0-4 オーバー
よもや「友達として好き」とかいうやつであると、親愛の情であるなどとは思われていまいな。
いや、あり得る。意外と、この少女は自信満々に見えて自己評価が低いのだ。
もし、事ここに及んで俺の恋心を懇切丁寧に解説することになったとしたら? それは最高にカッコ悪いぞ。絶対に嫌だ。俺は逃げる。万里の果て、滝島を超えて太平洋に漕ぎ出しハワイの手前くらいで入水し果てる。それくらいカッコ悪いぞ。
「なぁ、まつり―――」
バチーン!
「え?」
茉莉香が、自分で自分を頬を張った。
「どうし」
「うがぁぁぁぁぁ!!!!」
「どうしたァァァァァァ!!!?」
少し顔を
「雅人」
「はい」
返事こそしているが、俺の意識は茉莉香の瞳の色に集中していた。
何も読み取れない。茉莉香の瞳は、ただの光だった。
眩しくて暖かくて決して届かない、美しい光。
茉莉香は、すぅーっと大きく息を吸い、その腹式呼吸でこう叫んだ。
「ありがとう! ごめんなさい!! すごく嬉しい!!!」
言い終わると、脱兎の如くPC室から出ていった。
残されたのは俺と、エアコンの音と、どこからか聞こえる蝉の声だけ。
「えーっと……」
これは、振られた、のか?
※※
翌日。
「なんで俺がこんなことやらなきゃいけないんだよ神崎ぃ」
「うるさいですよ店長。店の設備投資資金を、素性も分からん女に掠め取られた間抜けの尻拭いをこれからしていこうって殊勝なバイト店員に付き合うくらい、どうってことないでしょう」
そのおかげで、技術的失業が先延ばしにされたわけだが。さて、アメリカにも皿洗いの仕事は残っているのか。
「しかし、すごい数の風船だな。こんなにお客さん、来てくれるのかな」
エセリニューアルオープン記念の風船を、店の裏手でせっせと膨らませている店長が頼り甲斐のないことを言うので、俺は一個を耳元でパーンと割ってやる。
「どわぁっ!!!! やめろよ! 俺そういうのダメなんだよ!」
「情けないこと言わないでください。AIに奪われる前に、俺が店長になりますよ」
「どっちみちAIには奪われちゃうわけね。オーケー、死にたい」
もう一個、今度は左耳にパーン。
「ヘリウムガスって自殺に使われるらしいですよ」
「へぇそうなんだ。って、神崎、よくこんな業務用のガス持ってたよな」
店長の質問には答えず、俺はこう言った。
「まぁ、よっぽど上手くやらないと楽に死ねないらしいですが」
そのとき、俺の手から風船が一つ、離れた。いいや、わざと離したのだ。
まさか飛行機から見えるとは思わない。が、俺なりの惜別のメッセージだ。
「ん?」
そのとき、聞き覚えのあるバイクの音がした。
目線を下げると、そこにはポニーテール、じゃない。おいおい、髪を切るのは失恋した側だと相場が決まっているだろう。
「部員がいなくなるときに部長がいなくてどうするの?」
いつか俺が言った台詞を繰り返す少女を前に、風船が、もう一個空に消えていった。今度は、わざとじゃなかった。思考が追いつかない。
「私まだ二人乗りってできないのよね。だから、乗せてってくれない? 雅人」
ポニーテールからボブに。ちょっとだけ大人びたか。なんて褒める間もなく、俺は手を引っ張られた。
「店長さん! 雅人を借りていくわね! 私を見送らせるんだからっ!」
なんともなんともな理由で店員をしょっ引く少女に一瞬面食らった後「えええええ!?」と叫ぶ店長の声は遥か後方。俺は既に茉莉香をタンデムシートに乗せて走り出してしまっていた。
「急がないと乗り遅れちゃうわよ!」
「お前のせいだろ!」
ツッコミを入れながら、それでも急ぐことは忘れない。ちなみに、バイクはその後、謎の差出人から送られてきたものだ。自腹を切ってくれたのなら礼文くらいしたためたい。
「茉莉香」
「なぁに」
「また、俺と遊んでくれるか」
しばらくエンジンの甲高い音しかしなかった。俺の背に、こつんと当たったヘルメットの感触が、答えだと思った。
そうか。
なら、このあたりで、よしとしておこうか。
でも茉莉香、一つだけ今は言えない頼みがあるんだ。
いつか、茉莉香にも聞いて欲しい。
ふとしたことで主人公になってしまった俺の、この、誰も知らない物語を。
おマツリ少女とSCP!アフター!! 完
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