竜巻乗り
玄関で靴を履いている幸を見つめるものがいた。言わずもがな、むつみである。
「また神社に行くの?」
「はい。ちゃんと勉強もしますよ」
「そんなに楽しいところかなあ、あそこ」
むつみは指で瞼の辺りを揉む。不良行為とは真逆の位置に立っていそうな幸なのでそれほど心配していなかったが、妙な時に妙なところでやらかしそうなやつである。今は言いつけを守っているようだが、骨抜き事件の時のように突っ走りかねない。
「ま、しっかりね」
「はい、いってきます」
幸を見送った後、むつみはリビングに戻った。彼女はそこで妙な違和感を覚えた。部屋が広くなったような気がして、どこか寂しさを感じている自分がいる。そんな自分をはるか上空から見下ろしている自分もいて、むつみは頭に手を遣り、髪の毛をかき回した。
日曜日の空気は少し違う。まだ午前中で人の姿も少なく、そのせいか空気にすら雑多なものが混じっていないような気がして新鮮に感じられた。
拾区までの道のりは既に覚えている。バスに乗り、田舎道を歩く。左右の田んぼをぼんやりと眺めながら幸は歩く。野良仕事に精を出す農家の人たちが視界の端で動いていた。
向こうから白い屋根付きバイクが走ってくる。すれ違う際、乗っているのがどこかの制服を着た女だと分かった。
「何してるの?」
声をかけられて立ち止まる。
「……雪螢さん?」
バイクが停まった。乗っていたのは雪螢で、幸は嬉しそうに彼女の傍まで歩き寄る。
雪螢はピザ屋の制服ではなかった。作務衣のようなものを着ていた。
「アルバイトですか?」
「そう。年寄りなのに朝からいいものを食べたがるのね」
「バイクも運転できるんですね。いいなあ」
幸はにこにことしていたが、対照的に雪螢はむっすりとした表情である。
「
「食べましたよ。……シィンってなんですか?」
「幸。あなたのこと」
「中国語ですか」
そうと雪螢は頷く。
「ぼくは神社まで。今、狩人の見習いみたいなことをやってるんです」
「狩人の?」
雪螢はバイクから降りてエンジンを切った。どうやら話を聞いてくれるらしい。幸はここ最近の出来事について語った。
「あー。センプラのカラオケ。アレは幸たちだったのね」
「もしかして、あそこでもバイトしてるんですか」
「今は、四つくらい掛け持ちしてる」
「大変じゃないですか、それ」
「ここでやってくのはお金がかかるから」
幸は雪螢の目の下にある隈を認めた。彼女は機嫌が悪いわけではなく、単に疲れているのだ。
「仕事を選ばないなら、もっと楽はできるけれど」
どこか自嘲的に言うと、雪螢はヘルメットを被った。
「もしかして……あの、まだ貸し借りのことを気にしてますか」
「は?」
雪螢は今度こそ本当に機嫌を悪くしたらしく、ただでさえ細い目をもっと細めて怒気をあらわにした。
「私はそのためにここにいるの」
自分のために。
幸は雪螢の思いを申し訳なく感じてしまった。だから、彼はある提案を口にする。それを聞いた彼女は何事かを言いかけたが、思い直したかのようにはたと動きを止めた。
「狩人……それは、どのくらい稼げる?」
何だか前にもどこかで聞いたことのある台詞だった(幸の脳裏を犬耳の女が過ぎった)。
「ケモノを狩る仕事なのは知ってる」
「あんまり詳しいことは言えませんけど、正規の狩人は市役所勤めになるみたいです」
「公務員に?」
「みたいなものですけど。あと、古海さんって人が、正規の人じゃなくってもやる気のある人は普通より稼いでるみたいだって言ってました」
幸は神社の近くにあるケモノの素材を買い取る出張所のことなどを付け加えて説明した。
「捕まらないの?」
「え?」
「だから、ケモノをたくさん殺しても罪にならないのですかって」
「むしろ喜ばれるんじゃあないですか」
雪螢は他にも色々なことを聞いてきた。質問攻めに遭う幸だが、古海さんに聞けば分かりますと、とにかく彼女に話を振ればどうにかしてくれるだろうと謎の信頼感を覚えていた。
