3-1 仲良しな同級生と先輩たち

 時刻は午前10時。土日を挟んで月曜日。登校のため、今日も元気に丘を攻める。


 木枯らしが俺を叩き、バイクには辛い季節になりつつあることを知らせる。


 と、上瀬総合の生徒専用のバスが見えた。後ろにつく。風よけだ。


 文化祭の最終日には一日入院で結局参加できなかった。


 俺の朝は、久しぶりに、遅かった。


「ん?」


 ヘルメット越しにバスの後部座席を見る。家持いえもち真白ましろ千久乃ちくのの顔があった。


「ふっ」


 俺は頬を曲げると、スピードを上げた。


 ロートルの250㏄が、替えたばかりのエンジンオイルと入れたばかりのガソリンをガツガツと喰い、バスを追い抜いた。


※※


 バイク置き場に駐車してから校舎の方に戻ってくると、ちょうどバスが校門前の停留所に着いたところだった。


「カミっちー!」


 千久乃が大声でこちらに手を振ってくる。俺も、どこで買ってきたのか分からない蛍光色の水玉模様コートでビカビカ輝いている女子に手を振り返す。


「頭は大丈夫ッスか?」


「ああ。おま」えは大丈夫なのかと言いかけた自分に気付き、口を閉じる。水玉の一つ一つが激しくビカビカなせいで、目が全く家持と真白の方にいかない。


「頭がどうかしているのは千久乃の方」


 意外にも、真白がぶった切ってきた。


「何か変ッスか?」

「身体がうるさい」

「身体!? なんスかその斬新な表現! 超萌えるじゃないですか!!」


 真白が大きく溜息をつき、家持がその小さな肩に手を置いて首を横に振る。


 ボケ・ツッコミ・呆れ。SCP部二年生トリオは、そうバランスをとっているようだ。


「もうすぐマツリが来るから、そのときに改めて千久乃のファッションチェックをしてやろう」


 家持の言葉通り、バスが発車した後、五分ほどで、レクサスが乗りつけられた。


「あら、なによ。今日はお出迎えが多いわね」


 どうやら朝は低血圧らしい茉莉香まつりかが、テンション低めにそう言いながらこちらに身体を引き摺ってくる。思いなしか、ポニーテールも萎びて見える。あと、まだ冬じゃないのに、すごく厚着をしている。


「あ~、ねむぅ。私が総理大臣になったら、全国的に月曜日を廃止するわ」


 と、ぼやく茉莉香に、家持、真白、千久乃の順に声が返る。


「月曜に単位を入れなければいいんじゃないか」

「そんなことをしても無駄。第二第三の月曜日という名の火曜日や水曜日がやってくるだけ」

「結局、毎日が日曜日になるまで休み明けの悲しみは続くんスねぇ」


「そうなのよねぇ、あと千久乃、今日の服、ものすごくウザい」

「話のついでに酷評されたッス」


 家持と真白が声を上げて笑う。そんな、とりとめのない、本当に何の意味も生産性もない会話を続けながら、校舎に向かっていく四人に、俺も混ざる。


「そういえば、ドラえもんの映画にそんな話があった。毎日が日曜日って」

「へぇ、そんなのあったか?」

「ひょっとしたら俺たちの親も生まれてないくらいの時代の古い奴だからな。面白かったが、少し怖かったな。途中でドラえもんが拷問されて壊されて―――」

「怖っ! なんスかそれ、完全にトラウマ映画じゃないッスか!」

「私、ネットで見た気がする。声優さんが全然違って違和感があった」

「真白もか。確かに、なんかドラえもんがおばさん臭いって言うか―――」

「あれ?」


 話が止まった。


 茉莉香が立ち止まったのだ。俺たちが怪訝な顔で振り返ると、真ん丸な目でこう叫んだ。


「なんで雅人がいるの!!?」

「酷い、あんまりだ。一夜を共にしたじゃないか」

「誤解を招く言い方しないで!」

「何でカミっちがいちゃダメなんスか?」

「いじめ、よくない」

「そうだぞマツリ」

「違うわよ! だって、月曜日でしょ? 生徒会の朝礼があるんじゃないの?」

「「「あ」」」


 家持・千久乃・真白が呆けた声を同音に上げた。


「そう言えばそうだな。今日は休みなのかよ、カミ」

「いや、どうかな」


 俺は自信がない。


「もう、生徒会は辞めたからな」

「「「「え!?」」」」


 こいつら、仲良いな。


※※


 予想はしていたが、授業後に呼び出しがかかった。


 生徒会室に向かうと、向日葵ひまわりがCTのホログラム画像を見せてきた。


 そこには『生徒会辞任願』と書かれていた。


「正式な書類ですが?」


 あとは向日葵がサインするだけとなっている。


「君な……」


 もちろん、向日葵だけではなく、他の役員たちもいた。妙な圧迫を感じる。


「何で辞めちまうんだ?」


 真壁庶務が腕を組んだ姿勢で俺に訊く。


「文化祭で、大きなミスをしました。一日目の夕方と、二日目をほとんど潰してしまいました。高野たかの紗枝さえに登校を促したことも、結果は良かったかもしれないけど、危なかった―――と、その書類にも書いたんですが」


 白石書記と成瀬会計にも目を配る。うん。彼女らが聞きたいのは、そういうことではないと分かっていた。


「いい頃合いですよ。自分の役割は、もう終わってる」


 SCP部の設立を認めさせる代わりに、部の監視と、生徒会の仕事をすること。


「それに、やっぱり俺には生徒会役員なんて向いていないと思います。失敗ばかりだし、事務処理能力もないし、そもそも学校をよくしてやろうなんて気もないし、だから、いい機会だな、と」


 この際なので、すべてをぶちまけさせてもらう。怒られるかもしれないと思ったが、それはそれで、変な未練も消えてくれて丁度いい。


「それが、お前の正直なところなのか」


 予想に反して、穏やかな声と表情で真壁が言った。見ると、白石も、あの堅物の成瀬までもが微笑を浮かべている。


「だって、会長さん」


 白石が向日葵と肩を指先で叩きながら言う。そうされた向日葵の方は、眉間に人差し指を当てて、苦悶くもんの表情を浮かべていた。いや、その奥にある目を見ると、ホッとしているようだ。


「ひまちゃ……じゃなくて、会長は、お前がすごく怒っているんじゃないかと心配になっていたんだ」


 成瀬が思いもよらないことを言ってきた。


「え? 何がですか?」

「ほら、向日葵、あなたのこと叩いたじゃない?」

「ああ、そんなことか」

「そんなこと?」


 向日葵が目を剥いてきた。


「まぁ、そう怒るなって向日葵。神崎はそういう奴じゃねぇか」

「……そうだな」


 真壁の奇妙ななだめ方に、向日葵が肩を落とし納得する。俺は納得いかない。


「俺を心配してくれたからだってことは分かってましたよ」

「ふぅ、そう、なんだね」


 本気で安心していらっしゃる。これは書類を無言で送りつけたのもまずかったかもしれない。


「良かったね、ひまちゃん」


 成瀬が小声で言っている。半分は向日葵のために居残っていたらしい役員共この人らも大概仲がいい。


「でも良かったわ。今日は神崎くんの素直な気持ちが聞けたし」

「別にひねくれているつもりはないんですけどね」


 俺が苦笑すると、自然と笑いの波が生徒会室に伝播でんぱしていった。


 ―――なのに、である。


「こらぁ!!」


 話が綺麗にまとまりそうになったところで、生徒会室に小さな身体と大きな声が飛び込んできた。

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