0-2 真っ昼間のオーケストラ

 痺れる足で胡坐あぐらをかき、言った。


「ごめん、喋れなくなった」


 茉莉香まつりか「そうね」

 千久乃ちくの「そうっすね」

 家持いえもち「そうだな」

 真白ましろ「うん」

 松田先輩「はい」

 紗枝さえ「そうですね」

 鷹丸たかまる「そうみたいだな」


 川岸かわぎしや新旧生徒会の面々は、重々しく沈黙したままだ。


「……どうだった? フェスは」


 訊いてから、口を開きかけた家持を制した。


「いや、違う、そうじゃない。それはダメなんだ。それが……だめ、なんだ」


 言葉が喉で渋滞し、喉仏がせり上がる嫌な感触が次の声を行き止まらせた。


 痛みは鼻に上がり、目にまで到達した。


 ああ、嫌だ嫌だ。泣いてしまう。


 人前で、


「嫌……でな、まつ……お前らが楽しそうに……いや、そうじゃなくて……ズズッ……………俺が……行けないのが…………うっ……、いまさら……なぁ……はは……」


 涙よりまず鼻水から出てきたのが格好悪いし、そういえばティッシュも海のゴミになって消えていたことを思い出し、汚い顔で支離滅裂なことを言っている自分が情けなかった。


「うっ……」の後からは本格的に視野が溺れだし、目と鼻が痛くて熱いのが妙におかしくて「はは……」と意味不明な笑みまで漏らしてしまう。


「……ごめん、でも……」


 息だけが何とか子音を奏でた小さな小さな声で謝ったあと、「う~」と音程の高い唸り声を上げながら、両手で顔を覆う。


 胡坐をかいた両足のくぼみに頭をうずめるようにして、数秒。


 このままではまずいと思って顔を上げた。


「無理を言うぞ、今から、無理を言う」


 両目を覆う手の平はそのままにさせてもらう。皆の反応が怖くて、見られそうにもなかったからだ。


「俺は……みんなに、情報海オーシャンに、行っで……欲じぐ、ないっ……」


 言った。


 もうどうにもできなかった。


 言いたいことを言ったはずなのに。


 なお、自分がどうしたいのか分からない。


「……そういう、ことだ」


 頭は、何でこんなことを言ってしまったんだろうという後悔しかない。


 でも、全身の力はかつてないほど抜けてリラックスしていた。とても楽だ。


 心と身体と頭と魂がバラバラに動いている。


 いや、ずっとバラバラだったのだ。


 それを今、無理に同期させて逆に異常をきたしている。きっと今が正常なのだ。


 何故だろう。

 すごく静かだ。

 なのに鼓膜がびりびりしている。

 ややあって、背を誰かに叩かれた。


 顔を上げる。


「カミ、とりあえず、ソファに座れよ」


 家持に言われて初めて、うずくまって大声で泣き喚いていたことに気付いた。


 外目にはいじめの光景にしか見えないだろう。


 俺はそう考える余裕もできて、スッと立ち上がった。


 涙は止まっていたが、まだ追加受注があるかもしれない。


「ここに座りなさい。特別よ」


 茉莉香がそう言って、自分の特等席を空けてくれる。


 腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってきた。「はぁ~」と大きな溜息を吐き、ほかの部員たちを見る。


 意外にも、一番泣いているのが千久乃だった。口を押さえてしゃくりあげている彼女を真白と松田先輩が両サイドから頭を撫でたり手を握ったりして慰めている。


 赤い目で上を向いている紗枝の隣に、茉莉香が座った。直情径行なこいつが感情を露わにしていないのも、意外だった。


 家持は、立って推移を見守る格好。こいつは、大体いつもこうだ。だけど、右足をトントンと動かし続けていて、ほんの少し落ち着きがない。


『雅人、落ち着いたか』


 鷹丸くんが液晶ディスプレイの向こうから言った。俺は「ああ、大分な」と答える。言って、自分の声に笑えた。ひどい鼻声だった。


『そうか、そりゃ良かっ―――』

「良くないわ!!」


 茉莉香が叫ぶ。この子は感情が本当に爆発すると、無表情になるんだな。こんな時なのに、新たな一面が知れて嬉しいと感じる。


「今まで、私たちが何をしていたか分かってんの!?」

『ああ分かってるよ茉莉香。みんな、ちゃんと分かってんだよ』


 鷹丸くんが冷静に茉莉香を諭す。


『だからな、お前もそう

「うるさい!!」


 金切り声を上げた茉莉香を、今度は俺が解きほぐそうと試みる。


「いいんだ茉莉香。鷹丸くんは―――」

「良くないって言ってるでしょ!!」

『茉莉香!!』


 流石ゲームの司令塔らしい馬鹿でかい怒声に、ようやく茉莉香に表情が戻る。


 そしてボスの調子と共に、室内の空気も次第に弛緩していく。


「確かに、は無いよな。それは、茉莉香の言う通りだ」


 家持がふわりと言葉を乗せ、運んできた。


「でも、誰がって話でもないだろう。これは。なぁ、千久乃」


 こちらも、まだグスグスしているが、とりあえず鳴き止んだ千久乃が頷き、一言ずつ噛みしめるように言う。


「うん。誰も、悪くない、よ。きっと」

「どうした千久乃、口調おかしくねぇか」

「ぷっ―――家持いえもっちゃん……今それ言うのぉ?」


 吹き出しながらまた泣きだした千久乃に、皆が笑う。気配ごと消えていた新旧生徒会と川岸も、遠慮がちな笑みを添えてきた。


 俺たちはそのまま、陽が暮れるまで―――暮れても話をした。


 まぁ、生徒会長権限だ。

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