常に騎士



 おかしな車が正門の前に停まっている。

 報告を受けた体育教師が動いた。勤続年数二十余年。生活指導に熱心で蘇幌学園の風紀を守り続けてきた男だ。それも衣奈葛が入学してくるまでのことだったが。しかし彼の中には学園を守るという気持ちが未だ燻っている。怖じ気づく他の教師とは違い、体育教師の男は長年鍛え続けてきた肉体に絶対の自信を持っており、それを誇示するように悠然と正門まで歩いて行った。車からは柄の悪い連中が降りてくる。どうってことはない。体育教師は彼らを指差して、ここを去るように言った。チンピラどもは口々に彼を罵るがその辺の不良と変わらない語彙力と威圧感である。体育教師はなおも毅然として言った。

「ここは学校の……! お、おお?」

 車から、二メートル近い大男が降りてきた。体育教師は、それはちょっとずるいんじゃねえのと思った。



 正門前にやってきたやくざが生活指導の体育教師を投げ飛ばしたという昼休みの珍事は瞬く間に学校中に知れ渡った。大多数の生徒は校内に犬が入ってきたのと同じような感覚で離れた場所から見物していた。それは教師であっても同様で、警察に通報した後はやくざの成り行きを静観するしかなかった。

 生徒会長の長田が昇降口に集まっている教師たちに合流したのは体育教師が投げられてからすぐのことであった。

「警察の方はまだなんですか」

「長田くんか。ああ、なーんか忙しそうみたいでなあ」

 年配の教師は他人事のように言う。正門前に陣取るやくざたちは学園の敷地内には入ってこないが、時間が経てばそれもどうなるか分からない。長田は腕を組んで彼らを見据えた。

「何かあったんでしょうか」

「街の方でやくざが暴れてるらしいよ。警察はそっちに人手を割いてんじゃないかって。困ったよなあ」

 もうじき五時限目のチャイムが鳴る。生徒たちはいつしか昇降口近くに集まり出していた。



 外が騒がしい。廊下に集まった生徒は携帯のカメラを正門に向けて写真やら動画を撮っている。幸も外が気になったが、もうすぐ授業が始まるので大人しく座っていた。

「ねえ、みんなも戻りなよー」

「いい子ぶんなよ委員長。来てみろって、やくざだ」

 幸は息を吐いた。それはもう知っているし、見飽きている。翔一はやくざを見たくもなければやくざという言葉ですら聞きたくもないらしく、目を瞑って黙りこくっていた。

 教室には幸と翔一、それから蝶子しかいなかった。五時限目の始まりを告げるチャイムが鳴っても騒ぎは収まらなかった。やがて一組で授業を行う教師が来て出入り口近くで立ち止まった。

「おいお前らー、教室ん中入りなさい」

 教師に促されても生徒たちは動かなかった。

 チャイムが鳴り終わると同時、教室のカーテンが風で大きく揺れた。窓際にいた翔一はそれを鬱陶しそうに手で払う。教室の中央、誰も座っていない机と机の間に、黒いものが立っていた。妙な仮面をつけた、黒いコートの何者かである。そいつがあまりにも静かに、何の前兆もなく現れたものだから、幸も、出入り口付近にいた教師も、廊下から教室を見ていた生徒も反応できなかった。

 我に返った教師がその人物に声をかけた。瞬間、そいつが宙に舞った。跳躍し、教師の頭部を蹴りつける。蹴られた教師は廊下へ吹っ飛び、壁に叩きつけられて気を失った。方々から悲鳴が上がる。

 幸は椅子から立ち上がっていた。始まりは静かだったが状況は既に動いている。不審者の侵入は先まで物見遊山の気分に浸っていたものたちの目を覚まさせるには充分だったらしい。

 教師を昏倒させた不審者は一組に戻ってきて、室内をゆっくりと見回した。

「な……んだってんだよ、こいつ」

 翔一は体が強張って動けないでいる。幸は腹に力を込めた。

「余計なことすんなや、お前ら」

「え、ちょ、蝶子ちゃん……?」

 廊下にいた一組の男子どもは不審者の存在よりも、乱暴な言葉遣いをした蝶子に対して驚いていた。彼女は大げさな動作で足を組み替えると、机を蹴っ飛ばして不審者と向かい合う。

