Modorenai Live(戻らない日々-Ever Version-)<3>



 翌朝、学校の昇降口で翔一が待っていた。彼は幸を見つけると片手を上げた。

「昨日大丈夫だったか?」

「うん。そっちは?」

「おお、何ともなかったぜ。ケモノも、案外片付くの早かったみてーだし」

 二人して靴を履き替えて教室へ向かう。

「今日は授業に出るの?」

「出るって委員長にも言ったしな。あいつらから呼び出しも来てねーし。あー、それでだけどな。昨日も言ったけどさ、俺があいつらに絡まれたりしたら、お前は逃げろよ」

 翔一のシリアスな表情に気圧されて、幸は頷くしかできなかった。しかし頭の中では、その時が来ないとどうなるかは分からないなとも考えていた。

「あの人たち、なんでそんなに翔一くんに構うのかな」

「一時はつるんでたからだろ。ああいうのは仲間抜けられんの嫌がんだ。メンツとかもあるしな。あの豚、猿喰さるはみってんだけど暴走族の総長やってんだってよ」

「名前まで怖いじゃないか」

「はは、まーな。でもバイク乗ってるとこなんて見たことねーけど」

 翔一はまた笑みを消すと階段の踊り場に立ち止まって幸を見据えた。

「やべーやつなんだよ。昨日はラッキーだったけど、次も何もされねーって保障はねえ。頼むから自分のこと考えとけよ」

「分かった。翔一くんもね。何かあったら、先生とか、警察に言うとか」

「アテんなんねーよセンコーなんて。ま、こっちはどうにかする……お」

 二人と、階段を降りてくる深咲との目が合った。彼女は教材を抱えている。

「はよー、委員長。どこ持ってくんだ? 手伝うぜ」

「おはようオフタリサン。ううん、お手伝いは大丈夫。それより」

 深咲は翔一に一歩近づき、ふふふと声を漏らした。

「ちゃんと来たんだね。今日は教室から出たらダメだよ」

「トイレとかはどーすんの?」

「窓からしちゃえ」

「俺そんな上級者じゃねーわ」

「私もー。それじゃ後でね」

 深咲の後姿を見送った後、翔一は低く唸った。

「お腹でも痛いの?」

「なんつーか、委員長っていいよな。可愛いっつーか、なんつーか」

 おお、と、幸は普通っぽい会話が始まったことに少し感動した。

「あーゆー子と付き合いてーわー。家に帰ってきたら『お帰り』って言って欲しい感じっつーの? でもなー、委員長カレシいるっぽいしなー」

「え?」

「遊び誘われても用事あるとかで断ってるみてーだし、なんか男子に慣れてる感じするじゃん? それに香水つけだしたっぽいんだよ。俺が転校してきた時はそんな感じじゃなかったんだけどよ。他のやつらも言ってたけどさ、ちょっと前からなんかすげーいい匂いすんなーって。そういうのってアレだろ。付き合ってる男の影響じゃね?」

「ええ……」

 幸はかなりショックを受けた!

 翔一は幸の落胆ぶりをげらげらと笑った。

「なんだよ、ヤチマタも気になってたんか。ま、分かんねーけどな。そーゆーのは実際、本人に聞いてみねーと」

「聞ける?」

「……聞きたくは、ねーよな」

 教室に着くなり、翔一は鞄を自分の席に置いて、幸の前にある机の上に座った。

「ヤチマタは女いなかったん?」

「彼女? うん、いなかった」

 翔一は明らかに安堵していた。

「俺も―。まあ、付き合っててもメフまでくっついてくるやつはいないだろうけどな。あー、デートもキスもまだなのによー、メフにまともな女いんのかなー」

「ぼくはデートならあるよ」

「あ?」

「凄まないでよ。それくらいみんなやってるじゃないか」

「みんなって誰だよ! 言ってみろ! ああああ、なんかすんげー裏切られた感じするわ」

「別に、メフにも女子はいるじゃないか。この学校にだって」

「あー、だめだめ。俺が悪いってのもあるけどさ、蘇幌の女子はほとんど寄りつきゃあしねーよ。話しかけてくれんのは委員長くらいのもんだ。あとは……まあ、うん」

 翔一は深刻そうな顔をしている。幸はどうしたのか尋ねた。

「たぶん、いつかお前も絡まれるだろうから先に言っとく。一年に衣奈えなってのがいんだ」

「へえ、どんな子なんだろ」

「フェイス百点、ボディ百点」

「おお」

「あと全部赤点」

「おお……?」

 衣奈という女子は新しい顔を見に来る習性を持っているらしかった。

「もう関わりたくねーけどな」

 女子と付き合いたいと言う翔一ですらも難色を示す女がこの学校にいるらしい。幸は、そこまで言うなら見てみたい、という気持ちになっていた。一時間後に後悔することになる。



