初音
古海からの連絡が来たのは数日後のことだった。思ってたよりも早いじゃないかと、むつみは不満げだった。
電話口の古海は気楽そうな口調だった。
「こんにちは、さち君。むつみから聞いてるよー。とりあえず旧市街まで行きたいんだよね? その前に狩人見習いとしてやることはいっぱいあるけど、私が指導役になったからには安心していいからね」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくー。そんじゃあ明日からで……ああ、そうそう、放課後になったら市役所来てね。ほら、前に来たとこあるじゃない。あのぼっろいとこ」
「分かりました!」
電話が切れた後、幸はまずいことに気がついた。放課後は部活やアルバイトがある。ダブルどころかトリプルブッキングだった。これはどうにかせねばなるまいと、珍しく思惟に耽る。しかし正直に話すしかなさそうだとすぐに悟った。
登校した幸はまず、昇降口で藤が来るのを待つことにした。しばらくするとノリのいい歌でも聴いているのだろうか、体を左右に揺らしながら歩いてくる彼女の姿が見えてきた。
幸は近づいてきた藤に手を振る。彼女はイヤホンを外してばつの悪そうな顔になった。
「おはよう八街くん。今日もいい天気ね。鬼のようにテンションが上がるアルバイト日和だわ」
「そうだね。あのね、鵤さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
藤はイヤホンのコードを八の字に巻いている。
「アルバイトのシフトのことなんだけど。休みが欲しいなあって」
「ああ、そういうことね。いいわよ、テスト近いもんね。どこ休みたいの?」
「えーと、ちょっといつまでかは分からないんだ。旧市街を抜けるまではお休みが欲しいんだけど」
「旧市街?」
そう。幸は頷いた。そして事情を説明した。これでも藤は彼の上司に当たるのだ。
「あー。そう。なるほど、理解したわ。分かりやすく話してくれてありがとう」
「どういたしまして」
藤の顔は引きつっていた。
「つまりアレね。それは休みっていうよりほとんど『辞めます』って言ってるのと同じじゃない。ちょっと八街くん。こないだ李さんも抜けちゃったのに君までいなくなったら困るし、だいたい、危ないじゃない。狩人ですって? そりゃあ人の夢とか将来についてとやかく言いたくないけど、けど」
「埋め合わせはするよ」
「埋め合わせですって? 旧市街とか大空洞とか軽く言ってるけどね、ケモノが出るし、落ちたら死ぬのよ? あのね。死ぬの。死んだら埋め合わせも何もないじゃない」
「ごめん。でも、ぼくは軽くなんか言ってない」
幸の表情は真剣そのものだった。藤は、なぜ自分ががっちりねめつけられているのかが分からなくなる。
「う。それはごめんなさい。あれ? 私どうして今謝ったの?」
「本当、ごめん。でも、どうしてもやりたいことなんだ」
そう言った瞬間、ぞわりとした感覚が足元から上ってきた。
『だって今のぼくにできるのも、思いつくのも、それだけだから。ぼくにはそれしかないから』
自分の中から聞こえてきた声に、幸は凍り付いた。
「……八街くん? どうしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ」
藤は腕を組み、目を瞑って何かを考えこんでいる。
「まあ、ううん、辞めるとは言ってないし、ちょっと長い休みだと思えば……あ、待てよ」
藤は表情をパッと変えると、幸に微笑みかけた。
「分かったわ。こっちで調整してみるから」
「本当にごめんね」
「いいわ。八街くん真面目にやってたし、きっちり埋め合わせとやらはしてもらうからね。あと、そういう時はありがとうって言いなさい」
「うん、ありがとう」
「よろしい」藤は満足げだった。
「それから、新しいアルバイトの人を紹介できそうなんだ」
「そうなの? 何よ、先に言いなさいよね」
幸は二年一組のある場所を指差した。
「十人くらいなんだけど、大丈夫かな」