「狙いはうちやろ? ん? 赤萩組の組長の娘が狙いやろ? だったら無駄なことすんなや。この猪口蝶子、逃げも隠れもせえへん」

 仮面の不審者は蝶子をじっと見ていた。

 そのやり取りを見ていたものは遅まきながら事態を把握した。特にショックを受けていたのは教室でよく弾き語りをしていた男子である。彼は蝶子が好きだった。彼女の清楚なところが好きだった。控えめに笑うところも、授業中の凛とした横顔も好きだった。彼女がそれを演じていたと知ってもその気持ちは変わらなかった。そしてそれは他の男子も同じだった。

「うちを連れてけ。カタギにゃあ手ぇ出すなや」

 しんと静まり返った後、不審者は小さく頷いたように見えた。

 その後ろから飛びかかる影があった。不審者の脳天にギターが激突し、半壊したそれが最後の音を奏でる。

「なっ、何を……! 何をしとんねん!?」

「センキュゥウウウウウウウ!」

 弾き語り男子はやけくそ気味に叫んだ。ぶん殴られた不審者は頭から床に突っ込んで動かなくなる。蝶子は立ち上がり、血相を変えた。

「ほっとけや! うちが行けば済む話やろ!」

「よく分かんねえけど、なんかそういう話になってるみたいだな」

「聞いたやろ。こいつら藍鶴会とツルんどる中国人や。束んなってうちをさらおうとしとる。狙いはうちや、うちだけなんや。せやから部外者が余計な首突っ込む必要なんかどこにもあらへん。ほっとけや!」

 男子たちは掃除用具を手にしたり、体を伸ばしたりしていた。蝶子が喚くも、誰も彼女の話に耳を貸そうとはしなかった。

 彼らは知っている。メフでずっと暮らしてきたものも、外から来たものも、何かしらの問題があるのに、それでも学校に通おうとする意味を知っている。

「ヤチマタ、猪口連れて先に逃げろ」

 翔一は箒を素振りした。

「……ダメだよ。皆、花粉症じゃないじゃないか」

「早くしろよ委員長。こいつら一人で来てねえだろうし、表のやくざもグルなんだろ。蝶子ちゃんがやべえなら、また誰かここに来るぞ」

 一組の男子は囮になって藍鶴会を引きつけると言っていた。

「お前らっ」

「早くしろって!」

 幸は躊躇っていたが、蝶子の手を取った。彼女はそれを振り解こうとしたが、幸がそれを許さなかった。

「すぐに逃げるから、皆もすぐに逃げてよね」

「おう。頼むぜ委員長。花粉症持ちはお前だけなんだからよ」

 翔一は気楽そうに手を振る。

「力がどうとか、そういうのは関係ないんだろ? やりてえからやるんだ」

 幸は蝶子を連れて教室を出る。二組から蛇尾の構成員が飛び出てきた。それを翔一たちが箒や椅子を振り回すことで押しとどめた。

「待てやっ」

「待たない!」

 力を込めて蝶子を引っ張る。駆ける。幸の視界は狭まり、もう前を向いていた。

「離せ!」

「みんな君が好きなんだ! いいとこ見せたいんだよ!」

「知らんわ、そんなん!」

「君がっ、未練がましく学校なんかに来るからだろ!」

 蝶子は目を見開く。そうして幸にされるがまま、ただ足を動かす。

「ほっといて欲しいなら蘇幌に来なくてもよかったじゃないか! 部屋の中にこもってればよかったんだ! それなのにいたんじゃないか、教室に、ぼくらのクラスメートとしてさ!」

「もうええから黙れ! 黙ってくれや!」

「言いたいことがあるんなら言えよ! 言わないままいなくなるなんて、他の皆が許してもぼくは嫌だから!」

 もはや口喧嘩である。二人は、というより幸が一方的にまくし立てながら一階目指して走っていた。階段に差し掛かったところで彼が足を止める。急制動がかかり上履きが床の上を滑った。

