硝子壺の中の蟻<2>



 幸は弄ばれていた。瓜生は彼に固執しているのか、『家族にならないか』と執拗に勧めてくる。幸は最初、それが自分を動揺させる手管だとばかり思っていたが、よくよく考えるに彼がそのような七面倒な方法を取る必要性がないことに気づくとぞっとした。この男は本気で戯言を口にしているのだ。

「お、まだ立てるんだ」

 瓜生は気楽そうに言ってのけた。

 幸は散々蹴られ、殴られていたが、瓜生は本気ではなかった。それが幸の怒りを呼び込むと共に、闖入者の怒りをも買った。

 風が吹いた。幸にとっては追い風であった。彼はこの場に割って入ったものの正体に気づき、瓜生から距離を取る。瓜生もまた何者かの存在を察知した。

 風は走り回る。壁が、天井が、だんという音を立てた。

「おいおいおいおい」

 瓜生は周囲を見回したがその姿を捕らえられないでいた。既に彼の背後には鬼のような形相をした雪蛍がいた。彼女は鋭い蹴りをまず一つ、瓜生の体勢が崩れ、振り向いたところにもう一撃加え入れた。《竜巻乗り》の勢いに乗った蹴りの威力はすさまじく、彼は血反吐を吐いていた。

「殺す」

 雪蛍は幸を一瞥し、瓜生をねめつける。だが、彼の姿はなかった。咄嗟に振り向くがそこにも誰もいない。足元から怖気が伝わった。視認するより先に《竜巻乗り》で逃れようとするも、背中に激痛が走った。

 消えた瓜生は地面からその姿を覗かせていた。顔を半分だけ出した状態で雪蛍の背中を切りつけたことを確認すると、笑みを浮かべながら、まるで水から這い上がるようにして現れた。

「……気色悪」

「ひでえ!」

 瓜生は笑いながら鉈を振り下ろす。雪蛍は負傷した部位を庇うようにしながら後ろへ下がった。

「逃がさねえって、誰だかしんないけどさ!」

「ぼくもです」

「うおっ……!?」

 瓜生はまた背中を蹴られてつんのめった。怒りに飽かせて振り向くと、そこには、先まで遠く離れた場所にいたはずの幸が立っていた。彼は雪蛍に目線だけを送る。彼女は口元を緩めた。

「いいよ」

 幸は頷き、《花盗人》を使う。彼の足元から風が巻き起こった。そのまま突っ込む。

 瓜生は目を見開いた。速い。まるで別人のような動きだった。舌打ちし、半ば飛んでくる勢いの幸を叩き落すつもりで鉈を振った。その腕が中空にいる彼に蹴り上げられ、次いで胸を蹴られた。たたらを踏もうとするも、横合いから雪蛍の掌打を受けて地面を転がる。彼は両腕で突っ張り、跳ねるようにして起き上がると、接近してくる幸をぶちのめした。だが、手ごたえはない。当たる瞬間、幸が瓜生の勢いを殺したのだった。

 殴られた体勢のまま、幸は瓜生を目だけで見た。一切の感情が宿っていない、爬虫類じみた目つきだった。

 先に動いたのは瓜生だった。しかし彼の動作に反応した幸の掌打が僅かに速い。胸元に撃ち込んだそれは瓜生の呼吸を止めた。息を吸えないまま、彼は腕で払うようにして幸を押し退ける。しかし捕えられない。彼は姿勢を低くし、瓜生の足元を払った。

「ふっざ……!」

 瓜生は足を開いて倒れるのを避けた。雪蛍は彼の膝に蹴りを放ち、バランスを崩す。

「おお……っ」

 鉈を振るう。雪蛍の姿が視界から掻き消える。遅れてこめかみに鋭い痛みが走った。彼女は回避と同時に蹴りを放っていた。瓜生が何事かを呟いた。

 何か、暗がりから雪蛍に取りついて、彼女の自由を封じた。瓜生は後ろ回し蹴りを彼女の胸元に放つと、振り下ろされた鉈を己が得物で弾き返す。幸はよたよたと後ろに下がった。