どうにか藤には納得してもらえたが、幸は罪悪感でいっぱいになっていた。どっちつかずで中途半端だが、彼はどうしようもなく狩人に惹かれていた。否、正確には大空洞にも魅かれていたのだ。あの暗がり、あの大穴。あれが気になって仕方がなかったのだ。
放課後になり、幸は体育館に足を運んだ。次は部活顧問の浜路にも説明しなくてはならない。だが、いつもなら部活が始まるよりずっと前に学校に来ているはずの彼女がいなかった。遅刻というわけでもなさそうだった。職員室に行き、彼女のことを鉄や他の教師に尋ねたが、誰も事情を聞いていないようだった。
少し迷ったが、幸は市役所へ向かうことにした。前にむつみに連れられてきたのと同じく、庁舎ではなく、併設されたプレハブ小屋が目的である。彼はそこのドアを潜り、出入り口近くで中の様子を見回した。
「さち君」
窓口の近くに立っていた古海が声をかけてくる。彼女は地味な色の作業着姿だった。おいでおいでと手招きされ、幸は彼女のもとへ歩いていく。
「こんにちは、古海さん。委任状持ってきました」
「よしよし、そんじゃあそこに座って」
古海は窓口の方へ回り、幸から一枚の紙を受け取った。
「さち君。これが何なのか聞いてる?」
「はい。叔母さんからの委任状ですよね」
「まあー、そうなんだけどさ」
よっこらしょと古海は椅子に座る。幸も彼女に倣った。
「もっぺん聞いとくけど、さち君は狩人になりたいんだよね。そんで、学校を卒業するまでに旧市街は抜けたいと」
幸は遠慮がちに頷いた。
「ん、タイミングがよかったかもね。今は特に忙しくって人手が欲しいし」
「その割には」
幸はもう一度、室内に視線を遣った。
「人が少ないような気がします」
「ストライキみたいなことやってるからねー。私は別枠だけどさ。あ、さち君は気にしないでいいよ。私は狩人になろうって人を手助けしたいくらいだし。ただ、気を引き締めなよ」
「もちろんです」
古海は苦笑する。
「むつみがどんな狩人かってのは聞いてる?」
「……あまり話してくれませんから」
「そうなの? あいつさ、ああ、私も元はそこにいたんだけど、《百鬼夜行》って猟団にいたの。メフには色んな猟団があるんだけど、その中でも特に人が多くって、大きかったの」
「その言い方だと……」
「うん。もうないの。なくなっちった」
話の続きが気になって、幸は身を乗り出すようにした。
「強いとか弱いとか、言い方はいくつかあるかもだけど、でも、むつみはやっぱり、メフじゃあ一番いい狩人だと思ってるの」
「叔母さんが?」
「腕がいいとか勘がいいとか色々あるけどね。ま、じき分かってくると思う」
あの、むつみが? 幸は、家でぐうたらしている彼女や、意地悪や皮肉を言って口元を歪ませている彼女の顔を思い出す。確かに《骨抜き》の時は恐ろしさすら感じたが、他人の口からそのようなことを聞かされても実感が湧かなかった。
「あの。その《百鬼夜行》っていうのは、どうしてなくなっちゃったんですか」
古海の顔から笑みが消えた。彼女はすぐに作り笑いを浮かべる。
「何年か前に百鬼夜行のほとんど全員で大空洞に潜ってさ、誰も戻らなかったの。私はその時、もう違う猟団にいたから詳しい話は知らない。帰ってきたのはむつみだけだった。あいつだけが生きて戻ってきたけど、やっぱ、そん時のことを話さなかったみたいだし。あ。狩人になるの怖くなった? ごめんね、脅かすつもりなんかなくってさ。……その時くらいからかな。むつみがちょっと、他の狩人とは違う扱いをされ出したのって。だからあいつの委任状を持ってるって意味、もうちょっとだけ考えてみてね」
メフで一番の狩人が、自分の代わりにと差し出したのが幸というわけだった。
「まあ、誰もさち君のことなんか気にしてないと思うから、気にしないで行こうね!」
古海は励ますつもりだったのだろうが、地味にショックを受ける幸だった。
「そういえば、叔母さんもここにいるんですよね」
「会ってみたい?」
「ちょっと見てみたいかも」
「駄目だよー」
古海は立ち上がり、窓口から表に回ってくる。
