3-3 初恋裁判

「君、九鬼崎くきさきさんのことが好きなのか」


 向日葵ひまわりからの、単刀直入な質問。みんなにもばれているだろうし、と、俺は、素直に答える。


「そうみたいですいでででで」


 そう言った0.2秒後に、俺の両頬は家持いえもちと向日葵にそれぞれつねられていた。


「なんでっ! そんなにっ! ホッとした顔で言ってるんだお前はっ!!」

横恋慕よこれんぼだぞ! もうちょっと神妙にしてみたらどうだい!?」

「んにゃこといっふぁって(んなこと言ったって)」


 大体、そんなに穏やかな顔をしていたのかすら、自分で分からない。というようなことをふにゃふにゃ喋ると、ほっぺが解放された。


 両名がそれぞれ運ばれてきたコーヒー(店長の奢り)に口をつける。俺はコーラ党だといったら、「給料から差し引くけどいいか」と言われた。横暴だ。


 三者三様にカフェインを摂取すると、取り調べというのか、証人喚問というのか、そういうものが再開した。


「どうせお前のことだから、最初っから鷹丸たかまるとは張り合えないって諦めてんだろ。その気持ち、後生大事に墓場まで持って行くつもりだから「もう話は全部終わりだ」みたいな顔してやがるんだ」


 と、家持が言うと、向日葵もそれに頷く。


「まったくだ。そうやって自己評価が下限に張り付いた君みたいな男を相手にするのは骨が折れる」

「付き合わなくて良かったでしょ」

「それはない」

「そうですか」


 ぴしゃりと返した向日葵は、一瞬の沈黙を挟んでから、こう続けた。


「……気持ちは分かるつもりだよ。私はね、雅人まさとくん、君に想いを告げたとき、結構勝算があったんだよ。なんだかんだ言って、君の一番近くにいる女子は私だと思っていたし」


「ただ、最終コーナーで急にまくってきた奴がいた、と」


「そうなんだよ。独走状態かと思いきや、とんだ泥棒猫がいたものだよ」


 向日葵の発言と声色に血の匂いを感じた俺は、慌てて否定する。


「いや、あなたの告白を断ったことに、茉莉香まつりかのことは関係ありませんよ」


「それはそれで、私の魅力の問題っぽくて嫌だな」


「「どないやねん」」


 俺と家持が同時に言う。


「だってよく考えてみてくれたまえよ。私だけだぞ、生徒会の初期メンバーで恋人がいない状態で卒業したのは」


「「あぁ~」」


「息ピッタリだな君たち」


 向日葵が俺たちを横目で睨む。


「えーっと、書記の白石しらいしさんが庶務の真壁まかべさんと付き合ってたんだよな。で、会計の成瀬なるせさんは、俺たちが情報海オーシャンから助け出した樫本かしもと房一ふさいちさんと、で良かったか、カミ」


「そうだ」


「ふーん。なんですか、向日葵さん、焦ってたんですか?」


「いだだだ。家持が言ったんですよ」


 真っ赤になった向日葵が何故か俺をつねってくるので抗議する。


「手が届かないから君にやっておく。どうせ同じことを考えていたのだろう。今までのハモりっぷりで分かる」


 理不尽である。その通りではあったとしても。


「にしても、男女比があれでカップル二組か。ドロドロの生徒会だな」


「いや家持、ヘドロでできた底なし沼になってもおかしくないところを、奇跡のようなバランスで回避したんだ。特に房一さん関連はヤバかった」


「ああ、ヤバかったかもな。あの人の一件は骨が折れたし」


「その点、SCP部は優秀だな」


「色恋にかまけていられないほど、みんながそれぞれ暗躍に忙しかったチームだったからな」


「そうか、確かに、生徒会は所詮お気楽な学校の中のかわずだからないだだだだだ」


「随分と好き勝手言ってくれるじゃないか、現生徒会長殿?」


「ふぁい、すみまふぇんでした」


 向日葵が俺の頬から指を離すと、ふぅ、と息を吐いた。


「話を戻すぞ。私は君がフリーだということを知っていたし、僭越せんえつながら、君を惚れさせる自信もあったんだ。だが、それ以上に、伝えたかったんだ。いつだって人の事情にばかり関わっている君にね」


 家持が向日葵の言葉を引き継ぐように言う。


「カミはそんなことないって言うかもしれないけど、いろいろ、思うとこはあって―――だから、お前が所属するSCP部と生徒会を代表して、俺たちがちょっとお話をしに来たってわけだ」


 随分な過保護っぷりであることだ。しかし、悪い気分ではない。こうしていろいろと世話を焼いてくれる経験は、今まであまりなかった。


「ありがとう家持。向日葵かいちょ……向日葵も、ありがとうございます」


「呼び捨て!? いや、別にいいが、むしろちょっと嬉しいが」


 なにやらもにょもにょと呟く向日葵は無視して、俺は言う。


「部活のときにも千久乃ちくのたちが気を遣ってくれた。多分、俺が自分をないがしろにしているように見えるのは、本当のことだと思う―――だけど、もう大丈夫な気がする」


 そう言って、残っていたコーラを飲み干す。炭酸が抜けてしまっていた。


「じゃあ、するんだな? マツリに」

「告白を―――」

「しない」

「「なんで!?」」

やっぱりアンタらの方が仲は良いってひゃっぱりふぁんたらのふぉうがなふぁふぁいいっふぇ


 いい加減ほっぺが腫れてしまう。


「何でしないんだよ」

「九鬼崎さんと君の仲なら、断られるにせよ迷惑がったりなどしないと思うが」

「それはそうでしょうが―――」


「そうだぜ、神崎よ」


 目の前にコック帽を被った32歳がどっかりと座っていった。


「お前、ここ最近はハンバーグを焦がしたり、飯を炊き過ぎて急遽ライスお替わり無料にしたりってことがなくなったろ。何か変わったんだと思ったよ。で、さっきからちょいちょい話を聞かせてもらってたが、なんだ、随分と青春しちゃってるじゃないか」


「雅人くん、この店員さんはどなたかな」


「知らない人ですね。コックのコスプレイヤーでしょうか」


「酷くない? ―――っていうか、両サイドの二人も警戒するのやめない? さっきコーヒー運んできたじゃない、店長さんですよ!?」


「あ、ちょうどコーラなくなったんでお替わり」


「ウェイター扱いだもの」


 すごすごと引き下がる店長を見送ると、俺は話を続けた。


「鷹丸くんに義理立てしているってわけじゃあない。そんなことをしなくても、茉莉香が俺になびくなんてありえない。だからといって、我慢しているわけでもない。自分の気持ちに、鍵をかけてしまおうっていうんじゃあないんだ」


「なら、なんなんだ」


「―――茉莉香の気持ちどうこうとは関係なしに、好きでいられれば、それでいいと思ったんだ」


 あのツーリングの日から、改めて考えていた。


「向日葵も言ってましたけど、彼氏持ちの女子を好きになった割に、気持ちは穏やかっていうか、さっき店長が喋っていたように、むしろ調子が良いんです」


「「……」」


「それはきっと、俺にとっては、好きだっていう気持ちだけで十分だってことだと思うんだ」


「「う~ん」」


 二人が唸る。


「ある意味、わがままな話かもしれないな。好きになってくれなくても良い、俺が好きでいられればいいって。―――茉莉香の傍若無人さが感染うつったかな」


「いや、それはないよ」


 向日葵に言われて、家持にもこう言われた。


「お前は、結構もとから自由奔放だよ」


「……そうか」


 初恋裁判は、そんな俺の声で閉廷した。

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