1-5 騒がしいバーチャル、静かなリアル

 数分後、向日葵ひまわりが戻ってきた。


「たこ焼きでどうかご勘弁を」

「ふっ、いいよ。それで」


 図らずも二人きりになってしまった。特に別行動する理由もないので、自然とこのまま二人で回ることになりそうだ。


「君と遊ぶというのは初めてだな、まーくん」

「ここは二人っきりじゃないでしょう。普段通りいきましょう」

「ふふ……普段通り、か。そうだね、神崎雅人副会長」


 そんな呼び方もしたことないだろうと言いそうになったが、向日葵が嬉しそうだったので黙っておく。


「生徒会でいったキャンプにも、君は不参加だったじゃないか」


「あの時はインフルエンザだったから、仕方ないですよ。旅先でSCP部の合宿と鉢合わせしたんでしたね」


 その上、SCPの事件が起こって大変なことになったようだ。


「ああ、あれは……楽しかったな」


 向日葵の目を見て分かった。もう、生徒会とSCP部には、何の確執もないのだということを。


「思えば、フサっち―――君の先代の副会長のことなんだが、彼を発端としたわだかまりが溶けたのは、君のおかげだったな」


「どういう意味ですか」


「SCP部の方々のお節介で、私たちは友情を取り戻した。そして、そのSCP部を創ったのは、君だ」


「俺じゃないですよ」


「いいや、君だよ。君は気付いていないかもしれないようだから念を押しておくけれど、あのおマツリ少女の事件の始まりには、九鬼崎くきさきさんと、鷲宮わしみやくんと、君がいるんだ」


「あの、前々から色んな奴に訊こう訊こうと思ってたんですけど、おマツリ少女って、何なんですか?」


 鷹丸たかまるレポートにも、SCP事件を断片的に記したネットの記事にも出てくるワードだ。だが、その意味するところの全容は知れないという、不思議な言葉だった。


「そうだな。一つ、私の頼みを聞いてくれれば教えてあげてもいいよ」

「いいですよ。なんなりと」

「そうか、なら―――」


 そこで、向日葵が口をキュッと結んだ。用意した言葉を吐き出すべきか否か、心と体がせめぎ合っているようだ。


 よし、と、俺は次にいう言葉を決めて、向日葵の頼みとやらを待った。


「ま、雅人、くんと、呼んでもいいかい―――」

「可愛いお願いですね」

「なっ!?」

「よしっ。恥ずかしがらせたぞ! 今日は俺の勝ち―――って、そういえば二人きりじゃないからノーカンか……って、ふぁ、ごめんなさいごふぇんなふぁい、つい、出来心でふぇきごころふぇ


「む~!! 君はっ! これだからっ! これだからぁっ!!」


 よく分からない抗議の声を上げながら、頬を引っ張ってきた。俺は謝り、涙目の生徒会長の機嫌を、時間をかけて収めた。


「ふぅ、でも、今さらですね。まーくんとか普段呼んでるくせに」

「それは、アレだ。ちょっとしたおふざけの時間だから、そういうノリでだな」


 こんな高貴そうな雰囲気の人でも、“ノリ”なんて俗世に塗れた言葉を使うんだなと思った。


「あと、彼女が、君のことを名前で呼んでいるのを見て、ちょっと―――うん」

「茉莉香より長い付き合いなのに、距離があるのが悔しかったんですね……ってまふぁ!?」


 また頬を、今度は両方をつねられた。


「人の! 目を! 見ながら話すのをやめたまえ!!」


「普通は逆でしょうが《ふふーはひゃくでひょうが》」


※※


 涙目になった向日葵をなだめていると、会計の成瀬梨子なるせりこと書記の白石望しらいしのぞみが慌てた様子でこちらに駆けてきた。


「ひまちゃん!」

「向日葵!」


 いつもは会長呼びの成瀬がテンパっているし、基本的にふんわりと落ち着いている白石が大きな声を出しているので、これはおもしろ―――じゃなくて大変なことが起きているようだ。


「はぁ、はぁ、情報海オーシャンでね」

「SCP部がね―――」

「うむ、皆まで言うな」


 二人の言葉を制した向日葵が「こうなることは分かっていた」という表情で大きく息を吐いた。


「お疲れ様です」


 ここにはいない真壁はもう茉莉香たちが起こした“大変なこと”の対処に追われているのだろう。俺は三人の先輩方に頭を下げる。


「リアルの方は、任せた」

「お土産待ってます」


 向日葵が苦笑し、白石が微笑み、成瀬がムッとした表情を浮かべ、去っていった。


 リアルは任せろ、とはいえ、じきに面白いことになっていると知った全員が電脳潜行ダイブするのは明白だ。案の定、ほんの数分で、人影がほとんどなくなっている。


 残っているのは、店番を任された模擬店連中だが、客など来ない。どの生徒の目も、情報海オーシャンに行きたくてソワソワしている。


 これは早めの店じまいだなと察して、俺はCTから文化祭実行委員会のメッセンジャーにアクセスし、『売上金を一時生徒会が預かる。 生徒会副会長 神崎雅人』と、アナウンスした。


 するとまた十分足らずで、今度は学校内の生徒全員が電脳潜行ダイブしていった。


 また、一人になった。


 少し休憩するか。と、いつもの場所に向かう。


※※


 喫煙室の扉を開けると、先客がいた。


「火ぃ、あるか?」


 文化祭の監督責任者の一人として参加している蘇我教諭が、マルボロの煙をくゆらせていた。


「監督ご苦労様です。というか、もう火は点いてるじゃあないですか」

「お前に訊いたんだよ。今日は俺が点けてやろうと思ってな」

「そうですか。でも、遠慮しておきます。これ、早めに使い切っておきたいので」


 俺がジッポとトッポを取り出すと、蘇我は右頬だけを持ち上げて苦笑した。


「静かになったな」

「今頃、情報海オーシャンでレッツパーティですよ」

「あぁ……、ま~た俺たちが監督庁オーシャンポリスに怒られるやつか」


 頭を抱える蘇我。確か、昨年も同じようなことがあって、めちゃくちゃ怒られたと聞いている。ご愁傷さまだ。


「笑ってんじゃねぇや」

「すみません。先生は、行かなくていいんですか」

「行かなきゃいけないんだろうけど、どうせ俺じゃ九鬼崎は捕まえられねぇし。若い衆に任せる」


 潜行適正に老若は関係ないと聞いているが、そうでもないのだろうか。


 会話が途切れ、しばし、沈黙。この蘇我教諭と話すときはこういう時間がよく訪れる。俺は気にしないが、蘇我は居心地が悪そうにする。


「高野、来てたな」


 煙草を吐き出すついでといった調子で声が発せられた。


「はい。HONDAのタンデムに乗っけてきました」

「そりゃ結構なことだ。……さっき、お前らといるところをチラッと見たけどな。あの眼鏡は―――」

「父親の形見だそうです。一応、実用でもあるみたいですけれど」

「そう、かぁ~」


 蘇我が、盛大に紫煙を吐き出しながら答えた。ひきこもりも不登校も天涯孤独の生徒も請け負ってきただろう教師の、様々な想いを含んでいるらしい煙は、換気扇にあっさりと吸い込まれ、外の大気に放出された。


「ああいうもんを肌身離さず持っちまうんだよなぁ」

「形見って、そういうものでしょう」


 手の中でライターをいじりながら言った。


「そんなもんか」

「個人の感想ですが」


 そして沈黙。


 リアルは、静かすぎるほど静かだった。

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