1-2 二人のヒーロー
カットマン同士の試合では、あまり長くラリーが続くと、13回のリターンでサービスを打たないレシーバーに得点が入る促進ルールが適用される。
ただリターンが続くだけなら問題はない。川岸はスタミナがある。だが、相手が戦法を変えてきたら、そこに対応できるかは未知数だった。
練習不足。
これは、俺のせいだ。
もう少し早く、川岸がSCP部と出会えていれば、もっと早くにコーチが見つかっていたかもしれない。俺には、
まただ。またまたまたまただ。一人でやろうとして失敗する。
1ゲームを先取され、2ゲーム目も劣勢。川岸が、じわじわと追い詰められていく。
彼は俺に「頼む」と言ってくれた。それなのに、俺は最善を尽くせなかった。すまな―――
「こらぁ! 川岸くん! こんなところで負けたら承知しないわよ!!」
突如、馬鹿でかい声が会場に轟き、試合が一時中断した。
丁度相手選手のドライブがアウトになったところだから良かったようなものの、これがラリー中なら、大会運営につまみ出されかねない。そんなマナー違反を傍若無人に侵すようなやつは、この空間で一人しかいない。
「あなたはSCP部の外部特別部員なんだから、負けたら、SCP173とだるまさんが転んだの刑よ!」
黒縁眼鏡の奥は、笑っていた。
ラケットで俺たちを順番に指していく。その後、茉莉香に負けないくらい大きな声でこう言った。
「おう!!」
目に、消えない火がくべられたように見えた。
「おい、川岸、さっきと違わないか」
これは諸刃の剣だ。相手がリズムに合わせられないうちはいいが、もともと自分の得意ではない
そんなことは百も承知で、自分の卓球など思慮の外に置いている。
川岸は今、自分の為ではなく、俺たちのために戦っていた。
「あいつ、言ってたぞ。俺や
家持が、試合に釘付けになっている俺に話しかける。
「もう俺には最良の相手がいるってさ」
「……そうか」
試合終了。ゲームは3-2。
「これだからかっこいいんだ、あいつは」
勝者はもちろん、茉莉香の特別処刑を逃れた男だ。
「そうだな」
俺は家持に同意した。
※※
試合後。
決勝には惜しくも敗れたが、全国行きの切符を手にした川岸は晴れやかな様子でSCP部員たちと談笑していた。
俺はというと、そこから少し離れたところでトッポをライターで
憂鬱の谷底に落ちかけていた俺を救ってくれたヒーローのもとに行きたいのはやまやまだが、どうにも気後れしてしまう。
やはり、ここまでの苦戦は俺のせいだったと思う。
俺が任せろと言ったから、一本気な川岸は俺に任せてくれた。ほかの奴、たとえば家持や鷹丸くんだったら、もっと柔軟に動けたはずだ。でも、彼は俺の不器用すぎるやり方に付き合ってくれた。
そう、川岸の練習に俺が付き合っていたのではなくて、川岸が俺に付き合ってくれていた。
ああ、また自分のことばかり考えているな、俺は。こんなんだから―――
「ここは禁煙よ」
自分から憂鬱に沈み込みそうだった俺に、声がかけられた。だが、人影はない。
「こっちよ!」
両手で顔をグイッと下げられる。茉莉香だ。知っていたが。
「これはトッポだ」
「知ってるわ。なに一人でいるの? ちゃんと我らが外部特別部員を労いなさい」
なんでお前が偉そうなんだと言いかけたが、川岸にコーチを見つけてきてくれたのはこいつだったなと思い直す。
「茉莉香」
「なに?」
「ありがとうな」
茉莉香の目に、複雑な色が浮かんだ。歓喜と困惑。
「何でアンタが感謝するの?」
「内緒だ」
「言いなさいよ! なんか気持ち悪いじゃない!」
「トッポの代金がわりだ」
言いながら、俺は川岸たちの方に歩いていく。俺の憂鬱を払ってくれたもう一人と一緒に。
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