も倍以上違うであろうそれがアホみたいなスピードで突っ込んでくる。

 でかいし、速いし、怖い。

 夏子は小便を漏らしそうになった。あれ(・・)を捕まえようとしていた自分たちがちょっと恥ずかしくなるくらいだった。

「うっ、おあああああ!?」

 混乱する頭。目の前を通り過ぎていく凶悪な輪郭。足は震えてハンドル操作を誤った。あっけなく転倒してしまったが、夏子は見た。そのバイクを駆るものには首がなかった。謎のライダーの正体は、人ではない。彼女は力の限り叫んだ。



 窓から差し込む強い陽光と蝉の鳴き声で目を覚ます。快適とは言えないが、遅刻するより万倍マシだ。幸はそう思いながら、ベッドの上で上半身を起こした。頭をかいて、あくびをしながらのそりと立ち上がる。

「おはようございます」と机の上に向けて頭を下げた。そこには水槽があって、小さなカエルがじっと幸を見返していた。

「おはよう、八街君。それともご主人様と呼ぶべきかな」

 正確にはカエルではなく、自らの異能によってカエルに変身した鬼無里である。彼女はまだカエルのままだった。カエルのままでいいとさえ思っているのかもしれなかった。

「ご主人様って……」

「君がいなければ私は食事できない。ここからも出られない。息もできないし眠れない。つまり死ぬということだ。君がいなくては生きていけないんだよ、私は。しかもだ。私はもうここ数日で君に全てを見られている。だらしなく眠りこけているところも、排泄するところでさえね」

 幸は冷静になった。姿こそカエルだがその正体は鬼無里笹鳴。人間の女である。それを水槽で飼っているという事実は少なからず彼の頭に衝撃を与えた。

「今更になって気づいたのかい。もっとも、私も君の色々なところを見ているんだが」

「色々って……」

「ふふ、色々だよ。人間を観察するのは初めてだが、これがどうして興味深い。それも思春期の若い男子というのなら尚更だ」

「……人間には戻れそうにないんですか」

 鬼無里は瞼を前脚で擦った。まだ眠たそうだった。

「難しいな、それは。姿が変わったことに起因しているのかもしれないが、上手く異能を使えそうにない」

「そうですか」

 幸は、鬼無里をどこか山にでも逃がそうかと考えていた。

「やあ、ご主人様。ところで君はペットを飼ったことはあるかい」

「いや、ないです」

 幸は、というより八街家はペットを飼ってこなかった。彼の母、岬が嫌がったからだ。その理由を幸は知らない。

「じゃあ私が君の初めてということだね。一つ忠告しておこう。いや、警告かな。君は野良犬とか、野良猫を見たことはあるかな。それを可哀想だと思ったことや、餌を与えたことは?」

「あるような、ないような」

「そうか。もしそうなら、君は無責任だ。人間以外の生物を可哀想と思うことは構わない。だが、一度餌を与えられた生物は弱くなる。自分で餌をとらなくなるからだ。野生を失ってしまうんだろうね。だが、餌を与えてくれる人間が都合よく毎日毎日同じ場所、同じ時間に現れるとは限らない。今日は食えても明日は食えない。その時だけ可哀想と思って餌を恵むだけでは、それはもはや殺すことと何ら変わりないんだ」

「……つまり、ええと?」

「飼ってもいいが、最後まで責任を持ちなさいということだよ」

 なるほどと幸は頷いた。そして鬼無里には自分の考えを見透かされているのだとも後で気づいた。

「それより建設的な話をしようじゃないか、ご主人様」

 鬼無里は諭すような口調だった。

「まずは、そうだね、食事だ。別に好き嫌いをしている訳じゃないんだが、パン屑ばかりでは飽きてしまう。何かもっと別のものも食べたい。ああ、流石に生きた虫は辛いな。見た目はカエルだが私にもまだ人間としての矜持があるからね。昨今、昆虫食が注目されているが人が虫を食べるのならともかく、カエルが虫を食べるのは当たり前過ぎる。その当然さを受け入れることは私にはまだできないんだ。それをすると心までカエルになってしまいそうだからね。それから水槽の環境改善を要求するよ。君はテラリウムというものを知っているかな。アクアリウムの陸上版のようなものだ。実は、こんな私にも羞恥心というものはあるんだ。たまには隠れたくなる時だってあるからね。そこでテラリウムさ。……おや、どうしたんだいご主人様」

