3-5 試合
俺をチビ呼ばわりした奴の刺青はミッキーマウス。中坊呼ばわりはドナルド。この時点で著作権的に抹殺対象だが、
ひょっとしたら、と思い、言ってみた。
「中学時代の同僚か?」
彫りの深い目が驚愕の色をもって俺に向けられる。なるほど。そういうことか。負い目を感じることなどないというのに、律義な男だ。
「アンタら、悪いが、同窓会の誘いはまた今度にしてくれ。俺も退散するところだった」
「そうはいかねぇなぁ!」
ミッキーが大声を上げた。フードコートにいた客たちが、ぎょっとしてこちらに視線を集める。陰険な沈黙が場を支配する。
「馬鹿デカい声出してんじゃないわよ。ほかの人たちに迷惑でしょ」
茉莉香が低い声でミッキーをたしなめる。この不良相手にも物怖じしないところは憧れる。俺なんて、さっきからずっと心臓がBPMにして120は下らない。
「俺たち、このカルロスに人生おかしくされちゃったんだよね。だからちょっと、試合をさ、したくて」
と、ドナルドがニヤニヤと笑いながら言う。わざわざミドルネームを使って呼びかける、その声色には旧友への親しみは微塵もない。
「一対三でか」
「ここの一回の広場に3on3のコートがあるだろう?注目も集まると思うんだよね。何しろ『復活した日本の至宝』だもんな」
衆目の中で恥をかかそうと。まったく、やっかみは見苦しい。
「馬鹿やって部活から締め出された奴らが、相手になるとは思えないけどな」
俺に対する憤怒の色。ちょっとずつ恐怖心も薄らいできた。
「俺も元バスケ部だ。その辺の“噂”は、小耳にはさんでいる」
実際は噂どころではないのだが、そこはぼかした。
「このカルロス君が、エンジョイ勢の俺たちをハブろうとしてチクッたんだよ」
ピートが口を開く。言うに事を欠いてエンジョイ勢とは。確かに、ガチガチのガチ勢たる鷹丸くんが課す猛練習についてこられず割を食っていたのは、同情の余地があると言えよう。
「だが、その後の顛末は自業自得だろう。俺たちに更生の手伝いをする気はないし、鷹丸くんにそんな義理はない。じゃあな」
ぴしゃりと言って、二人に無言で場所を変えるよう促す。
「何を言われても反応するな」
小声で茉莉香に注意を付け足す。
「なんで私だけに言うのよ」
同じく小声で文句を言われながら歩き出そうとすると、背後からこんな声が向かってきた。
「あれが
「あのブラジル人、ロリコンだったんだな」
「身長差ヤバすぎるだろ。やるときに、押し潰しちまうんじゃねぇの?」
ギャハハ!と、下品な笑いが聞こえたところで鷹丸くんの足が止まった。面倒なことになると思ったが、ここで立ち止まらないような男ではないことも知っていた。
振り向き、ズンズンと三人の前に進撃していく。190cmが、相手を威圧する距離で止まり、こう言った。
「いいぜ、お前らに引退試合をさせてやる」
「俺も入れろ。大した戦力にはならんが」
「悪いな、カミ」
「私もやるわ!それで三対三でしょ!」
「「お前はいらん」」
「なんでよ!!」
かくして、家族連れでにぎわうバスケのハーフコートで、下瀬南中学バスケ部の裏引退試合が3on3として幕を開けた。先攻が不良共で、どちらかが勝ち越すまで続けられるサドンデスルールだ。
のだが。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
三年のブランク、などと格好の良いことを言うまでもなく、ポテンシャルがダメダメな俺が、あっさり抜かれてディズニー刺青トリオに先取点を献上してしまった。
「大丈夫か、カミ」
「ああ。でも、一対一じゃ、役に立てないな。とりあえず、あのピート一人くらいは抑えておく。あとは―――何とかしてくれ」
情けない作戦である。しかし、鷲宮鷹丸は漢だった。
「頼むぜ」
優秀なアスリートは、優秀なモチベーターでもあるようだ。俺は全力で相手に立ち向かう。
こちらの攻めが始まった瞬間、背中に、容赦ない衝撃を感じた。こんなチビ、少し身体をぶつければ簡単に潰せると思っている。
「―――舐めるな」
我知らず、呟いていた。この程度の圧力、中学の練習でも日常茶飯事だった。
「ん……!?」
相手の動揺が息遣いで分かる。俺は小さな体をさらに低くして、微動だにしない構えを取る。
大丈夫だ。俺は、この国で一番バスケの上手い連中とほぼ毎日マッチアップしてきた。こんな著作権侵害野郎に負けるわけがない。
鷹丸くんの方を見る。身体を左右に揺らしながら、両手でドリブルをしている。よくあるドライブに入る準備だが、鷹丸くんのそれは、リズムが独特で、予想だにしない間で切れ込んでくる。
―――今だ!
反応できたのは、俺だけだった。鷹丸くんはあっという間に二人を抜き去りレイアップを決めた。
「ダブルチームくらいじゃ止められないな」
「いや、お前が一人止めててくれたからだ。守備のときはどうなるかと思ったけど、意外とできるな」
そう言って手を差し出す。まさか鷲宮鷹丸とハイタッチを交わす日が来るとは思わなかった。俺は褐色の大きな手に、バチン、と手を叩き付ける。
「さて、問題は次だな。やっぱり二対三は厳しいか」
「外から打たせよう。鷹丸くんはゴール下に陣取っていてくれ」
「……分かった」
「何か不満があったら言ってくれよ?」
「いや、ない。ただ、ちょっとデジャヴが―――なんでもない。それでいこう」
若干の引っ掛かりはあったものの、結果として、日本では十二分にビッグマンの鷹丸くんにゴール下勝負は挑めず、俺がちょこまかとボールを追いかけ回した甲斐もあって、外から打たざるを得なくなった相手のリバウンドをガッチリと抑えることに成功した。
「よっし! あとは決めるだけだな」
先ほどのドライブへの対応を見る限り、鷹丸くんが止められることはあり得なかったが、俺たちは、これが審判のいない野良試合だということを忘れていた。
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