一通りのことは聞けたのか、雪螢は満足そうに頷いてヘルメットを脱ぐ。
「これでアルバイトが三つになった」
「手伝ってくれるんですか?」
「
幸は首を傾げそうになった。
「どうしてですか。その、学校でのことなら気にしなくっても……」
「私が気にしてるから、幸は気にしなくていい。好きなようにやるためにここに残った。分かりました?」
「雪螢さんがそう言うなら」
「うん。乗ってく?」
雪螢はバイクを指差した。
「バイトの途中だったんじゃ?」
「辞めるからいい。それに走りたい気分だから」
「でもぼくノーヘルですし、そもそも二人乗りはいけないですよ」
「誰も見てない」
あまりにもしつこく勧めてくるものだから、幸は仕方なく雪蛍のバイクに近づく。
「どうやって乗ればいいんですか?」
雪蛍はシートに座り、エンジンを吹かした。
「お腹に手ぇ回して。離したら危ないから」
「いいんですか」
「…………照れてるの?」
「少し」
「幸ならどこ触ってもいいから、気にしないで」
「じゃあ遠慮なく」
二人乗りの体勢になると(よい子は真似しないでね)、雪蛍は好戦的な笑みを浮かべた。
「キャノピーじゃあんまりスピード出ないからつまらないんだけど、まあ、いいか」
「……あの?」
雪蛍の目に光輝が宿る。彼女は異能を使おうとしていた。
「あ、あの? ちょっと」
「何? 聞こえない」
凶暴な風がバイクを包む。「う、うわ」雪蛍は幸の声を無視して最初から全開で「うわああああああああ」かっ飛ばした。彼女の異能、竜巻乗り《ダーフォン》は風を操作する。その力が鈍重なバイクに追い風を与えていた。
「こんなところで使わなくったって!?」
「ふふふ。楽しいね、幸」
幸はふらふらになりながらも九頭竜神社の境内に辿り着いた。しかしまだ頭も視界もふらついている。彼は石段に座り込み、長い息を吐き出した。雪蛍はとんでもないスピード狂であった。アルバイトの時にも散々遅いだのとろいだの鈍いだの言われていたが、あれは作業の効率以外にも、ただ単純に速度を追求する彼女の性質のせいだったのかもしれなかった。
「……あ。あの、おはようございます。お疲れみたいですね」
庭帚を持った、眼鏡をかけた巫女が幸に微笑みかけていた。黒く、長い髪は海藻のようで、少しだけむつみと雰囲気の似ている女性だった。篝火という巫女で、昨日ご馳走になった料理も彼女の作ったものらしい。だからか、幸は篝火に仄かな好感を抱いていた。
「篝火さん、おはようございます。すみません、その、今日は朝からで」
「あ、そんな、気にしないでください。天満ちゃんなら、もうすぐ来ると思うから」
篝火は髪の毛をかき上げて社務所の方を見た。
「じゃあ、もう少しここで待とうかな。あ、昨日はごちそうさまでした。美味しかったです」
「……美味しかったですか?」
「え、はい、美味しかったですよ?」
幸は立ち上がろうとしたが、
「あの、八街、くん」
背後から粘っこく絡みつく視線に固まった。彼のすぐ近くに篝火の顔があった。彼女は幸を後ろから抱きすくめるようにしている。
「あの? 近くないですか?」
幸は振り返れなかった。
篝火が口を開けると、彼女の吐息が首筋にかかって鳥肌が立ちそうになった。
「あの、私、声が小さいから、近くないと聞こえないかなって」
「そんなことないですけど」
「そう、ですか」
篝火の腕を振り解くようにして、幸は慌てて立ち上がる。彼女は、むつみのような雰囲気で葛のようなふるまいを見せる女である。少し印象が変わってしまった。
「月輪さんにも、声が小さいって、よく怒られるんです」
篝火は胸の前で腕を組み、体を揺らした。
「八街くんの反応、ちょっと面白いです。女の子みたいな、顔なのに、ちゃんと男の子してて」
「あんまり嬉しくないんですけど」
「そう、ですか?」
むつみと似ている。しかし篝火は彼女とは決定的に違う。
視線。佇まい。
