2-5 恋心(いろいろ詰んでる編)
ある日、
「……」
「……」
あれ? 俺は普段、茉莉香とどんな話をしていたのだっけ。これはまさに、『なまじ頭で考えると、無意識で乗れていた自転車の操作も
そもそも俺と茉莉香に共通の話題などあっただろうか。バイクは確かに一緒に練習しているが、それは講習のときにたくさん話している。音楽の趣味は違う。俺があまり聴かないアメリカの女性ポップシンガーが好きだし、腐ってもお嬢様というか、クラシック音楽を聞いちゃったりもする。
本や漫画も読まない。映画も、たまにSCP部員たちと一緒に観に行くがそこまで興味深そうではない。ゲームはもちろん、ほとんどやったことがない。
こうして好きになって深く理解したのだが、この少女は、実は周りの人間に合わせるのが得意だし、自分の
この“傍若無人な気遣い屋”という一見奇妙な性格は、実のところ絶妙なバランス感覚で彼女の人格の根幹を成しており、それがSCP部を瓦解させなかった要因にもなっている。
そんな分析の行きつくところは「実際のところ、俺と茉莉香は今一つ噛み合っていない」という切ない事実であった。
“気の合う友達”、ではあっても、それ以外に合う部分がない。
「「……」」
このままでは、地獄とルビを振るに
それはティーバッグのセットで、ポットでお湯を作り、カップに淹れ(何故か両方とも部室に常備されている)、数分で完成したものを茉莉香に出す。
「お茶が入ったぞ、お嬢様」
「ふふっ、ありがとう。あら、これ
「そうだ。気持ちを落ち着かせる効果がある」
なによりも俺に必要な成分であった。
「ふふ、
「……そうか」
流石だな鷹丸くん。
「安心するわ、この匂い。雅人も、そう思うでしょ」
「ああ」
そう一言返事をして、俺はその香りと一緒にお茶を飲んだ。
「うん、美味しい。今日は、誰も来ないつもりかしらね」
「ヨシヨシも言っていたが、俺たちは受験生だしな。あまり遊んでばかりもダメなんだろう」
「でも、
忘れそうになるが、SCP部はハイスペック/マッドスキル集団である。
「お前はどうなんだ」
「あー、私は、ね」
あはは、と笑う茉莉香に、何かを察した俺はそれ以上は突っ込まない。
逆に、こう尋ねられた。
「そういえば、なんであんたって、勉強できないの? いかにも優等生って感じの癖に、一応、見た目だけは」
「すべての優等生が、勉強できると思うなよ」
「何よそのドヤ顔。私はいろいろ習い事に行かされたけど、あんたは塾とか行かなかったの?」
「そういえば、ないな。兄はいろいろやっていたが」
一度、母親から塾行きを打診されたことはあったが、知らぬうちに話が立ち消えていた。
「お兄さんとの仲はどうなの?」
「良くも悪くもないな。大分歳が離れているし、親戚みたいなものだ。比べられるということもなかった」
「それはいいわね。ウチは比べられまくりよ。妹にすら抜かされちゃってって」
それは辛いな。何か気の利いたことを言おうと一刻黙っていると、茉莉香が座っていたソファから足を投げ出し、ぱたぱたとやりながら感慨深げに言った。
「ま、もう気にしてないけどね。鷹丸が、ガツンと言ってくれたし」
さすが鷹丸くん。
「このソファね、私と鷹丸が持ち込んだの」
絶対に茉莉香の筋力など消費されていないだろうが、頷いておいてやる。
「最初は真白と三人で。でもあの子はあんなんだから実質私と鷹丸二人だけみたいなもので、いろいろ付き合わせちゃったわ。嫌々言いながら、結局一緒にいてくれたけど」
さすたか。
「あいつにはいろいろなものを貰ったなぁ。私にとってはね、このソファが鷹丸から最初に貰った、一番大切なものなの」
そう言って、えへへ、と、はにかむ茉莉香の笑顔を、眩しく思った。
何か相槌を打とうとして、俺は「そうか」と言っておいた。
※※
うむ、詰んでいる。
俺の恋心のことだ。KOI-GOKORO。松本に相談するまでもない。無理である。俺がよしんば
何しろ鷹丸くんが完璧すぎる。どうしたら生まれてくるのだこんな心技体の揃ったイケメンが。
そしてそんな男を心から尊敬している俺である。本当にもうどうしようもない。
「なぁ、カミ。最近、変わったな」
「え?」
ギターの練習という名の雑音大会の最中、家持に言われた。
「随分優しくなったんじゃないか」
その視線の先には茉莉香がいた。
そこまで露骨に態度に出ていたか。
ばれてしまったのなら仕方がないな。
俺は冷静だった。
何故なら、どうやら当の本人にはまったく気付かれていないようだったからだ。
「何言ってんのよ家持くん、雅人はずっと優しいわ」
「……」
「ね?」
案の定、何の含みもない笑みをこちらに届けてくる。
なるほど、分かったぞ、鷹丸くん。こういうところに惚れたのだな。
俺の見込んだ男だけはある。女の趣味も抜群だ。さすたか、さすたか。
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