「叔母さん叔母さんって、むつみ叔母さんのことばっかり言わないの。さち君の指導役は私なんだから」
「あ……そうですね、すみません。じゃあ今度から古海さんのことばっかり言います」
「私のことばっかり? …………それじゃ行こうか」
古海の口元はちょっと緩んでいた。
「大空洞ですか」
「え? あー、違う違う。あそこはまだ早いかな」
だったらどこへ行くというのか。幸は小首を傾げたが、古海は悪戯っぽく笑うだけだった。
幸が公用車らしきワゴンの助手席に乗り込む。運転席の古海はミラーの位置を調整していた。
「そんな心配そうな顔しないでよー。大丈夫大丈夫、変なとこになんか連れてかないって。あ、シートベルトよろしくね」
「変なとこってなんですか」
「えへへへへへ」
古海に釣られて訳も分からず笑っていた幸だったが、ふと、彼女から顔を逸らす。
「どったの?」
「え?」
「……んー?」
エンジンがかかり、車は駐車場から公道へとゆっくりと進む。
「あ、窓開けてもいいですか」
「いいよー。暑い?」
スイッチを押した分だけ窓ガラスが開いていく。速度が上がるにつれて風が吹き込んだ。ウェーブがかった古海の髪が緩く揺れた。
「古海さんは叔母さんと長いんですか?」
「あ、またむつみのこと言った」
「叔母さんはついでです」
「そうかなー? でもま、あいつとは長いかな。メフに来た時期がほとんど同じでさ、中学ん時からだったっけか」
「その頃から友達だったんですか」
「ちょっと違うかな」
古海はハンドルを指で叩く。カーブを曲がる時、幸には彼女の顔が険しくなっているように見えた。
「友達ってのは違うかも。あいつと普通に話すようになったのって、実は結構最近だし」
「そうなんですか?」
その割には年季が入ったやり取りだったような気もするが、幸は不思議に思った。
「さち君はむつみが好きだなあ」
「好きじゃないですよ」
「外には好きな子とかいたの? 彼女とかいた?」
いませんと幸は言い切る。『外』と聞いて、少しだけ影が差した表情。彼は顔色を見られないように窓の外を見た。
街並みが色を変えていく。畑やビニールハウスが目立つようになり、背の高い建物の数が減っていく。それに伴って古めかしい家屋や木々が立ち並び始めた。
「じゃあ今は? もうこっち来て一か月くらいだっけ? 好きな子とかできた?」
「いました」
「過去形? ふーん、まあ色恋なんかそんなもんか。天気みたいに移り気で」
「古海さんはなんか、経験豊富って感じがします」
「あ、そう見える? まあねー、私もねー」
何か言いかけた古海だったが、あるものを指差した。
「田舎でしょー? もう拾区に入った感じだね。この辺はだいたいこうなの。扶桑のせいもあるけど開発が進まなくって、昔っから変わらないみたいで。そんで知ってる? あの山、三野山っていうんだけど、今日はあそこまで行くからね」
「山にですか」
「そ。大空洞とか三野山とか、ケモノがよく出てくるところを《猟地》とか猟区って呼ぶの。さち君には大空洞はまだ早いから、山を攻略していこうって話。見習いのならわしみたいなもんでさ、狩人稼業に慣れるまでは山なんだよね。大空洞よりはマシだけど、そこにもケモノは出るからね。気を緩めないでよー」
幸は返事をしたが、その声も、顔も強張っていた。古海は彼の様子を横目で見ていた。
「今日は入らないからビビんないでよ。今日は神社までね」
「神社があるんですか」
「麓の方におっきいのがあるよ。だいたいの狩人は山に入る時、そこを拠点というか、出発点にしてるの。私は最近行ってないけど、まあ、そんな変わんないでしょ」
大空洞に入れないのは少し残念だったが、狩人への偉大なる一歩である。幸は近づいてくる三野山の稜線を、睨むようにしながら眺めていた。
幸は極彩色の山門を見上げていた。古海は近くの駐車場から、電話で誰かと話しながら歩いている。山門をくぐると、まるで蛇が這っているかのような長くうねった道が見えた。
「お待たせー、そんじゃいこっか。ちょっと歩くけどバテないでよねー」