「殴り合いは別人みてーだけど」

 瓜生は唾を吐き捨てた。

「得物の振り方は君のまんまだな、八街君」

「そですか」

「君の異能ってより、君のことが少し分かってきた。こえーこえー。俺も十分気をつけなくっちゃな。何せ……」

 瓜生は幸の後ろへ視線を遣った。そこには見覚えのある狩人が立っていた。《騎士団》の深山魁である。彼は地面に向けて掌をかざす。重い水音がして、彼の足元から水が溢れてくる。出現した水たまりは細長い糸のように姿を変えて深山の手の中に収まった。彼の異能、《水の檻》でできた槍である。

「こんなところに《騎士》サマが来るとは思ってなかったよ」

「八街、無事か」

 深山は瓜生を無視し、幸の傍まで寄った。

「助かりました」

「先に行った女はどうした」

「ええと」

 雪蛍は地面に倒れて呻いていた。深山はそれを確認し、槍を軽く素振りした。

「なるほど、手練れが相手か」

「無視っすかー。よう、騎士サマよ」

 深山は得物を構えて瓜生に向き直る。

「もう《騎士》ではない。今の私はただの男だ。そこいらにいる、どこにでもいる男に過ぎない」

「あんたみたいのがそこらにいてたまるかよ」

 深山が槍を突き出す。瓜生は半身になってそれを避け、得物で槍を叩いた。水で作られたそれはぱんと弾けたが、またすぐに元の形状を取り戻す。深山がぐるりと回った。勢いをつけた槍を弾くことはせず、瓜生は身を低くすることで対処した。その隙に、幸が彼の背後に回っていた。

「使え、八街」

「はい。《水の檻》を」

 幸は地面に手を置く。少しずつ腕を上げていくと、先に深山がしたのと同じように、そこからも水の塊がぶくぶくと浮かび上がってくる。幸もまた水の槍を手にしていた。それを躊躇わず瓜生に向けて突く。彼の動きと合わせて、深山は瓜生が回避する方へと攻撃を放った。

 即席の連係だが、幸には深山の異能を通して彼の経験が上乗せされている。特に困るようなことはなかった。

 点の攻撃は少しずつ瓜生を追い詰めるが、彼もまた上手く躱し、防ぎ、時には反撃を試みるなどしていた。やがて瓜生は口角をつり上げる。

「なんだ。それだけ。元騎士サマは異能の道に入って日が浅いんだな」

 瓜生の気配が変わった。幸はそのように感じた。

「甘いって言ってんだ」

 攻撃を繰り出そうとしていた深山の足元が歪んでいた。黒いものが蠢いている。彼は寸暇迷ったが攻撃を続行した。

「深山さんっ」

 深山の全身が黒いもので覆われた。彼は大声を出さなかったが、くぐもった声を発した。波が引くように、徐々に深山の姿が露わになる。細かな傷、肩口に拳大ほどの穴が開いている。その様子を見て瓜生は口笛を吹いた。

「こえーやつばっかじゃねえか。今のでダメかー」

 しかし雪蛍も深山も手傷を負い、まともには動けそうになかった。対して、瓜生はダメージを受けているように見えてぴんぴんしている。軽口を叩く余裕も健在だった。

 幸はまだ動けたが、十全の状態ではない。水の槍を手放すと、鉈を鞘から抜いた。

「友達いっぱいいるねー、羨ましいよ」

「瓜生さんにはいないんですか」

「俺のために体張ってくれるやつはいないかな」

 幸は注意深く観察する。瓜生には余裕がある。自信がある。多数を相手にしても勝てるという自負がある。それは、どこだ。どこから湧いてくるものだ。《花盗人》は未だ漆黒しか映さない。瓜生晩という男の心、その一片すら覗き込めないでいた。だが、彼の綽綽たる雰囲気が一変した。



 足音はしなかった。彼女は――――犬伏浜路は、空洞の所々から生えた植物の根や草と同じように、そうあるのが当然の如くここにいた。

「八街殿」

 浜路は幸を見ないまま竹刀を掲げた。彼は頷き、《水の檻》を使って彼女の行く先に水の塊を出現させた。浜路はその塊を竹刀で切った。次の瞬間には、竹刀は《多魔散らす》によって氷の刀と化した。

