1-2(角を立てない)ライブの感想

 そんなことを考えていると、ライブが終わった。SCP部はトリだったので、全編が終了したということだ。三々五々、帰宅するお客さんに部員たちが挨拶をしている。


「またいいSCP作ってくれよ、千久乃ちくの

「もう嫌っす。あたしは、この部が好きっすから」

 という千久乃と外国人らしき女性との会話や。


「あのトカゲはまだ元気にしてるよ。茉莉香まつりかちゃんに会いたがってる」

「……ふーん」

 という若い背広姿の男性と茉莉香の会話はまだいいとして。


「アベルはおとなしくしている。だが、また何か起こす可能性もなくはない」

「了解。監視を続ける」

 という真白ましろと初老の男性の会話は少々不穏だし。


「恐怖の書によれば、まだカルキストは手札を残している。気を付けろ」

「はい、お嬢」

 と、普段のおしとやかな丁寧口調ではない松田先輩と黒服の男たちの会話は聞きたくもないし。


「君がよければ、また共に戦いたいと思っている」

「“何者でもない”存在なんて、興味ありませんね」

「そうか」

 などと、家持いえもちがグレーのスーツを着た人物と話しているのに至っては、意味不明すぎる。


 が、まぁ、なんというか、なかなか刺激な日々を過ごしているようで、結構なことだと思う。……現実逃避なんてしていない。こんなことが現実であってたまるか。


 俺も、軽く挨拶だけをして帰ろうとすると、家持に「ちょっとだけ残ってくれないか」と言われた。表情を見る。話したいことがありそうだった。


 見ると、バンドごとにテーブルを囲んでいた。ライブ終演後の軽い打ち上げだ。俺もその輪へと、控えめに混ざった。


「今日は来てくれてありがとうな」

「ありがとうございます」

「ありがとうッス」

「ありがとう」

「……」


 不機嫌そうな約一名以外から感謝の言葉を貰う。俺は「こちらこそ招いてくれてありがとう」と答える。


「こうして面と向かってゆっくり話すのは初めてだな。改めて自己紹介しよう」


 家持の言葉に続いて、一人一人名を告げる。全員の顔と名は一致していたが、ここは言うに任せる。


「で、俺が家持慎平。あとは、鷹丸たかまると、紗枝さえは知ってるか」

「ああ。俺のことは―――」

「神崎雅人」

 自己紹介のときも今も、何故か仏頂面な茉莉香が告げた。


「マツリちゃん、感じ悪いっすよ~」

 野口がたしなめる。


「ごめんなさい神崎さん。あなたのことは存じ上げております。影でこの部を助けてくださっていたこと、本当に感謝していますよ」


 黒服の男たちとの鋭利なナイフのような会話とは打って変わって、天使もかくやといった口調の松田先輩に免じて、「構いませんよ」と言っておく。


「俺は何もしていません。全部、皆さんの努力が生んだ成果です」


 謙遜けんそんではない。事実だ。俺は彼らの物語に、ほんの毛先ほど関わったに過ぎない。いや、関わっていたのかすら微妙なところだ。


「あと、神崎さんはやめてください」

「え、じゃあ、神崎、くん?」

「それでお願いします」


 松田先輩が、可憐な様子で少し小首を傾げながら言う。やはりさっきのは幻だったのでは。


「じゃあ、あたしたちも呼び名決めていいっすか」

「ああ」


 千久乃の提案に、俺は首肯する。


「何にしますか、真白ちゃん」

「……副会長」

「それただの役職っすよ。家持いえもっちゃんは?」

「この間練習試合したバスケ部の奴に聞いたんだけど、中学の頃、カミって呼ばれてたんだって」

「ぶっ!?」


 俺は思わず吹き出してしまう。誰だ? というか、そのあだ名で呼んでいた奴を俺は5人しか知らない。どれだ?