 一時間後。一時限目の授業後の休み時間になると同時、幸はトイレに向かった。小便器の前でズボンのファスナーを指でつまむ。少し立ち位置が定まらなかったので調整する。

「ども」

「ひっ!?」

 耳元に生暖かい空気がかかった。幸はその場から逃げようとしたが、肩をぐっと押さえつけられる。

「はよチ〇ポ出してみ?」

 幸は耳を疑った。幻聴かと思ったが耳たぶをアマガミされて耳の中に舌を入れられて力が抜けてしまってはもはやこれは幻でもなんでもなかった。下げかけたファスナーを元の位置に戻し、壁に手をついて倒れるのを堪える。じじじという音がした。自分のものではない指がファスナーを下げようとしていた。幸はその手を払いのけて個室の扉に背中をぶつける。

「暴れ過ぎー、そんなびびんなくてもよくない?」

 ジェリービーンズみたいな女が笑っている。アップに盛られたピンク色の髪。そこから生えているような紅白の花飾り。金色の瞳。首にチョーカー。頬に貼った淡いブルーのハートマーク。じゃらじゃらとつけられたブレスレットやバングルの類。蘇幌学園の制服こそ着ているが無茶苦茶に着崩していた。軽薄が服を着ているような女だった。

 男子トイレに女子がいることなどもはやどうでもよかった。幸は叫んだ。

「怖い!」

「食べちゃうぞー」

 締まりのない笑みを浮かべると、女は胸の谷間を見せつけるようにして幸に迫る。

「何するか分からないけどとにかくやめて!」

「は?」

 女は個室の扉を蹴って幸の逃げ場をなくすと、足を上げたままで幸をねめつけた。スカートの中身が見えそうだったので、彼は咄嗟に窓の外へと視線を逃がした。女はじっと幸を見つめている。値踏みしているらしかった。たっぷり一分そのままの状態でいると、彼女はふっと息を吐き、足を下ろす。

「センパイ、あーしのこと知ってるっしょ?」

 知らないし知りたくもなかった。ただ、心当たりはあった。

「一年の、衣奈さん?」

 女は口角をつり上げた。やはりそうだったのかと幸は納得した。全く、完全に、翔一の言ったとおりの女だった。彼女は底意地の悪い笑みを浮かべて舌なめずりする。

「とりあえずそこ入れって」

「なんで」

「そんで下おろして」

「なんで!」

「一回試して確かめたらだいたい分かんじゃん? つーかうるせーし。あのさー? 逆らったら痛い目見るっすよセンパイ。黙ってたら気持ちー思いできんのに」

 衣奈の力はそこまで強くない。幸は彼女を押し退けようとした。

「タダイチって知ってるー?」

「は? ああ、あのスーパーの」

 脈絡のない話だった。しかし幸はお人よしなので耳を貸してしまう。

「あーし、そこのおじいちゃんの孫でさー」

「だ、だから?」

「逆らったらメフの六割敵に回す」

 幸は知らなかった。タダイチの創業者一族、舞谷まいたに家は大崩落発生以降、メフはおろか国内外に出店し急激に業績を伸ばしている。更に舞谷家は小売業だけでなく、飲食、製造、金融、医療福祉などの分野にもその手を伸ばしていた。舞谷の息がメフ市全域にかかっていることは、メフ市民の公然の秘密のようなものであった。

「蘇幌の理事もおじいちゃんのトモダチだし?」

 衣奈は続けた。

「センパイ何区に住んでんすか? ねーどこ住み? 引っ越しとか考えてるー? 第壱区に住んでみたくない?」

「お、脅してるつもり?」

「いや最初っからそう言ってんじゃん、察しわりーなオメー」

 なぜだ。どうして会ったばかりの女生徒に脅迫されなければいけないのだ。幸は頭を巡らせてみたが無駄だった。というより、衣奈に常人の思考回路で相対しても無駄なのだと悟りかけていた。

