3-6 決着、そして

 先回と同じダブルチーム。しかし、明らかに密着度が増している。身体のぶつけ方がダーティになっていた。平たくいえば、ファウルだ。


「こらー! 反則じゃない!!」


 茉莉香がポニーテールをブンブン揺らして猛抗議している。これだから不良は嫌いなんだ。


 俺はマークしているピートを伴ってダブルチームの方へ突っ込んでいくと、ドナルドに身体をぶつける。スクリーンプレー。二対三では効果が薄いだろうが、一瞬でもマークが外れればそれでよかった。


 鷹丸くん、左斜め方向へ得意のドライブ。その先には俺をマークしていたピートと、ミッキーも行く。再び反則ダブルチーム。


 が、ミッキーは外側のマークだった分、一歩遅れる。ドナルドも意識は完全に鷹丸くんの方に持って行かれている。


 その一歩分の隙を、俺は狙っていた。


 ドナルドのさらに外側へ走り出す。鷹丸くんの方を向く。ミッキーが遅れた分の隙間があった。


 ―――パス。


 くれるかどうかは、五分五分だった。だが、鷹丸くんは、俺にボールを配球してくれた。あとは、ほぼフリーのシュートだ。全国大会優勝メンバー(貰い物)のプライドに懸けて外さない。


「やったー!!」


 騒ぎの根源たる茉莉香が大騒ぎしている。いつの間にかできていたギャラリーからも、二対三の不利を打ち破った俺たちを讃えてくれている様子だった。


「どうするの?まだやる?」と、茉莉香。

「なんでお前が偉そうなんだよ」と、鷹丸くん。

「せっかく穏便に収まりそうなのに余計なことを言うな」と、俺に責められ、多少はおとなしくなった茉莉香を放っておいて、負かした三人の方へ行く。


「まぁ、なんだ。次はもうちょっとフェアにやろうぜ」


 バツの悪そうな三人組に、それでも握手を求める鷹丸くん。ちょっとかっこ良過ぎる。これがアスリートか。


「おい、行くぞ」

「ああ……」

「……」


 結局、反則してまで敗北した連中から、握手は返ってこなかった。鷹丸くんは苦笑いだが、勝負に勝った清々しさで多少は中和されているらしかった。


「まぁ、いいか。ナイスシュート、カミ」

 またハイタッチを求められる。それに応える前に、俺は種明かしをするような気分で口を開く。


「中学のとき、あの場面でパスの選択肢は無かった。強引に切れ込んで奪われてたよ」

 いいながら、ハイタッチをしようとすると、鷹丸くんの手が下がった。


「お前……、中学は」

「上瀬北。よく知ってるだろう」


 期待したリアクションは、「ああ、あそこか」とか「お前もいたんだな」とか、ごくありきたりなものだった。


「お前が俺を止めた“ゴッド”かぁ!!!!」


 今日一番の大声でそんなことを言われるとは思っていなかったので、心臓が三回転くらいして、一時的に心肺停止に陥ってしまった。


 偵察員、という言葉の響きの格好良さに胸を躍らせて、俺は単身、全国大会の会場へと向かった。


 そこで見たものは、今でも自分史上トップ3に入るほどの衝撃だった。


 つい数ヶ月前まで小学生だったルーキー一人に、有名私立高校付属中学の猛者たちがついてこれないドライブ、外れないシュート、そして何より日本人離れした屈強なフィジカル。


 全てが、異次元。天才とは、こういうことか、と全身で思い知った。


 録画した映像を、まずもって近所のNBA通、お隣の八郎爺さんに見せたところ、「こりゃ勝てん」との言を頂戴した。


 続いて、俺以外の部員を小学生から見てきたコーチから「この映像、あいつらにはまだ見せるな」とのお達しを受け、俺は困ってしまった。このままでは、職務怠慢で役目を外されてしまう。


 そこで、鷹丸くんの中学に潜入することにした。不法侵入。うむ、言い訳はしない。だが、バレなければ犯罪にならないのが、法治国家の弱点だ。


 制服は違っても、体操着は大体同じという没個性ぶりを利用して、体育館に入ると、再び衝撃ランキングに変動が起こった。


 これが、俺と同じ中学生か。いつも前半のボールを持たない練習だけでへばってしまう俺と同い年の、常軌を逸した猛練習に頭をやられ、危うく顧問の教師に見咎められるところだった。


 その後、彼の生まれ育った下瀬の滝島にも赴いた。移民者たちが多く暮らす工業地帯の、貧しい一角に見つけたボロボロのバスケットゴール。近くでボールを持って遊んでいた小学生たちを捕まえ、鷹丸たかまるくんについて尋ねたときの嬉しそうな反応。中学MVPが、地元から出たことに対する喜びを興奮気味に話していた。彼は、滝島のブラジル系コミュニティのみならず、下瀬全体の英雄となりつつあった。


 かっこいい。


 感想はそれだけだった。鷲宮わしみや・カルロス・鷹丸は、俺が今まで出会った中で一番かっこいい人間だった。


 中二の時点で、鷹丸くんの評価は全国的に定まった。長い雌伏の時代を過ごしていた日本を背負って立つ至宝。バスケの専門誌だけでなく、地上波TVでも特集が組まれた。


 すごかった。尊敬した。憧れた。


 だから、せめて俺も、試合にはついに三年間出られなかったが、練習の手は抜かなかった。彼に追いつきたかったからだ。


 偵察の手も抜かなかった。上瀬北中には、日本の至宝に届き得るチーム力があると、バスケに本気で取り組んでみて分かったからだ。


 彼らの小学生の時からの夢、全中優勝、それに少しでも手を貸したいと思った。


 そして、苦節三年、ついに地区大会決勝で、上瀬北は、下瀬南を破った。その勢いで全国も獲った。


 実際にプレーしたのはあいつらだ。俺の貢献などたかが知れている。でも、その後、プレーに変調をきたした鷹丸くんが、オーバートレーニング症候群(慢性疲労の一種)に罹り、決まっていた渡米の話がなくなったことは、気になった。


 だからというわけではないが、恐らく不本意な形で上瀬総合高校に入学した彼が、不思議な仲間たちと一緒にSCP部を立ち上げ、自分を取り戻していったことは嬉しかった。


 だが、まさか、鷹丸くんが俺のことを知っているとは思わなかった。

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