「嫌、だった?」と、真白が訊いてくる。不安そうな目の色。


「そうじゃない。久しぶりに呼ばれて、ちょっと可笑しかっただけ―――鷹丸くんが、そんな話をしてくれていたのか。なら、それでいい」


 SCP部の目から、初対面特有の緊張の色が消えた。コミュニケーションが上手くいって、俺も頬の筋肉を緩める。


「改めてよろしく、カミ」


 家持が手を差し伸べてきたので、「ああ」と言いながら握手をする。


「ところでさ」

「なんだ」

「今日のライブ、どうだった?」


 再び、家持と女子たちの目に不安の色が差した。俺も、今この和んだ状況でそれを訊くのか、それを訊いていい空気だと思ったのか、という顔をしていたかもしれない。


 いや。と、すぐに気持ちを切り替える。初ライブだ。オーディエンスに感想を訊くのは普通のことだ。


 しかしながら、俺は音楽にうるさい。洋楽邦楽ジャンル問わず聴くし、ロックバンドのライブにもよく行く。そういう耳で聴くと、今日のライブはお世辞にも良いとはいえない。だが、素人の初ライブに、演奏がどうのこうのと酷評するのもいかがなものか。


 家持たちの目にも、あまり厳しい意見は聞きたくないという色が見える。ここは穏当に行くのが一番だ。


 俺はそう決めて、話し始めた。


「そうだな、なんというか、すごくアットホームなライブだった。俺は知らないけど、部で知り合った人がたくさん来ていたんだろう。いろいろな事情がありそうではあったけど、俺は、暖かで良い雰囲気だと思った」


 松田先輩の目から不安が消えた。よし、あと四人。


「野口は―――あ~、一風変わったコードを使っていたな。流石に、芸術家は感性が違う。けど、それ以上に思ったのは、周りをよく見ているってことだ。好き勝手なことをして、突っ走って行ったりはしない。個性は出しながら、ちゃんとバンドであろうとしていた。多分、これから合わせていけば、もっと良くなると思う」


「えへへ、カミっちは口が上手いっすね」

 そう言いながら、千久乃の目の色も穏やかになった。あと三人。


城下しろしたは、ベースが上手い。正確にリズムを刻めていた。初心者なのに、すごいと思う。細かいテクニックは、これからいくらでも憶えられると思う」


「うん、ありがと。カ……カ……」

「城下の呼びたいように呼んでくれていい」

「……ありがとう。副会長さん」

 真白も良し。


「家持は、もっと頑張れ」

「おい!」

 女子三人から笑いが起こる。もう家持の目に不安の色はない。こういう雑な扱いも、受け入れられる余裕があると踏んだが、当たっていたようだ。


「じゃあ、次」

「終わりかい!」


 抗議を続ける家持をお約束通り無視しつつ、俺はテーブルの向こう側にいる、どうにも扱いづらそうな女の子の、小さな顔についた大きな目を見た。


 うむ。ライブの出来がお気に召さなかったらしい。不満と怒り、そして不安の色。どうやって取り除こうか、考えながら話す。


九鬼崎くきさきは、伝えたいって気持ちがすごく伝わってくるボーカルだったな。ライブの演奏に負けないくらい声を張り上げて、あの曲の歌詞を書いたのは―――」


 チラリと家持を見ると、頷いていた。このむくれ女子が書いたようだ。


「そうか、すごいな。俺は音楽を聴くのは好きだけど、作ってみようなんて思ったこともない。今回も、九鬼崎がバンドをやろうって企画したんだろう。それで、ライブもやって、たくさんのお客さんが聴いてくれた。うん、俺は、今日のライブは成功だったと―――」


 パンッ!


 客観的に見ても、俺の言葉に、悪いところはなかった。採点するのなら、75点はあると思われる。いきなりテーブルから身を乗り出し、小気味いい音と共に強烈な平手を見舞われるいわれはないはずだ。


 はずだが、現に俺の頬は紅葉もみじ型の熱を持ち、痛みを脳に伝えている。


 ……なんで?

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