ああと幸は納得した。それは媚びだ。篝火は気弱そうで、おどおどしているようにも見えるが、その実――――。
「やっちまったくーん!」
社務所の方から天満が駆けてくる。手を大きく振りながら息せき切って。そうして彼女は幸の腹に頭突きをかまして、彼の頭が下がったところに痛烈な一撃をお見舞いする。
挨拶がてらのビンタを受け、幸はそこを自らの手で摩った。
「痛い……」
「聞いて。私、クラスの子に告白されたの。これで初めてじゃないの。もう何度もされてるの」
天満は幸の袖をぐいぐい引っ張る。常と変わらぬ無表情だが少しばかり顔が上気している。
「私、優良物件ってやつなのかもしれないよ」
「そうなんだ。もう返事はしたの?」
「気になる?」
「うん」
あまり気にはならなかったが、天満にボーイフレンドができれば少しは大人しくなるのだろうかと幸は夢想した。
「断っちゃった」
天満はピースサインを決めた。幸は溜め息を吐いた。
「なんでそんな顔するの?」
「え? 何が?」
「何がって……やちまたくんはダメだね。そんなんじゃ私みたいに可愛い彼女ができないよ」
「別に今はいいよ」
「えー? そうなの? 彼女いないんだ?」
「いないよ」
今は狩人のことが最優先事項である。そんな幸を天満は引っ張り、蔵のある方角を指で示した。
「今日はね、ちょっと機嫌がいいの。だからいっぱい痛めつけてあげるね」
「はいはい。ああ、それじゃあ篝火さん」
「ええ」
篝火は微笑む。幸は天満と共に歩き出す。
「……いないんだ。つまんないの」
風に乗って、そのような独り言が聞こえてきた。幸は振り返らなかった。
蔵でテンションの高い天満から神託を受けた後、幸は用を足すべく社務所のトイレへ向かっていた。廊下を曲がろうとしたところで、少女二人とぶつかりそうになる。いつも連れ立って行動している双子の玉と初音だった。二人ともころころと感情を変える性質で、同じようなツーテールの髪形をしている。
「ごめんなさい」
幸が謝ると、双子は気にしてないよとニッと笑った。二人は彼の左右に取りつくと、何をしているのかと楽しそうに訊ねてくる。
「お手洗いを借りようと思って」
「へー、そうなんだー」
「そうなんです」
膀胱にはまだ若干の余裕があるが、ここでいつまでも立ち話しているわけにはいかない。幸は双子から体を離そうとしたが、彼女らはいつまでもまとわりついてくる。
「ねーねー、さっちーは知ってる?」
「知ってる?」
「何をですか」
玉が右から、初音が左から声を発する。二人とも同じような声、同じようなタイミングでしゃべりだすので、幸の頭は混乱しかかっていた。
「猟犬さんのことー」
「わんわんのことー」
猟犬。
幸は、白い髪の凶悪な顔つきをした男を想起する。
「あの人がどうしたんですか」
双子は小悪魔的な微笑を湛えた。
「気をつけた方がいいよ」
「さっちーは小さいから」
「猟犬さん、怖い人だから」
「さっちーは食べられちゃうかも」
「……食べられるって」
双子は幸から離れる。
「うん。だってね、篝火はもう食べられちゃったから」
「食べられたからー」
どういうことか問おうとしたが、双子は笑いながら廊下を走り去ってしまう。残された幸は尿意を思い出し、ペンギンみたいな歩き方でトイレへ向かった。
この日、幸は神託を受け、昼食を御馳走になり、また神託を受け、夕食も食べて行かないかと誘われた。彼は遠慮したが天満が執拗にボディーブローを繰り返すので仕方なくご相伴に与かる形となった。
食事の際、幸は客間で他の巫女たちとも一緒に食事をしたが、織星の姿は見られなかった。近くにいた常夏に話を聞こうとするも、
「あー、いいのいいの。あの子、当番が休みん時はだいたいこうだし。部屋から出てこないし、呼んでも無視するしー」
彼女は鬱陶しそうに言い放った。
常夏に限らず他の巫女も同様に、織星を気にかけるものはいなかった。それがここでは当たり前なのかもしれないが、幸は、前の夜に言った『仲間外れ』という言葉を気にしていた。一度気になると、織星が本当に仲間外れにされている風にしか思えなかった。
