1-3(角の立つ)ライブの感想

「―――きに」


 あまりの想定外に、聴覚が誤作動を起こしていたようで、暴力女が何を言ってきたのか、一回では聞けなかった。


「なんて?」

「そんな上っ面じゃなくて、正直に話しなさいって言ってんの」


 俺にビンタを食らわせるために立ち上がった茉莉香は、もともとが小さいせいで、見た目はちょっと背伸びをしたのか、と思う程度だ。だが、醸し出す威圧感は歴戦の勇者の如きだった。


「で? どうなの、カミさま?」


 言って、ふん、とそっぽを向く女の子の扱いに困って、俺は再び横目で家持を見た。苦笑。「また始まったか」とでもいうような、うんざりした色。うむ、分かった。これはどうやら容赦しなくていいようだ。


「分かった。じゃあ、お前には、辛口コースで行くとしよう」

 頭の中でリミッターを外した。


「まず、声が大きすぎるし、キーが高すぎる。周りの演奏を全然聞いていないせいで、リズムは酷いし、音程ピッチはめちゃくちゃ。

 どんな魔法を使ったらそうなるのか分からないが、バンドだけのときならあったはずのメロディラインが、ボーカルが入った途端になくなる。

 やたら声量ばかりあるくせに歌詞が全然入ってこないのは、人に聴かせようって意思が弱いからだ。

 どういうことか分かるか。すべてが独りよがりなんだ。

 どうせ思い付きでバンドをやろうとして、自分は何もしないのに部の仲間には楽器を持たせて練習させたんだろう。そうやって自分ばかり目立とうとして、あの有り様だ。 

 いいか、バンド、ロックバンドというのは―――そうだ、ついでに言っておくが、今日のステージ衣装は滑っていたぞ。当たり前だろう。メンバーがほとんど普段着同然で、一人だけド派手なドレス姿で浮かないかと考えなかったのか。メイクも濃すぎ。ここは一万人のコンサートホールじゃあない。

 話を戻すが、ロックバンドというのはそれ自体が一つの生命体だ。楽器隊はバンドという生き物の手足の一本一本ではあるが、間違ってもボーカルのカラオケマシンじゃあない。お前が一年共に過ごしてきたSCP部の仲間たちは、お前の我儘わがままを聞くだけのただの駒か? 違うだろう。

 そうだ、今日のライブはお前のバンドがトリだったのに、アンコールが掛からなかったな。それでもうライブの出来はお察しだ。演奏は置いても、お前のボーカルをもう一曲聴くなんて苦行は、誰もしたくなかったんだろうな。もちろん俺もそうだ。終わってくれてホッとしたよ。

 それに―――これが一番ダメなところだが、終演後から今までの振る舞いだ。なんだ、その仏頂面は。ライブの出来が気に食わなかったのか。それは分かる。だが、態度に出してどうする。今日わざわざ金を払って来てくれたのは、部活動の過程で出会った人たちだろう。お前を好いて来てくれた人たちが、そのぶんむくれた顔を見てどう思うか。良い演奏ではなかったかもしれないが、その不満を周りにぶつけてどうする。

 ―――はぁ。……情報海オーシャンの英雄だと聞いていたが、はっきり言ってがっかりだ。お前を選んだ鷹丸くんの苦労がしのばれるな」


 喋り終えた。


「「「「「……」」」」」


 ライブハウスが、完全に沈黙していた。


「……」


 俺は、やってしまった、という思いを飲み込むべく、コップに注がれていたコーラを口にした。話し出す前に注ぎ足したはずだったが、薄くなっていた。


「どういうことか分かるか」の辺りで、既に言い過ぎていることは気付いていたが、構わずに続けた。そのせいで、すっかり場の雰囲気は凍り付いていた。


 喋るのに集中していたので、前方不注意となっていた。見ると、歯を食いしばってこちらを睨みつける少女の目には、光るものが一つ二つと零れ落ちている最中だった。その目の色は―――いや、そんなことしなくても分かる。


「うるっさい!! チビッ!!!!」


 語彙力の欠落した罵倒は、しかし、そのストレートさ故に俺のコンプレックスを撃ち抜いた。


「お前もだろうが!!」


 身長160㎝に満たない俺に言い返された150㎝に満たない茉莉香まつりかが、足早にライブハウスを出ていくのを、険しい顔を崩さずに見送る。


 数秒後。


「本当にすまない」


 率直に謝った。

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