「……おいおいおい、次は亜人かよ」

 瓜生はへらへらとしていたが、浜路は彼に応じない。一歩ずつ、少しずつ間を詰めていく。

「おい」

 浜路は答えない。そこで瓜生の顔から笑みが消えた。彼は後ろへ下がりながら手を振った。何もないところから黒っぽく、細長いものが現れて、それが彼の意志で飛翔する。幸は、あれがアレクセイたちを貫いたものだと分かり、叫びそうになった。

 一方の浜路は静かだった。彼女は前進しながら、飛来するものを片端から切り落としていく。浜路が踏み込めば切っ先が届くであろう距離まで到達した時、そこでようやく、彼女が口を利いた。

「確認なのですが」

 浜路は切っ先を擬した。

「あなたが、やったのですか」

「何を」

「やったのですか」

「そういうことになるかな」

「結構」

 浜路の体が揺れた。瓜生はその場から一歩も動けず、彼女は得物を振り切っていた。

「相手がケモノなら、私も剣を振るえます」

 首が落ちていた。ごろりと転がったそれは白目を剥いている。首を失った胴体はびくびくと震えていた。浜路は視線を落とした。白目を剥き、舌をだらりと伸ばした末期の顔は、

「まだですコーチ、たぶん死んでない!」

 笑っていた。

 浜路の耳がぴくりと動く。彼女は咄嗟に、得物を上へ向けて振った。そこには瓜生の上半身があったが、刀の斬撃でぼろぼろに崩れ去る。

「ひっ、何度引っかかってんだよ!?」

 浜路の足首を何者かの手が掴んでいた。彼女は、ぎりぎりと締め上げるそれを剥がそうとして手を伸ばしたが、死んだはずの瓜生によって腹を切りつけられた。彼はとどめとばかりに傷口を蹴りつけ、足で浜路を押し倒した。

 瓜生は切られた首を撫でながら軽く片手を振った。幸の反応が遅れてしまう。瓜生の飛ばした、黒い針のようなものが数本、オリガたち目がけて飛んでいた。

 一本は外れて、他の針が日限の眼前に迫った時、鋸のような刃がそれを弾き返す。

「遠慮するこたあねえ」

 古川だった。長いコートを翻した彼は、残りの針も防ぎ切ると、幸に向けてにっと笑いかける。

「八街の旦那だけじゃねえ。そこで伸びてるお三方も。上に《花屋》が来てますぜ。この野郎はクロだ」

「ああー? 古川さんじゃないっすか。《猟犬》さんまでこんなとこ来ちゃって、何なんスかね全く」

「こっちの台詞だぜ。あんたいったい何やらかしたんだ。……と、聞きたかったんですがね」

 古川は周囲を見回した。

「これだけのことやったんだ。聞くまでもねえや」

「おいおい、そりゃないんじゃないの? 俺が八街君たちに囲まれてボコられてるって考えは出てこないもんかな?」

「出ねえよボケ」

 言い切ると、古川は片手をポケットに突っ込んだ。

「天地が逆さになったって、その人はお天道様に顔向けできねえような真似はしねえよ。瓜生さん。あんたが言ったんだぜ。八街の旦那はいいやつだってな」

「ああ、そうだったそうだった。でも俺はこうも言ったよな。いいやつは長生きもできないって」

「言うじゃねえですか」

 古川は鉈を持った手で日限を手招き、顎をしゃくった。

「下がりなせえ。そちらの女性も連れて」

「駄目だ。彼にしがみついて離れん」

「仕方ねえ人たちだな」

 古川はオリガたちの前に立った。

「八街さん、こっちは俺が受け持ちますよ」

「お願いします」

「おいおい、息巻いといて死人のお守りかよ! まあいいぜ、こっからは花粉症がものを言うんだからな!」

 瓜生は散々笑った後、地面に向けて掌をかざした。彼の周囲から黒い針が生えて、伸びた。針は地面を食い破るようにして伸び続ける。負傷していた深山たちだが、倒れていてはどうしようもないと動き出す。しかし、反撃には転じられないでいた。

 針には意志でも宿っているのか、どこまでも追いかけてくる。瓜生は低い声で笑った。

 ただ一人、幸だけが前へ突っ込んだ。彼は雪蛍から拝借した《竜巻乗り》で地面を蹴り、宙を蹴り、追ってくる針を鉈で切り払う。舌打ちが聞こえた。幸は中空でくるくると回り、勢いをつけて鉈を振り下ろした。空ぶったが瓜生の意識はこちらに向いた。横合いから雪蛍が掌打を放つ。それは確かに瓜生の腹を、内部を叩いた。

