1-3 SCP部最後の部員

 今日も上瀬かみせの坂を走る。


 俺より老齢の250㏄ニーハンは、しかし元気に疾駆する。


 午前7時。

 俺の朝は早い。


 両親があまり家に戻らない上に昼夜逆転の生活なので、自分の分の家事・炊事はやらなくてはいけないのだ。という話は、前にもしたと思う。


 今日はさらに、上瀬総合高校の文化祭がある。


 生徒会もまた、その準備に忙しく、気が付けば夏休みが終わり、残暑の9月も過ぎ、すっかり秋になっていた。


 というのは話半分で、相変わらず週一ペースで映画館に通い、新譜を漁り、同時に過去の名作を貪るためのバイトに勤しんでいた。

 遊び過ぎだと? 勉強をしろと?


 ごもっとも。だが断る。


 上瀬総合は、自主性をとにかく重んじている、といえば聞こえはいいが、万事において「やりたい奴はやれ、やりたくない奴はやらなくていい」精神を涵養かんようしたい理事長の方針だ。故に、校内行事はかなり珍しい。卒業式にすら来ない連中がいるほどである。


 だが、文化祭の出席率はいい。なんというか、意外とみんなお祭り体質である。


 無論、おマツリ少女を筆頭に据えるSCP部も、ノリノリで様々な発表や展示を用意していた。バンド演奏もするらしい。夏休み中と、9月のテスト明けにまたライブに行かせてもらったが、なるほど演奏は練習を重ね、上手くなっていた。


 今まさに、そのときに録音した曲を流しながら走っている。まぁ、歌も何とか聴けなくもないレベルにはなっている、と思うのだが。


「なんですか、この発情した猫が喚いているような声は」


 辛辣しんらつな評が、ヘルメットに内蔵されたスピーカーから聞こえてくる。


「下手くそなAC/DCみたいだってのは、認めざるを得ないな」

「……先輩は相変わらず例えが意味不明です」


 俺の後ろにちょこんと跨って、ヘルメットに収まらない長い黒髪をなびかせている高野たかの紗枝さえが、いつも通り淡々とした調子で言う。


 文化祭が人で賑わうのは、もう一つの理由がある。それは、出席数にカウントされることだ。


「何故通信制で受けたはずの私が登校しなければならないのですか」

「そのうちの本当に数少ないスクーリングすらもすっぽかしてるせいだ」


 学校が近づくごとに、この質問の頻度が増えていて、その度、同じ答えを返す。もう五回目だ。


「いい加減、覚悟を決めろ。大丈夫だ。適当な休憩室に日が暮れるまでいれば、晴れて単位取得だ」


 それはそれでどうかと思ったが、最初からこの裏技を設定するために、文化祭という建前を利用したのかもしれないと、最近思い直すようになった。


 それに、紗枝に直接言ってはいなかったが、茉莉香まつりかたちが彼女に会うことを、とても楽しみにしていたのだ。情報海オーシャンでは共に活動しているが、リアルでは昨年にたった一回だけ会っただけの半幽霊部員だ。


 やはり、情報海オーシャンとリアルとでは違うものなのだろうか。俺は、その辺りの機敏も、やはりよく分からない。


「……全部の授業を情報海オーシャンでやってくれればいいのに」


 そうすると、今度は俺が困るんだ。という声は飲み込んで、俺は下手くそな歌を切って、本物を聴かせることにする。


「これでも聴いて、少しは気持ちを上げておけ」


 オーストラリアのモンスターバンド、AC/DC。永遠の名作、『Back in Black』。


「すごい声ですね。でも、マツリさんの超音波とは情報海オーシャンの上っ面と最深層並みの差があります」


「俺はお前の例えがよく分からないよ」


※※


 在りし日の八郎爺さんは「部活の風景だけは俺の頃から変わらない」などと言っていたが、文化祭もそうなのだろうか。校庭に出張った模擬店や簡易ステージで何人かの実行委員と見回りをしながらそう思った。


「まーさと!」


 後ろから背を叩かれて、振り向いた。誰もいない。


「あんた、いい加減わざとやってるでしょ」


 目線をやや下にやると、SCP部の首領ボスの顔。俺のちょっとしたジョークに膨れてはいるが、目は穏やかだ。


「まぁな。俺の肩ではなくて背中を叩くのはお前くらいだ」


「それは何? アンタよりチビの知り合いが私しかいないからってこと?」


 あらら、せっかく和やかなムードで会話には入れそうだったのに、ピキピキしていらっしゃる。俺のせいなのだが。


「ほんっとに一言多いわね。まぁいいわ。アンタ、一人ぼっちで寂しそうだからこの私が一緒に回ってあげなくもないわ」


「それはありがたいことだが、今は生徒会の仕事で実行委員と見回りだ」

「……見回り?」


 茉莉香がきょとんとした目で俺の顔を見る。


「どうかしたか」

「いや、それはこっちのセリフって言うか、あんた、その手に持っているものはなに?」

「焼きそばだが?」

「見回り中でしょ!? 食べてんじゃないわよ!!」

「小腹がいてな」

「空いてな、じゃないわよ。実行員の人たちに示しつかないでしょうに。―――なに? 朝ご飯、食べれなかったの?」

「いや、いつも通り食べたぞ。白飯に納豆とオクラを刻んだやつと、味噌汁と、目玉焼き二枚にソーセージ五本、肉じゃが、昨日両親が食べられなかったらしい焼肉の残りを貰って、二杯目をとろろご飯にして、トーストも焼けたからそこにチーズを―――」

「多い!! そして全体的にネバネバしてる!! アンタ胃の中きっと粘膜だらけよ? 逆に消化不良起こすんじゃない?」

「面白いな」


 そこで、茉莉香は何かに気付いたようにハッとする。


「そういや会ったときからトッポ齧ってたし、鷹丸と一緒に出掛けたときもハンバーガーのセット二つ分食べてたっけ。アイツも大食らいだから麻痺してたわ……。そんなに食べててなんで細くて小っこいのよ」

「うむ……」

「本気で凹まないでよ。―――雅人」


 そこで、茉莉香が声のトーンを落とす。


「紗枝、来てるの?」


「ああ。ただ、登校するだけで気力を大分持って行かれたらしくて、今は休憩室で休ませている」


「そう、あんたが見てくれてるなら、安心ね。じゃ、あんまり買い食いはしないで、真面目に仕事しないさいよね!」


 紗枝に会わせろと言われるかと思ったが、よく考えたら、仲間に対しては妙に気を遣うタイプだった。


 だが、目は口程に物を言う。そろそろ、連れていくとするか。

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