3-2 彼女のいない場所で
あの港までのツーリング以降、
いよいよ勉強が追いつかなくなってきて、
というわけで、月曜日の家持が茉莉香に連れ去られてしまった。
「
「本当ッスか。じゃあいつも通り―――」
「流石に女子が三人もいる空間で全裸は嫌だぞ」
「……普通のにしますから」
「それはそれで気味が悪い」
「真白ちゃん!?」
時として思わぬ角度から抉り込んでくる
「野口先輩から全裸を取ったら、ただのヤバい女子高生になってしまいます」
「ヤバいってなんスか!?」
今度は
「ああ、なるほど。普段はちょっとやり過ぎな変態性を開けっ広げに晒しているおかげでバランスを保っているところを、今さら千久乃が本来持っている優しさとか思いやり深いところを前面に出した絵なんか描いてしまったら、なおさらヤバいことになったんじゃないかと思われる、か」
「なかなか複雑な上に褒め殺しっぽく分析するのやめてもらえませんかね!? どんな感情で聞いたらいいか分かんないッス!」
ストレートパーマをかけているらしいセミロングの髪をくしゃくしゃにしながら真っ赤になって叫ぶ。
「流石、実はSCP部で一番男子人気のある野口先輩」
「やめてください!」
「そう、千久乃は可愛いから」
「やめて!」
「そうだな。
「やめてって言ってるでしょ!! 何この時間! みんなで打ち合わせでもしたの? 恥ずかしいんだけどぉ!?」
語尾が抜けてしまうほどの動揺を与えられたことに満足した俺たちは、ほぼ同時にこう言った。
「「「可愛い~」」」
「うぅ~、終わんないよぉ~……」
結局、少しだけ怒った千久乃が罰として俺たちにモデルになるよう命じた。無論、服は着ている。
「マツリちゃん、行っちゃいますね」
絵筆を走らせながら何気なく千久乃が言う。両サイドの真白と紗枝が俺を見たような気がしたが、俺はモデルとして正面を凝視したまま、動かない。
「あたしたちは、まぁ
「無駄口を叩いてないで早く描け、千久乃」
「……なに焦った声出してるんスか。マツリちゃんに何かやり残したことがあるんじゃないっすか?」
俺は千久乃へと鋭い目を向け、こう言った。
「そうじゃない、この体勢がいつまでもつかわからんのだ。意外とポルナレフのポーズは厳しいことが分かった」
「生徒会長、意外と変な人」
「っていうか、神崎先輩のかっこが気になり過ぎて、私たちが集中できません」
だからずっと横目でチラチラ見られていたわけだ。
「っていうか、誰がいつ「ジョジョ立ちで描かせてください」って言ったんスか! 自分でやっといてきついから早くしろってどんだけ身勝手っすか!」
千久乃に指摘されながら、ひょっとしたらおマツリ少女の傍若無人ぶりが
※※
その日はバイトだった。高校生にしては、長く働かせてもらっているレストランは、今日も盛況である。
「いやぁ、最初はどうなるかと思ったけど、神崎も今やすっかり厨房を任せられるようになったなぁ」
「そうですね。我ながら見事な
「多少は謙遜しようか」
小休止中、店長が話しかけてきた。未だに俺が何の進路も決めていないと知ると、店長が俺を雇いたそうな目でこちらを見るようになった
いわゆる正社員になると労働時間だけが増えるタイプの求人であったので無視を決め込んでいたら、「無視はやめよう」と泣かれたので、とりあえず返事くらいはしてやっている。
「なぁ、一度履歴書だけでも送ってみないか?」
「前向きに検討します」
「塩対応が終わったら、お役所対応が始まったぞ」
「あと、店長、俺のことなんて呼んでましたっけ」
「え?
「それ、
「嘘だろ?」と、「なんで今言うの?」と、「なんで今まで言わなかったの?」と訴える目に向かって、こう言う。
「バイトのときに渡した履歴書もろくに読んでいない人に身を預けるわけにはいかないですね。さしずめ猫の手の先の爪の一本でも借りたい状況で、のこのこ面接に来たやつを片っ端から採っていたんでしょうが」
「ぐうの音も出ない分析ご苦労。大当たりだよチクショー!」
「店長! お客さん捌けたからって私語は慎んでください!!」
そして別のバイトから怒られる。どの進路を選ぶにせよ、社畜にだけはなるまい。なけなしの威厳すら失ってしまう。
※※
いつもならクローズ作業までやるところだが、今日は高校生が労働できる時間まで働いて上がれる日だった。
もっと働いて欲しそうな店長を、やっぱり無視して帰ろうとすると、見知った、しかし珍しい組み合わせの来客があった。
「店長」
残業してくれるのか? というように店長の顔がパッと輝いた。
「俺の客です。コーヒーをサービスしてあげてください」
いよいよ俺が崩れ落ちた店長の情緒を心配していると、家持と
※※
「久しぶりだね」
「はい」
「それだけか。女子大生の私服を褒めてくれてもいいじゃないか?」
「高校だって毎日私服だったじゃないですか。変わってないですよ。似合ってます」
「ふん、そうか」
正直去年の今頃とコーデがあまり変わっていないが、とても上機嫌になった。このチョロさで、果たして大学生をやっていけるのだろうか。
いや、そうではなく―――
「向日葵さん、雰囲気が柔らかくなりましたよね」
俺の代わりに家持が言ってくれた。
「それはやっぱりアレですか。
「家持くん、それは雅人くんの前で言わないで欲しんだが」
なんだ、
「なんですか。ひょっとして、失恋したから髪を切るっていうお約束な行動が恥ずかしかったけど、やっぱり一区切りはつけたいっていう気持ちから出た折衷案ですか。で、向日葵会長はこれですごく素直な性格だから、やってみたら意外といい感じで、ちょっと堅めだった雰囲気も丸くなったと」
「一瞬で分析して見せるのをやめないか!」
「申し訳ない。で、今日は何の用件ですか。こんなボックス席で人を挟み込むように座って」
部活では小柄な女子二人に、そしてバイト先では長身の男女二人にだ。
「横に座ったのは、君に目を見られないためだよ」
俺はメデューサか何かか。
「それに、カミなら分かるだろう―――マツリのことだよ」
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