 ぐるん。瓜生の目が回る。深山たちを追っていた針の速度が落ち、次第に消えていく。

 雪蛍の体が深く沈んだ。地面を舐めるような姿勢から、彼女は大きく跳ね上がる。瓜生の意識が僅かながら戻ったのか、彼は鉈を持つ手を動かそうとした。彼の手から、幸が得物を奪った。雪蛍の爪先が瓜生の顎を蹴り上げている。かこん、という、どこか間の抜けた音が鳴った。彼はだらりと両腕を下げる。そのまま仰向けに倒れるが、ずぶずぶと、底なし沼に沈むかのようにその体が土くれに埋もれていく。やがて瓜生の体が地面の中に沈んだ。

 息を整えた雪蛍は辺りを警戒しながら、幸に視線を送った。

「今の、あいつの花粉症?」

「はい。ずっと見えないんですけど」

「見えない? 幸の花粉症でも?」

 幸は頷く。

「また下から来るかも」

「上からも来ます」

 二人の視線が上を向く。黒い針が雪蛍の真下から射掛けられた。彼女は後方へ退きながら両腕で顔を守ったが、十ほどの針が腕に突き刺さる。

 幸は雪蛍に手を伸ばしかけたが、彼女がいたところから瓜生が生えて(・・・)きた。瓜生は体を捻じり、幸の顔面に、裏拳気味の打撃をぶち込む。

 幸と雪蛍と入れ替わりになる形で、深山と浜路が踏み込んだ。だが、万全の状態からほど遠い二人の動きは瓜生に見切られ、ほぼ同時にそれぞれの得物を弾き返された。深山に至っては水の槍を再構成することも難しいのか、荒い息のまま徒手空拳で瓜生に立ち向かおうとしていた。



 血だ。

 目。鼻。口。手足。自らから滴るそれが視界の端々に映り込んでいる。殴られて、蹴られて、刺されて、斬られた。当たり前だが熱くて痛い。冷えた頭が問う。どうしてこんな目に遭うのか。傷を負い、命の危機に晒されてまで穴蔵の底に潜り、鉈を握るのは何故だ。それは選んだからだと答える。自分で考え、掴み取った無二のものだ。

 一度は生きることを諦めた。どうなってもいいと思った。今は違う。幸は四肢に力を込めた。邪魔をするな。死んでたまるか。

「どうして……」

 生きたい。生きたいのだ。人として、懸命に。ただ命を喰らうケモノのようにではなく、人としてだ。

 自分は人だ。オリガも、アレクセイも、誰もが人として生きようとしているはずだ。それを邪魔するというのなら、いつかのむつみのように障害ケモノを狩ろう。この街で生きる人を守るのが狩人のはずだ。

「どうしたんだよ、《花盗人》」

 なのにこの体たらく。この身に巣食った《花盗人》は未だ瓜生晩を捉えられない。腹立たしかった。不甲斐なかった。

 痛い。幸の目は、手は、足は、さっきからずっと熱を訴えていた。体調はすこぶる悪い。頭の中が不明瞭な声でいっぱいになって割れそうだった。だが、これでいい。扶桑熱に罹ったものが己の内で渦巻く熱と痛みから逃れるにはそれらを外へ追い出すほかない。頭の中、脳、細胞一つ一つが叫んでいる。ただ一つの名を。

「言えよ、答えろよっ!」

 それだけでは足りなかった。

 見ろ。

 やつを見ろ。

 あいつの大事なものを奪い取れ。


『つまり遺伝するかどうかということだな。難しい話ではない。何も扶桑熱に限ったことではなく、頭がいいかどうか、足が速いかどうか、優しいかどうか、親から子に受け継がれるものは確かに存在する。病もそのうちの一つだろう』