「あ」
夕食を食べ終わる頃、篝火が何かに気づいて立ち上がった。どうしたのかと尋ねると、他の狩人の食事の支度を忘れていたらしかった。彼女はいそいそと客間を出て行ってしまう。
「……豊玉さん。他の狩人の人って、猟犬って人のこと?」
天満は瞼を擦っていた。眠くなっているらしい。
「その人だけじゃないよ。うちにはあとね、三人いるの」
「そうなんだ。その人たちのご飯も作るんだね」
「うん。そういう決まりになってるの」
天満は寝転がって足をバタバタさせる。
「猟犬さん、やちまたくんはもう見たことある?」
「うん。遠くからだけどね」
「かっこよくない?」
「怖かったかな」
「えー、かっこよくない? ちょっとおじさんだけど」
巫女たちは片づけを始めたり、それぞれの部屋に戻ったりしていた。天満は彼女らの様子を盗み見るようにしていた。
「お姉ちゃんたちはー、猟犬さんにあんまり近づいたらダメだって言うんだよ。玉ちゃんは『食べられちゃうぞ』って脅かすの。食べられないよねえ。私、そんな太ってないし。美味しくないし。私、太ってないよね」
幸は天満の足首を掴んだ。彼女の動きが制止する。
「あ、ごめんね、なんか動いてたから。でも太ってないと思うよ。太ってたとしても成長期だし、大きいってむしろ羨ましいくらいで……あっ」
幸の鼻先に天満の足がぶつかった。蹴られた。
「動いてたから追いかけるって、犬だよそれ。馬鹿なやちまたくん、『わん』とお鳴き」
「えー? わん。わん」
「お手っ、お座りっ。あはは、ホントにやった」
九頭竜神社、その社務所の別館では、今現在四人の野良狩人が寝起きしている。彼らだけでなく、この神社で世話になる狩人の多くはのっぴきならない事情があってここに住まわせてもらっている。その代わりに狩人としてケモノを狩り、神社の平穏を守ることに注力するのだった。
そのはずだが、ここにいる三人の男は違った。ありていに言うと腐っていた。畳の上に寝転がり、布団に包まってスマホゲームに興じる日々を過ごしている。人間の屑である。
彼らはひと月ほど前にここへ来た。三人は《乱鴉》という猟団にいたのだが、その団がなくなった。リーダーの焼野という男が殺されて、残されたメンバーは自然とばらばらになっていき、当たり前のように《乱鴉》は消滅した。その後、知り合いの狩人から九頭竜神社を紹介された。最初の頃は三野山のケモノを全て狩り尽くしてやろうと意気込んでいたが、とある事件が起こり、それからやる気をなくしてしまったのだった。
初めは優しかった巫女たちも今となっては冷たい。夕食も忘れられるくらいである。しかしごくつぶしじみた生活をしているので催促することも気が引けた。外に行くのも面倒くさいし、巫女に出くわせばどんな顔をされて何を言われるか分からない。《猟犬》という白髪の男が三人の部屋に来たのは、空きっ腹を宥めながら、今日はもう寝てしまおうかという時だった。
「あぁ、旦那さん方、まだ寝てるんですかい」
「お。《猟犬》の」
「ちーす」
猟犬はコンビニのビニール袋を床に下ろした。そうしてどっかりと座り込む。
「よかったらどうぞ食ってください。大したもんはありませんが」
「いいんすか!」
三人は布団を跳ね除けて飛び起きた。袋の中からペットボトルの茶やおにぎりを引っ掴んで貪る。大量生産された既製品の味がたまらなかった。
「いや、マジで助かりました」
「ありがとうございます!」
「慌てねえでもいいじゃないですか。まあ、何。人ってのは助け合わなきゃいけねえ。おれぁそう思ってるもんで」
猟犬は歯を見せて笑う。三人は彼に対して頭が上がらなかった。この猟犬という男は顔つきこそ凶悪だが、気さくで面倒見がよい。こうして巫女に冷遇されているものを見かねて、毎日差し入れを持ってくる。三人が気になるのは、彼が少しばかり卑屈で、野良の狩人の割にはケモノを積極的に狩ろうとしないところくらいだ。金には困っていないらしく、それならどうして神社に来たのだろうと不思議がるのだが、そのようなことは些事だ。むしろ猟犬がいてくれなければ困る。飢え死にしてしまう。