「んな焦らしたらすげー期待しちゃうんすけど。そんなすげーの持ってんの?」

「も、持ってないから」

「だーら見せてって。な?」

 チャイムが鳴った。それが鳴り終わる前にトイレの扉が開かれた。

「おぉいヤチマター? 腹でも壊して……」

 翔一が様子を見に来たらしかったが、個室に押し込まれそうになっている幸とその犯人を認めるなり声を荒らげた。

「あー? あー、ウツなんとかじゃん。元気? もうドーテー捨てれた?」

「てめえ便所で盛ってんじゃねえよ! つーか敬語使えよ、敬語!」

「超うるせー」

 衣奈は翔一をねめつけていたが、つまらなさそうに息を吐くとゆっくりと幸を解放した。

「ま、いいや。八街っていうの? 覚えたから」

「う」

「あーし、つづらちゃん。次会ったら『つづらちゃん』って呼べよ。呼ばなかったら犯すぞ八街」

 衣奈は必要以上に尻を振りながら出て行った。

「あの子、何がしたかったんだろう……」

「ネジ緩んでんだよあいつ。それか空っぽで何も入ってねーよ。偉いやつの孫だかなんか知らねーけどさ、気にすんな」

「翔一くんもやられたの?」

「や、やられてねー! ……弄ばれただけだ」

 二人はとぼとぼとトイレを出た。

 教室に戻った幸を出迎えたのは、

「社会の窓開いてるよー」

 深咲のつつましやかな笑声であった。幸は死にたくなった。



 大崩落が起こるまで、メフは歌劇と植木が有名な静かな町だった。気候は穏やかで治安も悪くなく、過ごしやすいと言われていた。

 現在のメフは打って変わって危険な場所だらけである。その内の一つが『リボウスキ』というボウリング場だ。とある映画の、ボウリング好きの登場人物になぞらえて付けられた店の看板は十年以上も前に下ろされているのだが。

 このリボウスキはいわゆる心霊スポットの一つとしてメフ市民から認知されている。曰く、ボウリング好きの店長は借金苦で店を畳まざるを得なくなり店で首を括った。曰く、従業員の一人が中に閉じ込められたままで霊になって化けて出るだの。

「失せてろクソが」

 頭から血を流した男と、必要以上に胸元をざっくり開けた女が二人寄り添うようにしてリボウスキから逃げていった。

 去っていくカップルを見送って、ヒデはようやくバットを離した。

 ヒデ――――猿喰秀吉さるはみ ひでよし。十八歳。高校三年生。そして彼は札付きのワルというやつでもあった。学区内でも有名な悪童であるヒデは『三野山みのさんの猿』と呼ばれている。

 三野山とはメフにある山で野生の猿が多く住んでいる。三野山の猿は目を合わせただけで人間に襲いかかってくる。扶桑熱に罹った猿は尚更凶暴だ。つまりヒデはそれほどに凶暴で見境がない。また、ヒデの名前である秀吉ともかかっていて猿呼ばわりされていたのだった。もっとも、ヒデに面と向かって猿と呼ぶ物好きはいない。言ったが最後、その数秒後には顔面にパンチを喰らっているからだ。彼はその腕っ節を見込まれて暴走族のリーダーにも指名された。とはいえ、ヒデはバイクに乗ったことがほとんどない。彼の体重に耐えられるものは少ないからだ。あっても高価で手が出せない。舎弟の原付を何度か壊しているので、貸してくれるものも今はいなかった。

「あんまし入ってねえな。……あ、ゴム。マジかよ。あいつらここでヤってたんかな?」

「うるせえよバカ」

 ヒデは喧嘩が強い。体格がいいこともあるが、一切の躊躇なく人を傷つけられる稀有な性質の持ち主である。同級生で彼に勝てるどころか立ち向かえるものすらいない。みな、ヒデが歩けば道を空ける。上級生に囲まれても、そこいらのチンピラに囲まれてもヒデを止められるものはいなかった。それどころか返り討ちに遭わせるほどだ。

 喧嘩の強いヒデの周りには人が集まった。ていのいいボスを見つけて不良が群れたのだ。よくある話だ。そうして彼らはメフでも名の知れた不良少年のグループとなった。

 ヒデたちはお役御免となったリボウスキの跡地を塒代わりに使っている。時折、心霊スポットと知って息巻いてやってくる若者をカツアゲして『良い目』を見ている訳であった。

 だが、今日は少しばかり様子が違う。先のカップルから巻き上げた財布や身分証、携帯電話を眺めていてもヒデの気は晴れなかった。問題があったのだ。それはまだ片付いておらず、片付きそうにもないものであった。

「でも、これも持ってかなきゃならねえんだろうな」

 誰かがそう言った。ヒデはぴくりと反応した。

 そう。そうだ。金は自分たちの懐には入らない。そのことがヒデを苛立たせていた。



『三野山の猿ってな、お前のことか?』

 一年近く前のことだ。ヒデはスーツ姿の男に絡まれた。サングラスをした、身なりのきちっとした細身の男であった。ヒデはその男を酒に酔ったサラリーマンだと決めつけて殴りかかった。