『私は花粉症には無限の可能性があると思うの』

『やちまたくんの力は、他の人の力を奪うんだ? ふーん。本当に?』

『成長するのに大事なものは何だと思う?』


『花粉症の人が力を使う時はね、体が熱くなって、頭がぼーっとして、視界がきゅーっと狭まって、熱に浮かされるとか言うの。ハイになってさ、自分のことしか見えなくなるし、考えられなくなるんだ。どういうことか分かる? ……嫌でも自分と向き合うってことなんだよ』


 幸は、瓜生をねめつけた。

「ちゃんと見ろ《花盗人》! お前だってもう一人のぼくなんだろ! だったらちゃんとやってみせろよ!」

 声を聞くだけでは駄目だった。アウトリュコスもまた自分なのだとしたら、八街幸の声を届けねばならない。そうやって初めて自分は異能じぶんと向き合える。正しいかどうかは分からない。しかし熱に浮かされるとはそういうことだ。



 眼球が光輝を帯びた。

 中空にある浜路の得物。瓜生の鉈。幸はそれらを奪い、片方を彼女のもとへ。もう片方を深山のもとへ送った(・・・)。二人は突如として湧いて出た得物に驚いたようだが、すぐに反撃に転じた。

 虚を突かれたのは瓜生だ。彼は咄嗟に後方へ飛んだが、着地地点には水たまりがあった。それを踏んだ瞬間、水が凍った。《水の檻》と《多魔散らす》の二つを使った即席の罠だった。凍った水は彼の足首に巻きつく。動きが止まったのはわずかな間だが、その間隙に飛び込むものがいた。幸だ。彼は《竜巻乗り》で加速し、瓜生の真上から鉈を振り下ろす。

「ふざけ……!」

 瓜生はその場にとどまったまま、腕で鉈をいなし、得物を奪い取った。

 幸の目が光る。彼は深山に渡した先の鉈を自分の手元に戻し、瓜生を迎え撃った。

 鉈が二つ唸った。互いが互いを食い殺さんと鈍い輝きを放ち、火花を散らす。足を止めたままの打ち合いは長く続き、二人の体には見る見るうちにかすり傷ができていた。剣戟の最中、瓜生は拘束から抜け出して黒い針を放つ。幸は風に乗って宙を舞い、中空に水の塊を出現させると、それを蹴った。数多の飛沫一つ一つが鋭く尖り飛翔する。互いの撃ち出した針は激突して飛散した。

 幸が着地したと同時、さっきまで前方にいたはずの瓜生が後ろに回っていた。鉈を振るう風切り音を聞きつつ、幸は自分の後ろに水を放出する。鉈の速度が緩み、幸は頭を低くして奇襲を回避する。振り向きざま、またも打ち合った。

 もう、瓜生は笑っていなかった。下に見ていた幸を相手に細かな技やフェイントを混ぜねばならなかった。それも決定打にはなり得ない。幸の周囲には常に水がふよふよと浮いており、それを凍らせることで瓜生の攻撃を防いでいた。

 氷の盾を展開しながら瓜生に迫る幸。彼の戦いぶりに奮起したか、古川から武器を借りた深山と浜路が加勢した。さしもの瓜生も三人がかりで包囲されては成す術がなく、鉈が、槍が、刀が、体中に突き刺さった。

「おい……おいおいおいおい、マジか、これ」

 瓜生はだらりと両腕を下げて俯いた。体中からは血が流れている。戦闘中においても多弁だった彼が黙り込んだ。幸たちは得物を彼の体から抜いた。その穴から、真っ黒い、尖ったものが突き出るようにして伸びた。針は三人に襲い掛かり、至る所を傷つけた。

 後方にいた古川が幸らを手伝い、それでどうにかして全員が瓜生から離れられた。だが、瓜生は依然として健在である。先まで傷ついていた彼は、穴が開いていたはずの箇所を手で撫でて、満足そうに頷く。

「死なねえ異能でも持ってんのか、あの野郎は」

 古川が忌々しげに呟く。

 光の槍に貫かれても、首を刎ねられても、頭の骨が砕けても、全身に穴を開けられても死なない。幸は瓜生の異能がそれだけではないと考えていた。彼が放つあの黒いものはなんだ。時に針と化し、時に檻と化すのはなんだ。彼が地面や、壁や、天井を自在に行き来するのはどうしてだ。まともな人の姿を保たないまま攻撃を仕掛けられるのはなぜだ。

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