 蛇尾の男が階段を上ってくるのが見えた瞬間、幸は《花盗人》の発動を試みた。だが、しなかった。異能が空ぶったのだ。彼は即座に床を蹴った。跳躍し、男を巻き込むようにして倒れ込む。幸は背中を打ちつけたが痛みよりも怒りが勝っていた。

 奇襲じみた体当たりが成功したのは幸の判断が蛇尾の男より早かったことと、男がここを学校だと甘く見積もっていたことに起因していた。

 幸は男の首を締め上げるようにしながら叫んだ。

「行って!」

「花粉症なんやろ!?」

「出ないんだよ! 早く!」

 蛇尾の男の肘が幸の顔や腹に突き刺さる。二人は踊り場でもつれ合って転がった。蝶子は動けなかった。視線は定まっていなかった。ぐるぐると泳ぎ、回り、体温が上がっていく。彼女は咄嗟に左目を掌で覆った。



 人は独りだ。

 隣に誰かいても分かり合うことはなく、相互理解は欺瞞、あるいは独りよがりに過ぎない。この世には言わなくては分からないことがある。分かって欲しいのなら自らの気持ちを言葉にするしかないのだ。そのようなことは蝶子とて分かっているつもりだった。だが、言ってもしようがないことだってある。

 猪口蝶子は赤萩組組長の娘として生まれた。親がやくざ。それが彼女の肩書きだった。妾の子だが周囲の見る目は変わらない。本家だろうが分家だろうが何だろうが、一度貼られたレッテルが置き換わることはない。そのレッテルが、生まれが、彼女に普通の子であるのを許さなかった。少なくとも蝶子の場合はそうだった。

 友人はできなかった。家の事情で引っ越しを繰り返して長く同じ場所にいなかったこともあるが、それだけが原因ではなかった。蝶子自身が自らの出生を話すことはなかったが、新しい場所でも数日でそれは暴かれてしまう。人の口に戸は立てられないが、時には教師が蝶子の親が暴力団なのだとばらすこともあった。彼女の周りにはいつだって暴力があり、好奇の目に晒されていた。

 生活には不自由しなかったが、家族は母しかいなかった。まだ若く、遊び盛りの女であった。父親の顔を見たのは数えられる程度で、その代わりに近くにはいつも赤萩組の『若衆』というのがいた。彼らは蝶子に優しかったが、やはり何某かの下心はあった。若衆は何度か入れ替わったが、彼らのほとんどは母と関係を持っていた。隙間から覗く男女の営みには愛情の欠片すらなく、浮世の憂さをぶつけ合うような獣性しか感じられなかった。

 家でも、学校でも、蝶子の心が安らぐことはなかった。

 だから蝶子は、自分がこうなったのは自分のせいではないと信じていた。環境さえ変わればまともになれると、それだけを信じて歪まず曲がらず、道を踏み外すことなく生きてきた。やくざの娘だからと言われるのが嫌だったからだ。そうして彼女は花粉症に罹った。誠実だろうがそうでなかろうが関係ないと断じられたように感じた。


『メフに行くといい』


 蝶子の病状を知った、赤萩組の鵜塩という男がそのようにすすめてきた。ちょうど赤萩組と藍鶴会の抗争が激しくなったのもあり、避難させるという名目なのだとも言われた。組長おやじからもそうするように、と。鵜塩は付け足すようにして言った。彼女は迷った。

 そうか。

 もう、他人のせいにもできないのか、と。

 彼女はこれが最後の機会であるとよく理解していた。



「早く!」

 幸が叫んでいる。蛇尾の男に殴られながらも決して退くことはない。蝶子はその様子を、熱くなった目玉でしかと見ていた。

 何故だ。

 どうしてそんな真似をする。

「う、あ、あァ……!」

 幸も、一組の連中も、どうしてこんなことをしているのかが分からなかった。分かり合えないと思った。だから、分かりたいと思った。

 その瞬間、蝶子の脳内に声が響く。その声はもう知っている。そいつは何度も何度も、彼女の頭を叩くようにして叫んでいたからだ。

黒焦げ美人ペレクムホヌア。それが蝶子の異能だった。

「ア……!?」

 蛇尾の男がくぐもった声を出す。仮面のせいで表情こそ見えないが驚いているに違いなかった。

 蝶子の周囲の温度が上昇している。彼女は左目を手で隠したまま、苦痛にあえいでいるかのような絶叫を迸らせた。男は見た。蝶子の長い黒髪が揺れて動いて浮き上がっているのを。そこから真っ赤なものが覗いていた。燃え上がるような――――否、彼女の赤毛は実際に燃え上がっている。

