Chapter.2 何の変哲もない最高の日々

2-1 新生SCP部の一週間①

 新生SCP部の一週間。


「家持よ、もういい加減諦めたらどうだ?」

「いいやカミ、今日こそコツが掴めた気がするんだ。もう一回、六弦から順番に鳴らしてみよう」

「はいはい。じゃあ行くぞ、せーの……」


 ファ、ド、ファ―――ペシッ。


「ああもう! また三弦が抑えきれない!!」


 歪んだ音をかき鳴らしながら「うがー!」と荒れる家持に、俺は大きく溜息を吐く。


「何でテレキャスターでそこまでFのコードが濁るんだ。アコギの俺の方が綺麗に鳴ってる」


「家さん、ホントにギターだけは駄目ッスねぇ」

「どんな天才にも弱点はある」

「それにしたって限度があるでしょ。たった一ヶ月もしないうちにド素人未満だった不器用キングの雅人まさとにすら抜かれるって相当よ」


 千久乃ちくの真白ましろ茉莉香まつりか、新生SCP部ガールズトリオたちの言葉の刃が俺にまで届いてきたところで、家持が立ち直った。


「よし、気を取り直して、またCから順番に鳴らしていくぞ」

「もうコードを押さえるだけの練習は飽きたぞ」

「部長がいくら飽きたと言っても、家持かれが教えられることはそれくらいしかない」

「運指とか、もうカミっちの方が教えてますもんね。家持ギター道場は免許皆伝が早すぎるッス」

「ていうか、家持くん自体が無免許道場主なんじゃない?」


 茉莉香の言葉を呼び水に、きゃはは、と笑うSCPガールズトリオ。


「家持よ。こんな心無い野次が飛ぶギター教室あるか?」

「メンタルが鍛えられてちょうどいいだろ」


 そういう師範が涙目になっているギター教室が開かれる、月曜日。


※※


「ぐへへへ。カミっち、思ったより良い体ッスね」

「そうか」

「じゃあ、今日は私の好きにさせてもらいます。動かないでくださいね。ぐふふふ」


 言われなくても、動けないわけだが。


「ちょっと雅人、千久乃! アンタたち部室から私たちを締めだして何をして―――ってギャーーー!!!」


 真白によって開錠された扉から先陣を切った茉莉香が、悲鳴を上げる。視線の先には、天井に全裸で縛りあげ吊り下げられた俺がいる。


「何してんのアンタ! ちょっと千久乃、雅人を下ろしなさいよ!」


「えー? だって、カミっちが先週バイトで来られなかったとき「埋め合わせは必ず、何でもするから」って言ってたんスよ。今までやったことのない構図で裸体を描きたかったんで、手伝ってもらったんス」


「踏み越えちゃいけないラインを考えなさいよ! ていうかよくできたわね!?」


「ちょっと元メンバーたちの伝手つてでクロロホルムのようなものを手に入れたんで、部室に入った隙に嗅がせました」


「“ようなもの”ってなに!? 本物よりヤバい雰囲気じゃない! 千久乃、そいつらと会うの、もう禁止! 元部長命令よ! 家持くん、雅人を下ろしてあげなさい」


「もうやってる。おーい、カミ、大丈夫か」


「ああ。家持か。いや、そんなわけないな。俺は何らかの罪を犯して、生贄に捧げられているのだから、家持が来てくれるはずがない」


「おかしな宗教っぽいのに目覚めちゃってるじゃない! 千久乃っ! なんとかしなさいよアンタ!」


「部長の目から光が失われている。このままでは紗枝さえのようになってしまう」


『私のような、とはどういう意味ですか城下しろした先輩』


「うう……そうっスね、やり過ぎたッス。すみませんカミっち、いやぁ、どうも芸術を追及すると止まんなくて。でも、安心してください。元メンバーに貰ったこの薬を飲めば、今日あったことは忘れることができます。ちょっと身体にトラウマが残るかもしれませんが、ほんのちょっぴりッス」


「ちょっと待ちなさい。千久乃、それも『Are We Cool Yet?』のメンバーからもらったの」


「ッス」


「それ、私たちには使ってないでしょうね」


「……さぁ、カミっちゆっくり飲むッスよ」


「私の質問に答えなさい!!」


 少々記憶がおぼろげな日もあるが、千久乃と絵を描く、火曜日。 


※※


「なぜ! 何故ッスか! なんで私のキャミィが手も足もでないんスか!」


「部長のガイルは待たずに攻めてくる。私のベガでも1ラウンドは落とした」


「今日こそ真白の猛攻ベガに勝たせてもらう。こんなところで後れを取るわけにはいかない」


「ふん、そんな戯言は私のリュウを倒してから言うことね!」


「ふっ」


「雅人? 今鼻で笑ったでしょ」


「覚えたての昇竜拳を連発するだけのザコに興味はない」


「うっさいわね真白! 誰が『スーパーストⅧ』の筐体を持ってきてあげたと思ってるの!?」


「ていうか何で高校の部室に対戦筐体が置かれてるんだ」


 家持が今さらながら当然の疑問を呈する。


「茉莉香の実家の会社が出資に協力してたそうだ。はい、ソニックブーム」


「ぎゃあああ! 完封されたッス~!!」


「これで決勝はカミと真白か」


「ちょっと! まだ私が残ってるでしょ」


「毎週勝手に準決勝にシードしてるくせに負けちゃうマツリちゃんに言われても」


「先週は俺の豪鬼に完封負けしてたしな」


「そう。分かったわ。いよいよ私も殺意の波動に目覚めたわ。見てなさい。隠しキャラでやってやるんだから」


「そういって茶色のリュウがでてくるのがマツリ。どちらにせよ私のベガには敵わない」


 意外と、ゲームになると気が強い真白と茉莉香が、対戦前にリアルファイトに発展しそうだったので俺と家持が慌てて二人の間に入った。


 そんな感じで、最近はもっぱら格ゲー大会と化している。


 真白とゲームをやる、水曜日。


※※


「じゃあ、私たちは山を攻めてくるから、あなたたちはしっかり情報海の平和を守りなさいよ」

「了解ッス」

「いえっさー」 

「私有地だからってまた無茶なことするなよ?」


 千久乃、真白、家持が電脳潜行ダイブしていくと、茉莉香と俺はバイクを駆って学校の外、生徒会権限で勝手に決めたバイクの教習所へと向かう。


「乗る方は良いとしてもだ茉莉香よ、筆記の方は大丈夫なのか」


 よほどのバカでも受かる試験とはいえ、タンデムシートにまたがる少女がそのよほど故に、俺は心配だった。


「心配いらないわ。私、昔からマークシート式の選択問題は得意なの。だって四分の一で当たるのよ? サイコロを持って行って転がせば楽勝よ。この高校の編入試験もそれで通ったから、安心して」


 果てしなく増した心配を振り払おうと、俺はエンジンをさらに吹かせた。


「それにね、雅人。たとえ試験に落ちたって、私は何度でも挑戦するわ」


「どうして」


 ちゃんと勉強すれば何度も挑戦することもないのだがと思いながらと訊ねる。


「だって、雅人と一緒に走りたいんだもの。あなたが感じている風を、一緒に感じたいの」


「そうか」


 そんな風に、茉莉香とバイクの練習をする、木曜日。

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