「あ、ああ、いや、何でもないです」

 幸には、鬼無里が現状を楽しんでいるようにも見えた。

「うーん、よく分からないですけど、確かに今の感じだと寂しいですもんね。分かりました」

「分かってくれて助かるよ」

「とりあえず、今日のご飯は食パンじゃなくってメロンパンにしときますね」

「分かってないじゃないか!」



 蘇幌学園二年一組。問題児こそいないがうるさいことで有名なクラスである。その一組が今朝は水を打ったように静まり返っていた。しかし次の瞬間にはお馬鹿で下品な笑声が響き渡った。

「そういや知ってっか? なんか今、都市伝説が流行ってんだってよ」

「フリーメイソンがどうとかってやつだろ」

「いやちげえよ」

「釣り堀屋に行った女が帰ってこないって話だろ?」

「それもちげえよ。そうじゃなくって、首なしニンジャライダーだって」

 その話を聞いていた幸は小首を傾げた。

「ニンジャなの? ライダーなの?」

「いや、ニンジャライダーだって」

「何それ……?」

 それはだな、と、一人の男子が机の上にどっかりと座り込んで得意顔になった。

「外回りを首のないライダーが走り回ってんだってよ」

「へえ、そんで。そいつは他に何かすんの?」

「え?」

「いや、走ってるだけなら別によくね?」

「えー、ああ、まあ、出くわすと死ぬんだよ。そいつに見られたら石みてえに固まって、そんで」

「首がねえのに『見られたら』死ぬのか? 首がないなら目も口も鼻もねえだろ普通」

「いや、そいつヘルメット被ってるっぽいから」

「メット被ってるんじゃ首あるんじゃね? そいつがメット外したとこ誰か見てねえの?」

「いや、都市伝説だし、そんな細かいところは」

「つーか花粉症じゃねえのそいつ? なんかの異能使ってんだろ」

「だろうね」

「あ、ちょ、ちょっと」

 皆、都市伝説の話からは興味を失いつつあった。

「おいっ、やべえぞ!」

 追い打ちをかけるように、別の男子がクラスにやってくるなりそう言った。彼は随分と興奮している様子で息も荒かった。

「何が?」

「決まったんだよ! ほら、言ってただろ前に! 俺が! 言ってただろ! やるって、合コン!」

「ああー、なんか言ってたっけ?」

「はいはい、どうせ妹の友達の小学生と遊ぶことになりましたーとかってそんなとこがオチだろ」

「違うって!」

 興奮気味の男子は机をバンと叩いた。

「タマ高のテニ部だよ!」

「……タマ高の?」

「テニスって、女子? 男子じゃなくて?」

「女子! 女子の! テニス部と!」

「マジかよ……」

 一組は騒然としていた。

 メフには三つの高校がある。一つは蘇幌学園。一つは田武高等学校。通称はデン学。異能者が多いと言われている。そしてタマ高こと鳥玉高校。タマ高には女子が多く、異能者が少ない。近隣の男子生徒からは高嶺の花扱いされている。