 ヒデは、天地がひっくり返って、地面に倒されていたのが自分の方だったと気づくのに長い時間を要した。

『この辺じゃあお前のことが有名になっててな。ちょっと見にきたってわけだ』

 誰だてめー。

 ヒデがそう尋ねると、スーツの男はサングラスを外して笑ってみせた。

『俺ぁ赤萩組の……まあ、やくざって言やあ分かるか?』

 やくざのスカウトだった。ヒデはごくりと唾を飲み下した。



 結果から言えば、ヒデは赤萩組にスカウトされた。だが、返事は保留している。やくざになるのが怖いわけではない。ただ、やくざになるという実感がない。将来の自分をイメージできないのだ。

 ヒデは勉強ができない。小学校の高学年からまともに学校へ通っていなかった。しかし呆れ返るほどの馬鹿ではない。少しくらいは物事を考えられる頭を持っている。彼は自分の立っている場所がはっきりしないままでいるのが嫌だったのだ。

 そのことを正直に赤萩組の組員に告げると、卒業までは待つつもりだと返された。そうして、赤萩組がヒデたちの『ケツモチ』になってやるのだとも言われた。ヒデにとっては余計なお世話だった。自分のことは自分でやる。それがヒデのポリシーであったが、やくざに凄まれては流石にどうしようもなかった。ヒデは三野山の猿と言われているが、辺り構わず、誰彼構わず噛みつくような獣ではない。むしろ獣の方が本能によって噛みつく相手を選び、弁える。とどのつまり、赤萩組という一組織は、ヒデという一個人が噛みつくには分が悪過ぎたのだ。

 やくざが暴走族や不良少年グループのケツモチ――――要はそのグループのバックについて揉め事を処理してくれる人――――をするのは珍しい話ではない。もっと言えば、ケツモチしてやるから毎月金を出してくれよなというのも珍しい話ではない。

 ヒデたちはメフで有名な不良のグループだ。区内では非常に恐れられている。だが、ヒデたちは所詮若者で学生だ。『本物』と比較すれば生まれたばかりの雛に過ぎない。



「毎月一万はきついよな」

「払わなきゃあの人らやべえくらいキレんじゃん?」

 ヒデたちは赤萩組に毎月一万円を支払っている。それも一人につき一万円だ。彼らは二十名を超えるグループであるので、赤萩組は二十万以上も受け取っていることになる。ちなみにヒデたちはその支払いのことをシノギとか上納金と呼んでいる。

「ケツモチ言うけどさ、なんかしてもらったことなんか一度もなくね?」

「やめとけって。あんまし言うのはさ」

 不良にも不良なりの悩みがあった。しかも悩みの内容が内容である為に誰にも相談できそうになかった。

 ある日、ある時、ヒデは赤萩組の構成員に呼び出された。ケツモチ料を払わされる為だ。そのついでに色々な話を聞かされる。ヒデはこの時間が苦痛でしようがなかった。

 ヒデが呼び出される場所は決まってリボウスキの近くにあるファミリーレストランだった。低価格メニューが充実しており、客層は学生が多い。昼間でも夜でも姦しく、賑わっている。

「おう、ヒデ」

 店に入ったヒデはすぐに待ち合わせしている人物を見つけた。一番奥の禁煙席にどっかりと腰かけて、ミートドリアを美味そうに食べている三十代の男だ。他の組員からは『ミキ』と呼ばれていてヒデもそう呼んでいる。ミキはブラックのスーツを着ているが安物だ。替えがないのか皺が寄ってくたびれている。彼はいつも恵比須様のような、人好きのしそうな笑みを浮かべているが目は笑っていなかった。少し腹が出ていて、紫煙を吐きながらベルトを緩めるのが彼の癖だった。

