Tail.0 ライン・オーバー
0-1 世界を救った者への仕打ち
「ガボッ!????」
戻った瞬間、目・鼻・口、その他ありとあらゆる穴に海水が流れ込んできた。
嘘だろ? 出航って、生身でオープンウォータースイミングしようっていうのとは違うだろう? なんでここに出るんだ? ああそうか、
「掴まれ! 雅人!!」
頭を高速で疾駆する超長文は死ぬ間際の走馬燈かと思ったが、違った。
※※
どこからか盗んできた、と
「よくやったな
海難救護者にグーで殴られるとは、さしもの
「アンタの余計な一言で俺のバイクが天に召された」
氷月の持ってきてくれた着替えを身に付けながら言う。
「なるほど。ならば、世界を救った尊い犠牲に、俺も祈りを捧げるとしよう」
「祈りはいいから金を寄越せ、新しいの買うから」
「……早く港に戻ろう。不審船だと思われてもつまらない」
「俺の愛車と同じ海の藻屑にしてやろうかァ!!」
狭くて揺れる小船の上で緊急レスリング大会が始まった。
※※
ここは、JR第二とうきょう駅。二番ホームの下り線。
謎の組織のエージェントは電車通勤らしい。
「では、また会おう、名も無きヒーロー」
日差しと蝉の声が降り注ぐ普通在来線の電車に乗り込みながら、氷月は言った。
「氷月」
振り向いた長身の無精髭に、俺は訊きそびれていた重大なことを尋ねた。
「葬儀屋って、どういう意味だ」
泰然自若なエージェントの優しげな目元に驚きの色が浮かんだ。
「……ふっ」
それはすぐに悪戯っぽく変わり、南風に、声を乗せてきた。
次の瞬間、よく降ったサイダーの瓶を空けたときのような音と共にドアが閉じ、男は去っていった。
何もかもが新しく更新していく世界で、頑固に十年走り続けている在来線の六両電車を見送った俺は、氷月に貰ったアメリカのバンドTシャツをパタパタとやりながら、呟いた。
「『実家の仕事』って。嘘つけよ、だ」
※※
ところ変わって、上瀬総合のPC室兼SCP部室。
俺は正座したまま取り囲まれていた。
ソファに座ったSCP部とPC越しにこちらを見ている新旧生徒会メンバー、それに
随分遠くのコンビニまで行ってたんだな、ブラジルかどこかか? みたいな嫌味を
だが、服装が変わっていたり、バイクを失っていたり、やたら疲れていたりする俺の様子を見て、何かあったことは察してくれたらしい。
それより、話さなきゃいけないことがある。
「実はな、この機会に、言いたいことがあるんだ―――なんだその顔は」
部員全員、プラスその様子をPC越しに見ていた鷹丸くんと旧生徒会および現生徒会の全員の目が見たこともない色になった。
それ、どんな感情?
嬉しい? 面白い? 驚き? 怒り? 哀しみ? 俺には表現できなかった。
ああそうか、こうやって自分から話を切り出すことも、初めてだったかな。
基本的に俺は、誰かの話を受けて、それに応対するという形だからな。
「あのな……」
あっちの世界で考えていたときは簡単だと思えたのに、いざ口を開く段になって、急にくよくよとしてしまった。唇にロックがかかったように動かない。
情けないことに、たっぷり五分は黙ってしまった。
その間、目を伏せてみたり、髪の毛をくしゃくしゃとかきむしってみたり、ため息のような深呼吸をしてみたり、いろいろやってみたが、どれも声を発する呼び水とはいかなかった。
なので、開き直って、話せないということ自体を話すことにした。
ついでに、正座も解放させてもらう。あいたたたた。
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