幸たちは今、三野山の麓にいた。山の標高はおよそ三五〇メートル。メフ市内の生物のほとんどはここに棲息している。山の上部にはダムや名勝の滝があり、一部のマニアにはたまらない場所らしい。また、三野山には天然記念物のニホンザルがいるが、扶桑熱に関わりなく気性が荒いことで有名だ。大崩落以前から人間を襲うなどの被害が続出している。
幸は山門近くのわき道が気になっていた。それを古海に尋ねると、
「ああ、がらがら通りね」
という答えが返ってくる。
「がらがら……」
道の先にはアーケード街があった。センプラとは違い、古めかしくて小さなものだ。金属を叩くような音が聞こえてきて、明るくて雑多な雰囲気がある。
古海は口元に笑みを湛えていた。
「人が少ないから《がらがら通り》。本当は別の名前があるんだけど、誰もそんな風に呼んでなかったり。そもそも知らないし」
「でも、ぱっと見人通りありますよ」
がらがら通りには商店があり、そこを往く人々の姿もあった。
「名前は昔の名残。昔はそうでもなかったらしいんだけど、今は狩人御用達の店ばっかでね。金物屋とか、そういうのが多くって。さち君はゲームとかやる? アールピージーってやつとか。ここは武器屋があって、道具屋があるとこなの」
「ああー、なるほど。装備を整える場所なんですね」
「そんな感じ。売ってんのはかっこいい剣じゃなくって鉈や斧だけど。ちなみに駐車場の方にはタダイチやいかるが堂の出張所があるから」
「それって、ケモノの皮とか肉とかを」
「そ。買い取ってくれんの」
幸は、古海がここに連れてきた理由が少し分かってきた。ここは狩人にとって必要なものが多く揃っている場所なのだ。
「それから言い忘れてたんだけど、さち君が狩人見習いやるのにもガッコの先生のハンコが要るからね」
「先生の許可が必要なんですか」
「だって学生だもん。そっちはよろしくね」
頷くしかなかったが、幸は心中でとっても困っていた。古海は行こうかと、山門をくぐってすたすたと参道を進み始める。彼は慌てて彼女を追いかけた。
曲がりくねった長い参道をひたすらに進むと、今度は石段が待ち構えていた。長い長い階段だ。気が遠くなりそうになりながら、幸はどうにかこうにか足を動かし続ける。前を行く古海は平気な顔で平らな地面を歩いているかのようだった。しかも下手糞な鼻歌まじりである。むつみもそうだが、狩人という連中はこうも健脚なのか、そうでなくては狩人になれないのかと自問自答する幸だった。
「えー、もうバテてるやん。ほら、あとちょっとだから頑張ろうね」
最後の一段を上り切り、明神鳥居の前で立ち止まる。来た道を振り返ればメフの街並みを見下ろせた。だだっ広く、木々に囲われた境内には余計な音がない。山中の神社の空気は清らかな気がして、幸は気持ちが鎮まっていくのを感じた。
鳥居の向こうには祈祷殿と社務所が見える。反対側の手水舎から振り向けば本殿が見えるだろう。幸はあまり寺社仏閣に興味がなかったが、何か妙な違和感を覚えた。歩いてきた参道も、ここから見える鳥居も祈祷殿も、何か綺麗すぎる気がしてならなかった。
思惟に耽っていると規則的な音が聞こえてきた。ぱしりぱしりと石畳を叩くような音だ。境内の隅、木陰になっている場所で縄跳びをしている少女の姿があった。何度も失敗しているようで、その度に首をかしげている様がおかしくて、幸はずっと彼女の挙動に気を取られていた。
「さち君?」
「あ……ここって、なんていう神社なんですか」
創建時期は不詳。龍が暴れて川の氾濫を鎮めるために祀ったのが始まりである。大崩落に巻き込まれたが、場所を変えて建て直しされた。幸の感じていた違和はそのせいだ。
古海は上手いかどうかはともかく話をするのが好きなようで、自分の知る限りの九頭竜神社についての事柄を滔々と語る。そうしていると、社務所から白い小袖に緋袴の、巫女装束を着たものが庭箒を片手にやってくるのが見えた。
幸たちを不審そうに見ているのは長く艶やかな黒髪をきっちり切り揃えた女である。彼女は視線を外さなかった。その起伏に乏しい体型と同じく、まっすぐに幸と古海を見据えながら近づいてくる。