 隠れていた片目が光輝を帯びた。赤熱する体はもう抑えが利かなかった。蝶子は強く拳を握り込む。そのまま腕をまっすぐに伸ばして、男を捉えた。

「ハジいたらァ!」

 脳天から握った拳へと力が伝わる。収斂した熱が彼女の拳から射出された。爆音と黒煙が立ち上る。風を切り、射線上の空間を飲み込むように。それは蛇尾の男のすぐ横を掠めて壁に激突し、粘性のある炎をばら撒いた。飛んだのはただの弾丸ではなかった。《黒焦げ美人》が撃ったのは溶岩である。

「うっ、うおお!?」

 蛇尾の男は幸から離れると、蝶子に向かって跳躍した。彼女は既に二弾目を装填し終わっていた。耳をつんざく音が、男の耳朶を占めた。《黒焦げ美人》のそれはもはや噴火である。小型の溶岩は蛇尾の男の腹を打ち据えると、彼を踊り場の壁まで運んだ。男は熱と痛みでまともな身動きが取れないらしく、ただ呻くのみだった。

「ぼやぼやすんなや!」

「あ、う、うん」

 幸は蝶子の手を借りて立ち上がった。彼女の艶やかな黒髪は見る影もない。

「カツラだったの?」

「ウィッグってゆえや」

「髪もぼさぼさだね」

「ボブにしとるんやけど」

 今度は蝶子が幸の手を引いて走る。

「外から出よう」

「藍鶴会おるぞ」

「裏門でも塀乗り越えるでもいいよ! それに下には先生たちもいるし」



 正門前の空気は先までと違い、剣呑なものに変わっていた。藍鶴会のやくざは敷地内の一歩手前まで近づいていたのである。それを教師は必死になって押し留めていたが時間の問題だろう。

 長田も教師と一緒になっていたが校舎内の様子を気にしていた。先から降りてくる生徒が多い。そのほとんどが二年生だ。

「先生、俺は」

 その時だった。手を広げて制止を試みていた教師の手が、やくざの体に触れたのだ。

「あ、おい、触ったろ」

「え?」

「触ったルァァッタレァアアアアア!?」

 乱闘になった。やくざどもが何をしたいのか、誰も、まるで分からなかった。

 混乱に陥る正門前だが、長田は状況を何となくだが理解していた。つまりこいつらは難癖つけて校内に押し入ろうとしている。なぜ今の今まで動かなかったのかは定かではないが、放置すれば生徒の身が危ないのは明白だった。

 ぶん殴られる男性教師の脇をすり抜けて、長田は藍鶴会の年若いチンピラを見据えた。

「止まれ」

「ぉオアアァ?」

「部外者が入るな。入りたいなら許可を」

 やくざは長田の話を聞いていなかった。彼を無視して殴りかかろうとした。

「そうか」

 ぐるりと、やくざの体が宙に浮く。長田が彼の服の袖を掴み、投げたのだ。ろくな受け身も取れないまま、やくざは地面にぶつかってのたうち回る。

「お、おお? いいぞ長田ー!」

「やっちまえ会長ー!」

「ぶっ殺せ!」

 物騒な応援が昇降口の方から届いた。

「止まれと言っている」

 そうして長田は残りのやくざを見回した。今度は二人同時に突っ込んできた。彼は一人を片手でいなすと、もう一人の胸元を掴み、足を払って体を浮かせる。浮いた相手の勢いを利用して思い切り地面に投げ飛ばした。残った一人は刃物を持ち出すが、長田はそれを即座に蹴飛ばした。得物を失ったやくざはえへえへと笑った。

