1-1 忘れ去られし約束の日
SCPガールズ、
こんなに多くの人間と長話をする日は、高校に入学する以前にはなかった。
こうなると“人酔い”というのか、ドッと疲れているはずなのに頭だけが冴えてしまう。まるで遠足前日の児童のような興奮状態に置かれてしまう。
月曜の深夜、敢えて観るべきコンテンツもなく、これは最も非生産的な太古の娯楽ネットサーフィンを敢行してしまうだろうなと予感する。
「……なにか忘れているような気がする」
肝心なことほど物忘れをする。忘れているという事実すら忘れてしまうので、こうやって口に出してみるというライフハック術を最近生み出した。
果たして効果は芳しく、俺はPCの片隅にあった未読の音声メールを呼び出した。
『先輩、このメッセージを今さら読んでいるということは、私に駅前のスペシャルバナナクレープをおごることになるということです。さもなくばこのPCの内容がすべて消滅します』
紗枝の声。
どうやら送られてから開くまでの時間で内容が変わるようになっていたらしい。流石は電脳潜行の申し子と呼ばれるだけはある。あと、クレープ一つで俺の全娯楽が守られるのならば安いものだ。どんと来い。
『先輩にだけ知ってほしいお話があります』
お茶目な脅迫の前置きはサラリと終わった。
『本当はSCP部のみんなにもお話しておきたかったんですが、内容がとても
心というものが感じられない。
『三年生なのに受験勉強もしないで日がな一日学校で遊んでいるだけの人にしか頼めないことです』
クレープほどとは言わないが、言葉を優しい
『生徒会長などと名乗りながら特別何もしていない。真面目に学校に通う人たちに悪いとは思わないのですか』
通えていない君に言われたくはない。
『
「本題に入れぃ!!」
深夜なのに思わず叫ぶ。両親を起こさなかったか不安になった。
『ふぅ、これ以上先輩の体たらくを思い出すと本題を忘れそうになるのでこれくらいにして』
相変わらずな後輩は、俺への悪罵が済むと一息入れ、こう口にした。
『先輩、先輩は、この世界が好きですか』
唐突で、しかし真剣みのある問いかけ。当然、一方的なメッセージメールに今ここでレスポンスはできない。
『SCPの事件には一切干渉してこなかったけれど、でも確実に存在感はあったとある組織からメッセージが届きました―――『XKシナリオは、終わっていない』って』
よほどその言葉を紡ぐことに緊張があったのだろう。紗枝は今一度嘆息すると、より決然とした声を発した。
『先輩がどれだけ知っているのかは分かりませんけれど、
それは鷹丸レポートを読んで知っている。特に部活動前半は、彼の「ごっこ遊びにマジになる頭のおかしなクソオタク共のロールプレイングゲームになんで俺が付き合わなきゃいけないんだ」という記述に象徴されるように、SCP事件を(当事者ですら)過激な
『あんなことになるなんて、きっと最初は誰も想像していませんでした。多分、私の両親も』
だが、実態は違った。
現実世界の地下深くを
その過程で、紗枝の両親を始め多くの人命が失われ、死なずとも
『私はもう、嫌です』
紗枝の声は、みるみるうちに
『まだ終わってないなんて、マツリやタカがあんなに頑張ったのに、私たち、みんな、頑張ったのに―――』
声に張りを与えていた意志の灯火が一寸消え、長い沈黙が訪れた。俺は夜が明けようとも待つ心境だった。
『今回のこと、
ややあって絞り出した声に、俺は少しだけ目を見開いた。
『『むしろ、電脳潜行ができる人間では対処が難しい』って』
俺の心臓が無遠慮な鼓動を打った。
『もしよかったら、会ってください。日にちと場所を指定してきました―――』
その言葉の後に告げられた場所と時間を聞いて、俺は紗枝に短くメールで返信をすると、立ち上がった。すっかり忘れ去られた約束に向かわなければならない。
『お前が好きなこの世界は好きだよ』
場所は、俺の家からほど近い小さな映画館。
時間はレイトショーの最終公演。
そして日にちは、今日だった。
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