「よう、持ってきたか」

 ヒデはパーカーのカンガルーポケットから茶封筒を取り出してテーブルの上に置いた。中には今月のケツモチ料が入っている。ミキは封筒の中身を確かめもせずに受け取った。

「ご苦労さん、来月もよろしくな。ああ、なんか食うだろ? おごってやるから遠慮しないで頼めよ」

 俺の金で頼むんだろうが。

 ヒデは内心の不満を顔に出さないように努めて、晩飯を食べて来たんでと断った。

「おう、そうか。……そんじゃあもう帰っていいぞって言いたいところなんだがな」

 ミキは火のついた煙草を乱暴な所作で揉み消した。

「ちょっとな、頼まれちゃくれねえか」

「頼みっすか」

「人集めてんだよ。別に喧嘩がつええの集めてるわけじゃねえ。数さえいりゃあそれでいいんだがよ」

 ヒデは迷った。ミキがものを頼むのは珍しい。ヒデはここで借りを作るのもいいかもしれないと思った。

「何か探すとか、っすか?」

「まあ、失せもん探すのに違いはねえわな。ヒデ。今から話すこと、余計なやつに喋るんじゃねえぞ」

 ヒデは神妙な顔つきを作った。

「《骨抜き》野郎だよ」

 その名前には聞き覚えがある。メフを騒がせている連続殺人犯だった。

「やりまくってるやつっすよね」

「ああ、まあな」

 ミキの歯切れは悪かった。ヒデは赤萩組の誰かが関わっているのだと直感する。しかし決して口には出さない。彼らは不良の自分たちよりもメンツや体裁を気にする生き物だからだ。

「そんぐらいならやりますよ」

「お、そうか。じゃあやってくれ。こっちでもやってんだけどよ、ちっと手が足りなくてな」

「うぃす。けど、なんか心当たりみたいなんあるっすか? ケーサツも見つけてないとかテレビで言ってたっすよ」

「……いや、ねえな。もしかすっと外まで出たかもしれねえけど、とりあえずこの辺しらみっ潰しにしたくってな」

 ミキが答えるまでに間があった。ヒデは彼から視線を外す。

「ミキさん。見つけるだけでいいんすよね」

「あ?」

「たとえばっすけど、見っけたとして、連れてこなくてもいいんすよね」

 ミキは煙草に火を点けて座り直した。

「アー……できりゃあ連れてこいって言いたいところだけどよ。まあ、任せるわ。お前はガクセーにしちゃあそこそこキレるからな。あぁ、でもな、見つけたらまず俺に連絡をよこせ。そのことで聞きたいことがあったら俺に電話してもいい。いつでもいいからよ」

 ミキの眼光が鋭くなった。余計な事情には首を突っ込むなとでも言いたげな目だった。無論ヒデも弁えてはいる。

「うぃす。そんじゃあ、お疲れさんです」

「おう、送ってってやろうか?」

「いや、自分歩きで来てるんで」

「ダイエットでもしてんのかあ?」



 店を出たヒデは煙草に火を点けた。

「骨抜きってか」

 二つ、ヒデが思ったことがある。

 ミキは自分たちに期待していない。あるいは、人捜しに力を入れていない。本当に大事なものなら自分たちのような子供には頼まないだろう。内々でどうにかするはずだ。

 もう一つ。ミキが本当に人捜しを真剣に行っていてケツモチ料をせびる子供に頼るほど苦労している場合だ。もしかするとミキが一瞬口ごもった心当たりというのは学生ではないか。だからこそ自分に頼んできたのだ。

 やくざの言いなりになるのは好かないが暇潰しにはなる。それに骨抜きの事件にも興味があった。ヒデはいつもつるんでいるグループのメンバーにどこかで集まるように連絡をし始めた。

 ミキと会ってから一時間後、ヒデたちはリボウスキとは離れたコンビニの前にたむろしていた。集まったのはヒデも含めて六人だ。グループの全員が原付のような移動手段を持っている訳でもなく、この時間に家から抜け出せないものもいるため、大した数が集まらなかったのだ。

「骨抜きすか? ああ、ニュースでやってる」

 ヒデの話を聞き終えた、髪の毛をワックスで逆立てた若者が眉根を寄せた。

「つっても、心当たりとかないんすよね」

「ミキさんはそう言ってたけどな」

 ヒデは缶コーヒーを飲み干すと、それを片手で握り潰した。

「俺ぁそうは思わねえ。ヤクザもんが『俺たち』に頼んだってことが心当たりになるかもしれねえぞ」

「俺たちって……ガクセーってことか?」

「ここいらの中学か、高校に行ってるやつが何か知ってっかもしれねえ」

 ああー、と、納得したような、しかし、どこか空とぼけた声が上がった。

「でもよう、殺しやるようなのなんかその辺にアホほど転がってんじゃねえか」

 ヒデは口の中に残る液体を確かめるようにして飲み下す。そういえばそうだ。メフでは暴力行為は珍しくない。誰の目も届かない場所だっていくつもある。時には町にいる警察や自衛隊だって目を瞑る時があるくらいだ。

「やくざがわざわざ捜そうとするくらいの殺人鬼ってことか」

 骨抜きを追っているのは警察とやくざだ。それ以外にも動いているものはいるだろう。自分たちが捜し当てられるとは思っていなかったが妙な期待感があった。

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