「ぬおおおおおおおおおおおっ」

 さっきまで伸びていた、体育教師の魂の張り手がその男を撃滅した。彼は、白目を剥いて舌を出したまま痙攣するチンピラを見下ろす。

「長田くん、下がっていなさい」

「これも生徒会長の務めだと思ってますから」

 長田は思い込みが強かった。だが、その妙な意志の固さが彼に格闘術を齧らせてやくざを伸しているのだから世の中というのは分からなかった。

 いつしか立っているのは三人だけとなった。長田と体育教師、それから練鴨組のポチと呼ばれる大男である。

 体育教師は長田の前に立った。もはや彼は自分の生徒の実力を疑っていないようだった。

「ここは任せろと言いたいとこだが、おれ一人じゃちっときつい。先行する。長田が仕留めろ」

「やってみます」

「よし、うおるああああぁあああああ!」

 体育教師が駆けた。相対するポチは自らの胸をどんと叩き、待ち構える。

「往生せえやああああああああ!」

 勤続年数二十年、風紀の鬼が選択した技はドロップキックだった。両足での衝撃を、ポチは微動だにせず受け止める。体育教師はきっちり受け身を取り、素早く立ち上がってその場でのドロップキックを敢行した。

「すげーちゃんとスクリュー式やってんじゃん」

「三連発、四連発、いくなー」

「でも効いてなくね?」

 ポチは何発喰らっても倒れなかった。次第に体育教師の息が上がり、動きが鈍くなっていく。彼はめげずにドロップキックを打とうとしたが、跳び上がったところで両足を掴まれた。

「ぬっ、ぬおおおおおぉおおお!?」

 そのままボディスラム。体育教師は気を失った。しかし、自分に注意を向けさせることこそが、体育教師と、

「もらうぞ」

 長田の狙いである。彼はポチの後ろに回り、跳び、全体重をかけて首を絞めた。分厚い首だが腕は回る。長田は声を荒らげて締め上げた。しかし悪手だった。打撃よりは効果があると思っていたのだろうがレスラーは締め技にも強い。打撃にも強い。レスラーは強い。wrestlerイズ最強である。

「何やってんだボケェ!」

「バッカ、レスラーには金的とか抓りだろ!?」

「知るかそんなもん! うっ、うおおお!? ちょちょちょマジかよ!?」

 素に戻った長田は半狂乱の有り様である。ポチは彼に首を絞められたまま後ろに倒れ込んだ。

「ふっざけ……!」

 抵抗虚しく巨漢に押しつぶされる形となった長田だった。再びポチが立ち上がった時、彼はもう立てなかった。更に、長田に投げられていたやくざが復活し、ぞろぞろとポチのもとに集まってくる。

「クソァ、センコーどもめ」

「ポチがいなかったらやばかったな……」

「もう言うなってチキショウ情けねえ。情けねえけど行くぞ、シナチク野郎どもの援護だ」

 練鴨組が校舎をねめつけた。その光景を見ていたものたちはもうおしまいだと悟った。後は巻き込まれないように逃げるしかない。

「シィアアア! 行くぞ!」

「どちらへ行かれるのですか」

「あ?」

 呼びかけられたやくざが振り向く。その正中線に打突が叩き込まれた。他の面々が距離を取りつつ後ろを見た。そこにいたのはワーウルフの女である。和装で竹刀を携えており、練鴨組は彼女のことを、何となく、どこかで見たような覚えがあった。

 女は竹刀の先を練鴨組に向ける。

「どうやら悪とみなしてもよさそうですね」

「……? あっ、こいつ!」

 やくざが女を指差した。その振る舞いに彼女は苛立った。

「クッソオンボロ道場の亜人じゃねえか!」

「あっ、てめえ金返せ! さもなきゃ出てけ!」

「こんなとこまで何しにきやがったクソが!」

 散々だった。

 犬伏浜路は何も言い返せなかった。

「ふ。ここで勝手な真似はさせません。ここが無茶苦茶になったら顧問できなくなりますからね」

 やくざたちは慄いた。

「このアマ全然話聞いてねえし自分のペースで喋り出しやがった」

「やべえぞ」

 浜路は続けた。

「成敗します。決して私怨ではありません。これは神罰です」

「なんか無茶苦茶言ってんぞ」

「いいよもう、やっちまえポチ! 手加減すんなよ!」

 その光景を見ていたものたちはもうおしまいだと悟った。不審者同士の戦いが勝手に始まろうとしていた。

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