3-4 卒業式

 バイクが事あるごとに機嫌を損ね、茉莉香の様々な思い付きイベントが繰り広げられた冬が過ぎた。


 3月。

 上瀬総合高等学校の卒業式。

 その良き日に、俺は緊張していた。


「おーい、雅人ぉ?」


 電算室兼SCP部室、部屋右奥の高級そうなソファベッドに寝転がっている茉莉香に呼びかけられた。勝手に特等席と言い張っているが、以前にも語った通り、十畳ほどしかないスペースに七台のPCの乗った長机が壁に沿って置かれている狭い部屋なので、邪魔でしょうがない。


「なんだ?」

「口だけじゃなくて首も動かしなさいよ」


 指摘され、初めて俺が一点を見つめて固まっていたことに気付く。ここにちょくちょく顔を出すようになって、俺にも何となく入り口近くの教員用PCの前に席が与えられていた。そしてこれも何となく、ほぼ休眠状態だったSNSの広報を任せられている。スペックは古いが、ネットをやる分には問題ない。どうせ電脳潜行ダイブできない俺が使うにはちょうどよかった。


「しかし、意外だったな。カミがそんなに緊張するなんて」


 部屋中央の奥、窓際の小さな机に座っている家持いえもちが言った。鷹丸くんも以前はそこにいて、男女比の暴力で隅に追いやられていたらしい。


「普段は、割と泰然自若たいぜんじじゃくって感じッスからね」

「大役ですから、仕方ありません」


 左側にあるPCが三台並んだ机に、千久乃ちくの、松田先輩が並んで座っている。


 松田先輩は艶やかな着物姿、千久乃は、理由は知らないが全身に歪な曼荼羅まんだらを書き込んだ白襦袢しろじゅばん姿である。


禍々まがまがしいし、白が死に装束みたいだからやめろ」と言ったが「『Are We Cool Yet?』のみんなとの最後の制作物なんスよぉ」という泣きに押された。どうせ嘘だろうが。


「分かる。私なら死ねる」

「同意です。舞台に上げられた瞬間心停止する自信があります」


 茉莉香のソファの隣、入り口から右手前、最もスペックの良いPCの前にいる真白ましろと、その画面に映っている紗枝さえの人見知りコンビが言う。


「情けないわね。ただの送辞でしょ。もっとよーよーに構えていればいいのよ」


 鷹揚おうように、と言おうとしたのだろうか。確かにそうだと思い、俺はいつの調子を取り戻すため、茉莉香に声をかけた。


「なぁ茉莉香、スカートがめちゃめちゃはだけてるぞ」


 クッションが飛んできたが、容易に予想ができたので回避は余裕だ。


 そして、軽口を叩いて動いたら少しリラックスできた気がする。


 自由な校風とはいえ卒業式なので、流石に今日は全員フォーマルな服装である(先述の通り一人変なのがいるが)。その日のために学校がレンタル業者と提携してくれて安く借りられるが、せっかくなので俺はスーツを買った。


「まぁ、成長が見込めない者同士、お互い一生ものの服だ、せいぜい大事に着ようじゃないか」


「うっさいわね! 私は生涯成長期よ!!」


「良いセリフだ。送辞に書き足しておくか。だが、無意味だ」


 次のクッションは避けなかった。


「さて、そろそろ行くか。みんな遅刻するなよ。特に、松田先輩は今日の主役なんですから」

「はい。素敵な送辞を聞かせてくださいね」


 それに苦笑を返すと、俺は部室を出た。


※※


 さて、何をしようか。時刻は七時。特にやることがない。

 

 そもそも茉莉香たちがこんなに朝早くに集まったのは、情報海オーシャンで鷹丸くんに会うためだ。


 俺がいると、電脳潜行ダイブ関連は何かとやりにくいだろう。


 で、足が向く場所は、やはり喫煙室だった。


「あ、しまった」


 ライターはあるが、お菓子がない。

 財布はあるが、学校の購買が空いていない。

 あの坂をバイクで下って上ってはめんどくさい。

 というか、まだ寒い時期なので、外に出たくない。


 甘味を欲しがる胃とものぐさな脳がせめぎ合っていると、不意にドアが開いた。


 俺の目に喫煙室という低俗な場には似つかわしくない、純白のワンピースドレスが映った。目線を上げると、薄く化粧を施した向日葵の顔。そこまでは完璧なのに、持ち物がおかしかった。


「やぁ、まーくん、トッポでもどうかな?」


 否、お菓子だった。


「せっかくのワンピースにヤニの匂いがつくぞ」


 前々から思っていたが、本当に向日葵は美人だった。美しすぎてゾッとするほど。


「ふむ……よし、もうやめよう。雅人くんがまったく照れなくなってしまった。つまらない」


「そうですか。でも、それは顔に出なくなっただけですよ。ドキドキしないわけないじゃないですか。こんなに綺麗な人が目の前にいて」


「……ッ!!」


「はい、俺の勝ち~」


 トッポが勢いよく顔面に飛んできたので、俺は華麗にキャッチする。


「まったく、君という奴は」


 向日葵は俺の隣にぴったりと座ると、頭を肩に預けてきた。


「ふふふ、これはどうだい?」

「髪、乱れちゃいますよ」

「じゃあ後で君にかしてもらおう」


 やっぱり、この人には勝てそうもない。

 俺はおとなしく、なるがままに任せることにした。


「……」


 こうして横目で彼女の顔を見ると、意外と幼い。俺と一つしか違わないのだから当然と言えば当然なのだが、以前、同じ位置で小さい割に大人びた顔を見たので、余計にそう思った。


九鬼崎くきさきさん」

「え!?」


 一瞬、心を読まれたのかと思い素っ頓狂な声を上げてしまった。


「何か企んでいないといいのだけどね」


「流石にしないでしょう。多分」


「ふふ、それでいいのか会長殿?」


「今は止め役が悪乗り上等の家持しかいませんし、真白はどうせ事が起こったらオロオロあわあわしてるだけでしょうし、部長殿は備えれば備えるほど憂いが増えるタイプなんで、考えないことにします」


「うむ、賢明だね。でもやはり何もしないかな。松田さんを怒らせるから」


「千久乃は変な服着てきましたけど」


「気合が入っているね」


「元生徒会の皆さんはどんな感じですか」


 会長就任直後は引継ぎでまだ一緒にいることも多かったが、受験が本番になるにつれ、少しずつ疎遠になっていっていた。


「結局、同じ大学に行くことになったよ。梨子は苦労していたけどね。それに、フサっちも」


 樫本かしもと房一ふさいち。俺の前任者。理由も言わずに転校して、昨年の夏、SCP部の合宿と生徒会の旅行がかち合ったときに、情報海オーシャンでひと騒動あったあと、仲直りできたらしい。


「これで、元通りですね」


「うん……そうだね」


 声に逡巡しゅんじゅんがあったが、今は目を見られないのでその真意が掴めない。


「そうでもないんですか」


「いや、私たちの話じゃなくて―――そういえば、梨子はフサっちのことが好きだったな」


 すごいな、生徒会の人間模様。何か一つ間違えたら泥沼になる相関図だ。


「啓くんとのんは、まぁ、問題なかろう」


「あとは、式はいつですかって感じですからね」


「え!? そんなにかな?」


「そんなにでしょう。あれは、茉莉香と鷹丸くん並みです」


「そう思うかい。なら、問題は、梨子だな。器量とか性格とかより、あの思い込みの激しさが裏目に出る予感しかしないよ」


「ですねぇ、あ~」


「う~む」


 ほぼ同時に唸って、まったく同時に笑い合った。

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