「しかもテニス部かよ、なんかこう、超遊んでそうで興奮してきたな」

「なあ、俺ら全員行けんの?」

「全員は無理だ。ここは公平にいこう」

「じゃあちょっと待ってて、家からバット持ってくるからよ」

「おお、じゃあ俺は」

「ちょっと待って。公平って言ったよな俺?」

 都市伝説の話は遠い彼方へと旅立っていた。俄かに色めき立つ男子どもを見ていた蝶子は、遠慮がちに言った。

「なあ、うちも行ってええ? よう分からんけど遊びに行くんやろ?」

「え、ええと、その、蝶子ちゃんは……」

 男子どもは困った。

「八街、ちょっとお前、お前がどうにかしてくれ」

「ええっ、ぼくが?」

「おう」

 一組の合言葉は、困った時の委員長である。

 蝶子はじっと幸を見据えていた。しかしその瞳は不安そうに揺れている。

「蝶子ちゃんは駄目だよ」

 幸はすっぱり言い切った。その様子を見て、翔一などは『おお』と感嘆の声を上げていた。

「あかんの?」

「うん。あのね、合コンというか、そういうのはね」と幸は説明を始めてから、自分はあまり興味がないことを告げた。

「だからみんなにとっては、そういうのは戦う場所なんだよ」

「男の戦場ゆうんならしゃあないなあ」

「その代わり、ぼくと二人で合コンしようか。放課後、どっかで遊ぼうよ」

「うちと? ええの?」

「いいよ」

「そしたらうちなあ……」

 二人は放課後の予定を立て始めた。その様子を見ていた他の男子は葛藤していた。正直、蝶子とも遊びたいしいい仲になりたい。しかしタマ高女子との出会いも捨てがたかった。高嶺の花に手を伸ばすか、あるいはここで毎日顔を合わせるクラスメイトとの仲を進展させるべきか大いに悩んだ。行く手にはバラ色の未来が待っていると信じていた。

「うおおおおお俺は行くぞ俺は行くぞ新たなる出会いが待っている……!」

 一人の男子は机の角に頭をぶつけながら言った。

「ど、どうせ委員長は奥手だし? 蝶子ちゃんと付き合うとかそういうのないでしょ? なあ?」

 ある男子はぎりぎりと歯を食いしばりながら決意した。

「久しぶりにまともな女子と会える!」

 翔一は嬉しそうにしていたが、蝶子に睨まれて顔から血の気が引いていた。

「な、なあ、首なしニンジャライダーは……」

 それはもう誰も聞いていなかった。



「なんじゃい」

「え?」

「……別に、なんでもない」

 蝶子は溜め息をついた。

 幸と彼女はのどかな雰囲気の道をゆっくり歩いている。二人が向かう先には斧磨鍛冶店があった。

「あそこら辺の商店街ね、なんかレトロ―って感じで雰囲気が好きなんだ、ぼく」

「レトロなあ」

「もっと違うところがよかった?」

 蝶子は腕を組んで悩んでいたが、パッと表情を明るくさせた。

「や、こういうのもアリやな」

「でしょう?」 と、幸は得意げだった。

 拾区のがらがら通りは今日もトンカントンカンうるさく、人通りといえば武器の手入れに来た狩人くらいのものだった。幸はそれがいいのだと蝶子に力説していた。

 二人はがらがら通りの商店を冷かしていたが、蝶子が、とある骨董品店の前で立ち止まった。和洋どころか古今東西この世にあるもの全てを折衷したような、混然とした商品が並ぶ店構えであった。

「おおう、ええやん、こういうの」

 蝶子は店先に置いてある、日本刀を提げた西洋鎧に熱い視線を送っていた。

「ええなあ、うちに飾ろうかなあ」

 幸は鎧についた値札を確認した。

「これ、桁が三つくらい間違ってる気がするんだけど」

「こんなもんちゃう? 古いし」

「古いと高いのか……」

 蝶子は鎧の前から動かない。携帯電話を操作して誰かと連絡を取っているらしく、本当にアレを買うつもりなのかもしれなかった。手持無沙汰になった幸は他の商品をぼんやりと眺めた。

 だるま。こけし。かかし。折れた鉈や斧。狩人から買い取ったものらしい道具。妙な形をした物干し竿には多数のハンガーがぶら下がっていて、そこには派手な柄のシャツが年寄りみたくくたびれていた。

