2-2 新生SCP部の一週間②
金曜日は、少々事情が違うところがある。
本来ならば
「会長! またここですか、さっさと生徒会室に戻って来てください!」
生徒会、その副会長である
「何を言ってるのよヨシヨシちゃん。
「部室という名の娯楽室に入り浸って週五で遊んでるだけじゃないですか。ギターの音は生徒会室まで響いてくるし、帰るとき会長がボーっと歩いてるから声をかけたら記憶がないって言われるし、ゲーム機どころか
本当に、何をやっているんですか。
よほどフラストレーションが溜まっていたのか、一息にまくし立てた由乃に、俺はこう言った。
「ヨシヨシ副会長、ときに真っ当すぎる正論は人々からやる気を奪う。少々悪いことをしたと思っていた俺の気持ちは、すっかり萎えてしまった。今日はもう帰るから、あとは適当にやっておけ」
「何を開き直ってるんですか! 説教されたらやる気無くすって、小学生どころか幼稚園児並みですよ!?」
「そもそも、生徒会にそれほどたくさん仕事などあるか? せいぜいちょっとした行事ごとの集まりだし、この学校は「やりたい奴だけやれ」が信条で、学校主導の行事に積極的じゃないから、生徒会に出る幕はそうないだろう」
「え……だって、去年はすごく盛大だったじゃないですか」
「それはあのカリスマと有能が服を着た生徒会長殿が仕切っていたからだ。俺にあれほどのことを期待するのはお門違いというものだぞヨシヨシ」
「う……」
「俺の代から、生徒会は漫画脳を抜け出し、身の丈にあった運営に切り替えていく。集まりは週三で、朝礼も無くす。副会長も、自由にやってくれ、以上だ」
「そんな……」
そこで俺は、失敗したことに気付く。
由乃の目が、困惑と失望と悲観の色に染まっていったから、というか、涙目になっていたからだ。
思えば、
部室を見回すと、
「あーあ、雅人ったら、また女の子を泣かせて」
沈んだ空気を切り裂く人聞きの悪い言葉を発したのは、やはり我らがおマツリ少女である。
「ちょっと私に話させなさい。上手く収めてあげるわ」
俺も困っていたので、申し出はありがたかった。
だが、こやつが他人を“説得”しようとして上手くいったところを見たことがない。
だいたい、見当はずれの方向に暴走して、家持たちが散らかった事態の後処理に追われる始末となる。
「……なによ、その目は」
「いや、任せる」
しかしながら、それでもすべてが終わると、どうにかこうにか丸く収まっていることも多いのだ。
「ヨシヨシちゃん」
「ヨシヨシじゃありません。
いきなり馴れ馴れしい呼び名を咎められた救世主は、しかし、その程度でめげるタマではない。
「ヨシヨシちゃん、あなたのボスはね、はっきりいって、先代のひま会長の足元の小石の裏にも及ばないわ」
小石にも一分の魂があるのだと主張したいところだが、ぐっとこらえた。
「運動はほとんどダメ。勉強もできるように見えて実はイマイチ。それにある日突然こっちがびっくりするような変な行動に出るの。チビの癖に」
その定型文か時候の挨拶のようにへばり付いたチビの癖にという悪罵は余計だし、それ以前のすべての悪評がお前にも跳ね返ってきているぞと伝えたかったが、我慢。
「ねぇヨシヨシちゃん、昨日あいつが誕生日プレゼントだってある物をくれたんだけどね、今、五月じゃない?」
「はい? ええ、そうですね」
「私の誕生日、四月九日なの」
「ええっ!?」
由乃が驚き、家持たちがぷっと吹き出したのを見て、ついに俺は耐えられなくなった。
「おい茉莉香、知らなかったのは教えてもらえなかったからだぞ。それに、お前は水に流すと昨日言っただろうが」
「分かってるわよ。それに、今日もちゃんと持ってきてるわ。これ、鷹丸の島にある神社のやつよね」
言った茉莉香が、ポケットから出したお守りは、確かに滝島神社で俺が買った交通安全祈願のものだった。今は俺が見ているからいいものの、このおっちょこちょいでは、いつか大きな事故を起こすかもしれない。遠い空と海の向こうにいる恋人の念もこもる様にと、わざわざ離島まで行った。
そして、大事そうにお守りをしまうと、大きな目を少し細めて由乃を見やった。
「大丈夫よヨシヨシちゃん、こいつはね、こんな風に多少抜けてるけど、やるべきことはやる奴だし、ちゃんと相手のことを思って動ける奴よ」
「後半はありがたいが、前半はお前に言われなくなかったな」
「あなたたちの会長を取っちゃってごめんなさい。でも、これはきっと、ヨシヨシちゃんたちのためにもなると思っているの。何故かは訊かないで、なんとなくだから」
相変わらず無茶苦茶な言い分だが、由乃は意外にも素直に頷いた。
「分かりました。じゃあ、ちょっとの間、会長の面倒は皆さんに見させてあげます」
やっぱり幼稚園児扱いじゃないかと思ったが、収まりそうだったので黙っていた。だが、家持と千久乃が浮かべる優しい養母のような慈愛の表情が癪に障ったので、後で俺のガイルが火を噴くだろう。いや、ソニックブームか。
※※
由乃が引き下がり、再び部室に安穏とした空気が流れ始めた。
「ふぅ。まるで嵐のような子ね」
由乃が嵐? お前と比べればほんの小雨だ。と、SCP部員たちを代表して言ってやろうかと思った。
「なぁに? また酷いこと言おうとしてるんでしょ」
「……いや」
言葉とは裏腹に、楽しそうに笑う茉莉香に、俺は声を吞んだ。
どうも最近、この笑顔を見ると、何も言えなくなる自分がいることに気付いた。
「ふ~ん、良い心がけね。何しろあんたと私はほとんど一年歳が離れてるんだもの。今後、お姉さんには逆らわないこと」
言いながら、その小さな身体をさらにかがめて、こちらを覗き込んでくる。賑やかしの化身みたいなくせに、とても静かで深い目に見つめられて、俺は体温が少し上がったような感覚に陥った。
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