「狩人の方ですか」
そうして巫女装束の女は問いを投げかけた。幸は彼女のぴしりとした佇まいに鼻白む。女の方が頭一つ分背が高く、彼は自然と見下ろされる形になっていた。
「そうだけど、何?」
古海は鬱陶しそうに答えて、首から提げている許可証を見せた。幸も彼女に倣う。巫女は二つの許可証を確認して小さく息を吐いた。
「お二人ですか」
「えー? 何人に見えるう?」
「二人です。猟地に行くつもりですか」
巫女は古海の軽口にイラついているらしかった。
「だったら何?」
「市役所の狩人なのに何も聞いていないんですか。今現在、三野山の猟地には制限がかかっています」
古海の眉がぴくぴくと動いた。
「二人だと少な過ぎます。猟地への立ち入りは禁止せざるを得ません。お引き取りを」
「お引き取りだァ?」
「……古海さん?」
ブチ切れかけていた古海はハッとして、平静を装った。
「制限ってどうして? そんなの聞いてないんだけど」
「役所の方に連絡はしました。数日前、山で狩人の方が亡くなったんです。ケモノに殺されたんです。危険なので制限を設けた次第です。それから、ケモノの駆除もお願いしているはずなんですが」
「聞いてないんだけど……」
「ああ、そうでしたね。あなた方は大変お忙しいようでしたね」
それもそのはずだった。市役所の狩人たちはストライキの真っ最中である。そのことを巫女も聞き及んでいたのか、嫌味たらしく言う。
「だから税金泥棒などと揶揄されるんです」
「誰が泥棒よ。ちょっと、まあ、皆して有休とかとってるだけだから」
「とにかく、決まりは決まりです。入りたいのなら人を集めてからにしてください」
「集めろって、だったら何人連れてくりゃあいいのよ」
巫女は手を広げた。
「五人です」
古海は苦悩した。ストライキ中の市役所から人を連れてくることなどまず不可能だと知っていたからだ。そも、好き好んで山に入りたがるものもいない。
「あと三人足りませんね」
幸が気楽そうに言ってのけた。
「ええ、そうです」
「でも、ここは大丈夫なんですか」
「え?」
幸は巫女の反応を訝しむ。
「いや、え、じゃなくって、山には危ないケモノが出るんなら、ここの神社が一番危ないじゃないですか」
大儀そうにあぁと息を漏らすと、巫女は視線を地面に落とした。
「私たちも狩人ですから」
「そうなんですか? でも、だったら」
「だったら! そう、そうよ。自分たちでやればいいじゃない。確かあんたら《十帖機関》とか言ったっけ? 狩人なら狩人らしくしてなさい」
古海は鬼の首でも取ったかのような勢いである。巫女はたじろいていたが、毅然とした態度で彼女を見返した。
「決まりは決まりです。私たちも人数が足りていない以上は猟地に足を踏み入れることはできません」
「……は? いや、ちょっと何言って」
「人が足りないのですから仕方ありません」
巫女は、どうしてみんな直前になるとお腹が痛いだの急用ができるのかしら、などとぶつぶつ呟いていた。
「アホなのかしらこいつら」
「どうするんですか」
幸に問われ、古海はううんと唸る。
「従うしかないか。確かにここは神社の管轄みたいなもんだしね。危ないのも本当だろうし」
「じゃあ、人を集めるしかないんですね」
「まあねえ」
古海は言わなかったが、猟地へのアタックは当分は無理だろうと判断していた。制度こそ緩和されつつあるが、経験のない非正規の狩人だけでは大空洞はおろか三野山の攻略さえ難しくなる。仮に人を集められても多過ぎると自分だけではカバーしきれなくなるので、それはそれで困る。
困ることだらけだったが、古海はいい感じのお姉さんぶりをアピールするために、とりあえず笑っておくのだった。
「もし」
帰り際、幸は巫女に呼び止められた。
「参道や鳥居の真ん中を歩くのは控えてください」
「分かりました」
「道の真ん中は神さまがお通りになるので」
なるほどと幸は納得した。しかし古海はうるせえと毒づいていた。
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