「おっ、八街じゃーん」

 今しがた斧磨鍛冶店から出てきたのは鷹羽だ。彼女は暑そうにしながら胸元に風を送っていた。幸は小さく手を振った。

「お? 何だよ女連れたぁお熱いねえ、デートかよ」

 鷹羽はにやにやとした笑みを浮かべた。

「うん、そうなんだ。クラスの子。たかちゃんは何してたの?」

「たかちゃん言うな。アタシは研ぎやら何やらが終わったんでよ、ちょっと涼みに出ただけだ」

 幸と鷹羽が話しているが、蝶子は全く気づいていなかった。

「しかし八街よー、こんなとこでデートとは気が利かねえんじゃねえの? 何もねえぜ、この辺」

「でもめちゃめちゃこの鎧見てるんだよ」

 鷹羽は蝶子の傍にヤンキー座りした。そうして鎧をじっと見上げる。

「これアタシが生まれる前から置いてるんじゃねえかな。つーか、この店のもんが売れてんの見たことねえ」

「そうなの?」

「おお、いつもなんか買い取ってばっかなんだ。……あ?」

 幸はにこにこしながら鷹羽を見下ろしていた。彼女は眉根を寄せる。

「何笑ってんだよ。薄気味悪ぃなあ」

「今日はたかちゃん、機嫌がいいんだね」

「あー?」

「いつもならもっとぼくを邪険にするじゃない。帰れー、とか言ってさ」

 鷹羽は無言だった。図星だったからだ。彼女がご機嫌なのは魔区の調査のおかげである。それに幸が絡んでいたとは知る由もないが、とにかく儲かったのだ。狩人たちが入れ代わり立ち代わりがらがら通りを訪れては武器の新調やら調整やらを頼み、斧磨鍛冶店もその恩恵に与かっていた。しかし『実はそうなんだ』と答えるほど鷹羽は素直なたちではなかった。

「別に? 何も機嫌なんざよかねえってんだ」

「そうなの? じゃあよかった」

「何がよかったんだよ」

「ご機嫌でもないのにたかちゃんがそうだからさ、ぼくに優しくなってくれたのかなーって思って」

「…………その能天気な顔見てたらさ、なーんかムカついてきた」

 理不尽だった。

 立ち上がると、鷹羽は興が削がれたとばかりに幸に背を向けた。

「あ、たかちゃん」

 鷹羽はぴたりと立ち止まった。何だかんだで律儀な女だった。

「預かってもらってるケモノのアレ、どうなりそう?」

「……ああいうのは好きじゃねえんだけどなあ。アタシのじゃ満足できねえのかよ」

「でも古川さんとかが」

「アタシが」

 鷹羽は振り返って言った。

「いや、その、一本目のには余計な手ぇ入れたくねえんだよ。でもお前がどうしてもケモノの素材を混ぜ込んで欲しいってんなら、そうだな、二本目だ、二本目。新しい鉈を作るってんならそれに混ぜるので納得してやらあ」

「新しい鉈かあ……」

「おう、どうなんだよ」

「じゃあお願いしようかな」

「おう、そうだろうな。……え、作んのか?」

 幸は頷いた。

「一本だけじゃ心もとないし」

 自分から降っておきながら鷹羽は戸惑っていた。まさか幸が首を縦に振るとは思っていなかったのだろう。

「特注だからよ、たけえぞ」

「知ってるよ。前にやってもらったじゃんか」

「あ。お前アレだろ。また古海って市役所の人に頼むつもりだろ」

「バレたか」

「んだよ、まあいいけどよ」

 鷹羽は頭をがりがりと掻いた。

「じゃ、そん時はまた声かけろよな。本当にいいんだな? 知らねえぞ上手くいかなくても」

「そん時はそん時だよ」と、幸はへらりと笑った。

 鷹羽が去った後、妙な熱気を感じて、幸は振り向いた。鎧を見つめたままの蝶子が、ぼそりと言った。

「えらい楽しそうに喋っとったな」

「え?」

「デートやーゆうのに、委員長はよその女とあんな風に喋んねんなあって」

「駄目だった?」

「え? ……ちょっと嫌やった」

「そっか、ごめんね。何か冷たいものでも食べに行こうか」

「おごり?」

「もちろん」

「じゃあこれも」と蝶子は件の鎧を指差した。

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