4-3 花火大会の夜
「私、花火の日にここまで来るの、初めてなんです」
はしゃいでいる様子で、松田先輩が言う。
「去年は二日続けてめっちゃ色々あってくる暇なかったですからねぇ」
「あ、さっきのARグラフィック超エロくなかったッスか?」
「どう見ても綿菓子食べてる女の子の絵だが?」
「それが良いんスよ。あとで講義してあげます」
「遠慮しておく」
上瀬総合美術学部始まって以来の変態と呼ばれている千久乃が言うので、俺は丁重にお断りする。
「ふんわりした浴衣で綿菓子持って、切れ長細目で口を閉じてニッコリ。これ完全に誘ってるじゃないッスか! ねぇ、そう思うでしょ、カミっち」
「分からん」
適当にあしらいつつ、俺の目は並んで歩く凸凹カップルに行く。
とはいえ流石に不安だったのか、家持と真白の二人がくっついていった。
「まぁ、付き合いは若干あの二人の方が長いから、任せときゃいいッス」
俺がSCP部を認めるよう
「最初の頃の気持ちを思い出して欲しくて、野口がそう仕向けたんじゃないかと思ったんだが、違うのか」
俺の右隣を歩いていた千久乃がピタリと止まる。前を歩いていた松田先輩が振り向いて、悪戯っぽく微笑みながら言った。
「うふふ。私もそう思うなぁ。千久乃さんは気遣い屋さんですからね~」
「俺も、SCP部に会ってからずっと、
「ふふ、神崎くんは鷹丸くんとよく似てますからねぇ。マツリさんも、気安いのじゃないでしょうか」
似てるって、どこがだ。そんな怪訝な目をしていたのか、松田先輩は「なんとなく、ですっ」と、弾んだ声を上げた。可愛らしいが、ちょっとテンションがおかしくなっている。祭り酔いか。
「う~、お二人とも、あたしを褒めても何にも出ないッスよぉ?」
千久乃の目から微かな寂しさの色が消えた。そして、松田先輩の酔っ払った雰囲気に当てられたようだ。
「お大尽様ぁ~、私、たこ焼きと焼きトウモロコシが食べたいです~」
「あーもうしょうがない子ですねぇ庄之助ちゃんはぁ」
細いが背が高い松田先輩が、ただただ細い千久乃にしな垂れかかった。女子二人の仲睦まじき光景に、周囲の人の足も止まっている。
「二人とも、往来で立ち止まらない」
「は~い」
「うへへ、カミっちは優しい人ですねぇ」
何を唐突に。人酔いってそんな風になるものだっただろうか。俺は、ふと悪ふざけをしたくなった。
「なぁ、野口、俺もカキ氷を食べたいんだが」
「え、それだけでいいんスか? もうちょっと欲張っちゃってもいいッスよ?」
ほう。
「じゃあ焼きそばとカステラと、リンゴ飴もいいか」
「あ、私もリンゴ欲しいです~」
「はい! 何でも頼んでくださいッス!」
―――十五分後。
「もう勘弁してつかぁさい!!」
「ギブアップ早いな」
俺と松田先輩が笑い、千久乃が泣く。
「なんでお二人ともそんなに痩せてるか小さいかなのに、めっちゃ食べるんッスか! 聞いてないッスよ!」
「言ってないからな」
「神崎くん、私についてくるなんて鷹丸くん以来です。次は何で対決しましょうか」
「いつの間にフードファイトになったんですか。でも、敵を前に退くわけにはいきませんね」
「退いてください! レフェリーの財布大爆死に伴いノーコンテストッス!!」
そうやって騒いで食べて食べて泣いて慰めて歩いていると、下瀬の浜辺に出た。花火が上がる
「ここら辺で見ようか」
ここに来る前に買ってきた安物のシートを敷いて、女子二人を座らせる。
「おお、紳士ッス。新鮮!」
「鷹丸くんも家持くんも優しい方ですけど、SCP部は男女比が不均衡ですものね」
男2で女5か。
「
松田先輩が、事情があってなかなかリアルでは会えないSCP部最後の一人の名前を言う。
「
何の気なしに言った台詞だった。不登校の生徒に、生徒会副会長として遂行している職務を伝えただけだったが。
「またアンタが暗躍してるんスか!」
「あらあら、まるで神崎くんはSCP部の黒幕ですね!」
千久乃と松田先輩の突飛な反応に、俺は、いや、と否定の声を上げる。
「人聞きの悪いこと言わないでください。俺は、せいぜいお二人が座ってるシートくらいの役割です」
「なら、十分ッスよ」
「はい。私たちが安心して腰掛けていられる場所を作ってくれたのですから―――ほら、神崎くんも座ってください」
「何ならあたしと庄さんの間に座りますか。特等席ッスよ?」
「ありがたい申し出だが、ちょっと家持からエマージェンシーだ。行ってくる」
「あらあら」
「野口、松田先輩も」
「「はい?」」
「二人とゆっくり話せて楽しかった」
そう礼を言うと、二人の反応は見ずに、俺は海岸を歩き出した。
さて、鬼が来るか鷹がやってくるか。
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