4-1 針路なき進路

 俺の音楽の趣味は、同世代のそれと比べて、随分と古い。


 こうなったのも、八郎爺さんに散々古めかしいアメリカンロックを聴かされたせいだと思う。


 2011年生まれの俺には、Fall Out Boy、Black Stone Cherryは懐メロだ。Mr.BIGは歴史上の人物で、エアロスミスは古典、The Rolling Stonesは古文書である。


 でも、ここまでに上げたすべてのアーティストが、俺は全部好きなのだ。だから、話の合うやつがいなくて、一人でいる時間が長くなるスパイラルに陥っている。ますます、浮世離れした人間に近づいていく。


 映画と同じように、新しいものを聴こうという意欲はある。だが、ついつい時代を遡ってしまう。


 自分のことを、どこかで『行き止まりの存在』だと思っているからだろうか。


 情報海オーシャンでは、連日コンサートも行われているらしい。ストリートミュージシャンならぬ電脳ライブアーティスト。誰でもできる手軽さから賑わいもあって、そこからメジャーデビューする人も多いそうだ。


 この世界の新しい音楽もまた、情報海オーシャンで生まれる。そこに潜行障害である俺は、感じなくなくてもいい引け目を感じている。


≪満月が雲にかじられて 街に仄かな闇が差した≫


 思考の泥沼に沈みそうになる俺の耳に、ランダム再生で『新しい歌』が届いてきた。


 ストレイキャッツ。2017年から活動している、インディーズ魂の塊みたいなバンドだ。楽曲は地味、歌詞は渋い、愚直なまでにギターロック道を邁進まいしんしているので、当然というか、売れない。先ほどの歌詞を聴いたか? あれでラブソングのつもりなんだぜ?


 ファンというのは勝手なものだ。どんな意図があるか分からないものに自己解釈でシンパシーを感じて、それに合わない新譜が発表されれば裏切られたと騒ぎ出す。


 この世界でこれ以上進めない俺のために、立ち止まってくれるバンドだと思った。身勝手な空想だ。でも、そんな幻想を抱かせ続けてくれる程度には、真摯しんしな人たちだった。


 良い気分で音楽を鑑賞していた俺に、嫌な連絡が入ったのは大サビの一番いいところだった。


「なんですか?」


 声色に不機嫌さが出ていたのか、蘇我そが教諭の声も苦み走っていた。


「教師相手に随分とご挨拶だな。今から学校に来られるか」

「残念ながら」

「よし、一時な」


 日本史の先生は日本語ができなくてもなれるんですかと訊きたくなったが、俺は行く旨を伝えて通話を切った。


 ちなみに、学校は夏休みに入っている。学生の安息日に学校に行くのは罪だと思う。一体、何の用だというのか。


「これだよ」


 職員室に通され、目の前に出されたのは、いつか送った進路希望調査の画像だ。確か、ヘリウムガスのバルブを捻るのと同じような気分でジョークを書き込み、その後でそれを消して無難な進路を選んだはずだったが―――


『第一希望・灯台守』


 なんで、俺はこうやってはいけないミスばかりするのだろうな。


 灯台守。

 出航する船を見守る、今は亡き仕事。

 転じて、孤独で孤高な仕事の比喩でもある。


「ちなみに、俺の教員生活20年でこれを書いてきた奴はお前が16人目だ」


「絶妙にオリジナリティがなくて申し訳ないです」


「そのうちの半分はいじめが発覚し、残りの半分の内五人は働きたくねぇと正直に自白し、一人は黙秘を貫き、一人は実際に海上保安庁の仕事に就いた」


「それはすごい」


 海保の仕事に灯台守があるかどうかは不明だが。


「さぁ、お前はなんだ。どんなつもりでこれを書いた」


 蘇我の目を見ると、怒りの色はあまりない。むしろ喜色というか、期待の色が強い。いつも言葉をはぐらかしてばかりの生徒の尻尾を掴んだことへの喜びか。


 なら、仁義は通さねば。


「そうですね―――何も考えてなかったです。就職しようかなって気持ちは多少あるんですけど、具体的には何にもないし。だから適当に書いて提出しとこうと思ったらこの始末ですよ」


「お前が言うことじゃねぇけどな!? 夏休みの一日が見事につぶれてんだけど! お前のせいで!」


「まぁまぁ、トッポでもどうです? 麦茶もありますよ」


「何煙草みたいにライターと一緒に差し出してんだ。あとなんで麦茶が当たり前のように淹れられてる? 俺淹れたっけ……あ! お前が勝手に出したんだ。すげぇ勝手知ったる感じで!」


「勤続二十年とは思えない落ち着きの無さですね」


「すまんな!! トッポと麦茶頂くわ! ―――火はいらん!」


 ここで、騒ぎを聞きつけたほかの先生から怒られ、数分、会話が中断した。


「ああ、嫌だ嫌だ。もうじき43歳になるのに22歳の先生にガチで怒られるの本当に嫌だ」


 申し訳ないとしか言いようがない。


「―――で、お前の希望は就職だと。進学するつもりはないのか」

「できると思いますか? あの成績で」


 常に軽い微笑みをたたえた頬の皺が、不自然に動いた。「情けはいりません」と俺は言った。


「……確かに。お前、課題は忘れない割にテストの成績酷いもんな。勉強してんのかちゃんと」

「してないです。テスト期間中も変わらず映画観たり音楽聴いたり漫画読んだり―――」

「しろよ!?」


 ごもっとも。


「でもねぇ、やりたくないんですよねぇ……」

「そんな神妙な顔でよくそこまで明け透けに言えたもんだな。お前の目の前にいる大人の職業分かってる?」


 面目ない。


「一応、金は貯めてるんですよ。まかり間違って進学したときに備えて」

「それは前も聞いた」

「けど、わざわざ金使って勉強したいこともないですし。だったら、金を貰える方に行った方が良いと思ってるんです。で、共同作業は苦手だし、できれば一人でもできる、楽な仕事が良いと」

「それで、灯台守、か」


 あらら。蘇我教諭にあった喜々とした色が消えてしまった。麦茶を一口だけすすり、顔をしかめて飲み込むと、顔と同じくらい皺がれた声で言った


「まぁ、適当に書き直せや。時間は有るようで無いようで、わりかし有る。考えが変わったら話してみてくれ」


 失望の色。また人とのコミュニケーションで失敗してしまった。だが、今日は仕方がないか。


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