「旦那さん方」
猟犬はパックの野菜ジュースの飲み口にストローを突き刺した。
「そういやあ、前に聞いてたことがあったじゃないですか。あん時ゃあ途中で邪魔されちまいましたが、続きをうかがっても?」
三人は口の中にものを詰めながら、目配せし合った。
「……あのことってのは、どのことっすか?」
「殺されたやつのことですよ」
「あぁ」と頷いた若い男は、ツナマヨのおにぎりを茶で胃まで流し込んだ。
「
「ああ、そうそう、東屋さんたちのことですよ」
三人はある男を想起する。東屋というのは、ついこの間まで自分たちと一緒に九頭竜神社で生活していた野良の狩人だ。メフの高校を中退し、狩人になった男だ。まだ十代で愛嬌があった。少しばかり喧嘩っ早く、女好きで軽薄なやつだったが、顔がいいからか巫女にも人気があった。
今はもういない。神社からも、この世からも。
「確か……ケモノに殺されちまったとか」
三人は猟犬の言葉に頷く。
「なんか、夜中一人で山に行ったみたいで。そんで大物にやられちまったとか」
「へえ。東屋さんってのは、腕の立つ方だったんですかい」
「いやあ、どうなんすかね。でも、まあ、狩人のことに関しちゃそこまで真面目なやつじゃなかったと思いますよ」
「はあ。だったらなんでまた、夜に、しかも一人で」
それは分からなかった。当時、東屋と仲の良かったものもいたが、彼の死後、追い出されてしまっている。そうして残ったのが元乱鴉の三人なのだ。
「追い出されたって、そりゃまたあんまりじゃないですか」
「いや、それがどうも……」
若者は声を潜めた。
「東屋くん、巫女に手ぇ出してたみたいなんすよ」
猟犬は犬歯を剥き出しにした。ちょっと怖いが笑っているのだ。
「かはっ。そりゃあ、いやいや、何とも」
「ここの『決まり』があるじゃないすか。巫女ってのは清らかであれ、みてえな。そいつを破っちまったことを吹聴されたくねえから、巫女たちが東屋くんの友達も追い出したんじゃねえかって」
「……ってことは、その東屋さんが関係を持ったのは一人じゃねえって話ですかい」
「まあー、手の速いやつだったんで」
しかし、と、猟犬は考え込むように目を瞑った。
「追い出しちまったんなら、そいつら、神社の外で勝手に話し回るんじゃないですかね」
「その辺は野良の弱いところっすね。俺らみてーな野良犬がよりによって『神社の巫女』の陰口、悪口叩いたらメフの狩人に睨まれますよ。猟犬さんも知っての通り、ここはちっと、特殊っつーか、特別なんで」
「でしょうねえ。……いや、話聞いてると、妙なこと思いついちまいますね」
「何すか」
「東屋さんは、神社というか、ここの巫女にとって都合の悪いことをしてたってわけだ。その人が死んじまった。いや、本当にケモノに殺されたんですかね。そう思っちまったもんで」
猟犬以外の男たちは咀嚼すら忘れた。彼らとて狩人のはしくれだ。そこそこの修羅場をくぐってきた。勘働きだって悪くはないのだ。
「……巫女が東屋くんをやったって言うんすか?」
「いや、今の時点じゃあ何とも。旦那さん方がもうちょっと話してくれりゃあ、何かまた妙なことを思いつくかもしれねえですが」
三人は迷った。神社の巫女の何某かを暴こうとしているのだ。彼女らには恩義がある。だが、もし猟犬の言っているようなことが起こっていたのだとしたら。
迷ったが、猟犬にも恩がある。彼が暇潰しの興味本位で東屋の死について探っているのではないことも分かっていた。何よりも東屋との短くも楽しかった思い出が三人を突き動かした。彼らは競うようにして、自分たちの知っていることを話すのだった。
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