1-5 プレゼント
その日もバイトがあったので、帰ってきたのは夜の十時だった。一応まかないは食べてきたが、また少し小腹が空いてしまったので、冷凍のグラタンを口に運びながら、学校で見ていた考察サイトの続きを読む。勉強? まぁ、それはいいじゃないか。
「なるほど、あのときにのび太がどこでもドアを開けなかったのはそういう意味があったのか」
ブツブツと言いながら夢中で読み進めていたので、いつの間にか独り言に混ざって誰かの声が聞こえてきたことに気付かなかった。
「そうなると、あのスネ夫の不可解な行動もこれで説明ができる」
「ねぇってば」
「これはやっぱりもう一回、いや二回は観に行かないと」
「ねぇ、雅人!」
「しかし来週は米津玄師の新譜も出るしな」
「こら、返事しろチビ」
「誰がチビだ」
「やっぱり聞こえてんじゃない」
液晶画面の隅にあったアイコンが震えていた。一瞬、マウスを動かしかけるが、止まる。俺は一つ大きな息を吐くと、設定をSOUND ONLYにしてアイコンをクリックする。
「俺の家はいつからオーシャンハッカーに狙われるようになったんだ?」
「今日からよ! 覚悟しなさいよね」
今日は全般的に会話が濃かったので、
「何だか疲れてるわね」
「分かるのか」
「ふふん。人の目を見るのはアンタだけの特技じゃないのよ」
言われて、
「別にそんなつもりもないが。……茉莉香、俺は疲れた目をしていたか」
「ん~……ちょっと待ってて、あんたみたいに言ってやるんだから」
たっぷり十秒はかかった。
「分かった! ひま会長のことでしょ」
「ブッ、アハハハハ!!」
言われた瞬間、条件反射のように吹き出し、大声を上げて笑った。
「え、なになに? 間違ってた!?」
「いや、けどお前たち、あの人のこと大好きすぎるだろう」
何とか笑いの大波を沈めながら俺は言った。
「またマツリがやらかしたかと思ったな」
「そうッスね」
「なによ! 合ってたでしょ」
「あたらずといえども遠からず、という印象だった」
茉莉香以外の耳馴染んだ声が聞こえてきた。
「なんだ、みんなも一緒にいるのか」
「いるのかって、映ってないの?」
「
SCP部のメンバーは何かを察したらしい。真っ黒な四角形に『SOUND ONLY』と文字が浮かぶだけの画面が沈黙した。
このあたりの気持ちは、言語化するのが難しい。
俺が
もだもだとした思考を振り切るようにこう言った。
「まぁ、そう気にするな」
「気になるわよ!!」
思った以上に強い反応で、俺は二の句が継げなかった。
「いっつもいっつも、こっちが何にも言ってないのに私たちが
口調は怒っているが、声色には少し涙が混じっている。
「私はね、バカなの。知ってるでしょ? だから、自分でこうする! って決めちゃうと、後先も考えずにやっちゃうし、大失敗するまで気が付かないの。ねぇ、雅人、私、余計なことしてるんじゃない? あなたを、傷つけてない?」
「―――いや、そんなことはない」
「じゃあ、嘘をついていなくなるなよ」
「そうッスよ」と、千久乃。
「そう」と、真白。
「そうです」と、松田先輩。
「お前がいないと、リアルで茉莉香を監視する奴がいなくなるだろ」と、鷹丸くんもいたのか。
「あのね、雅人」
「なんだ?」
「誕生日でしょ? 今日」
「え? そうだっけ……ほんまや」
「「「「「「はぁ~!!?」」」」」」
総ツッコミである。慌ててカレンダーを確認すると、3月11日。
それでこんなサプライズクラッキングを仕掛けてきたということか。ようやく合点がいった。
「はぁ。まあいいわ。とりあえず、プレゼントを送っておいてあげたから、楽しみにしてなさい」
食べ物だと嬉しいと思った。
「で、今日だけじゃなくて、私たち、これからもあなたに色んなものをあげたいの」
「色んなもの」
間抜けにオウム返しした俺がおかしかったのか、茉莉香が吹き出す。
「ふふっ。そう。で、次はこれ」
何かがPCに送られてきた。部活の申請書だ。
「新生SCP部って、どういうことだ。これ」
何故か部長が俺になっている。
「言ったでしょ。私たち、これからはもっとリアルに目を向けなきゃいけないって」
活動欄を見ると、確かにそんなことが書いてある。
まず月曜日は、ギターの練習。
「ネタばらしになるけど、プレゼントはギターだ。俺が教えてやるよ」
家持が言った。
火曜日は絵を描く日。
「あたしが手とり足取り教えるッス!」
千久乃が言った。
水曜日は、ゲームをやるそうだ。
「マリカーで、勝負」
最も熱い日になりそうだ。
そして、木・金はバイクの練習―――なんだそれ。
「私、免許を取ろうと思うの。だから、雅人に教えてもらおうと思って」
「それはいいが、なんでお前だけ、二日もとっているんだ。というかこれは一体何なんだ」
「お前と遊ぶスケジュールだよ、カミ」
鷹丸くんが言った。
「月曜は家持、火曜は千久乃、水曜は真白で、木金が茉莉香。紗枝が登校した日は譲って、金曜に入る」
まだ完全には頭を整理できていないが、ほかのメンバーが
「……ふっ」
一人の生徒と遊ぶためだけの部活。
あまりにも幼稚で、あまりにも優しい。
一体、どこの誰が認めるというのだろうか。
こんなものを認めるのは、よほどのバカしかいない。
だが、そういえば俺はバカで、ついうっかり生徒会長をやっていた。
「分かった。ちょっと新副会長がうるさそうだが、明日、正式に申請しておこう」
そう言ったすぐに反応が無かったので、通信障害でも起こっているのではないかと心配になったが、次の瞬間、耳をつんざくほどの歓声が轟いた。
「やったぁ!!!!」
ひときわ声の大きな茉莉香がはしゃいでいる。
俺が部長の、新しい部活か。
そんなプレゼントを貰ったのは、世界中で俺だけではないだろうか。
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