1-2 新生徒会・旧生徒会

「会長……神崎かみさき先輩!」


 気が付くと、目の前に芳野よしの由乃ゆのの大きな黒目があった。色はというと、超、怒っている。


「ヨシヨシ、顔が近いぞ」


「ずーっと呼んでるのに返事をしない方が悪いですっ。何ボーっとしてるんですか?」

「昨日映画を観てな。その考察サイトを巡回していた」

「し・ご・と、してください!!」

「もう終わったぞ、ほら」

「へ? ……へぇ、ちょっと見せてください」


 作業していたPCを見せると、由乃の表情と目の色が目まぐるしく変わっていった。感心、からの驚愕、そして呆れ。心外だった。


「会長、これ、ただ単に部の備品要請にノーチェックで電子決済はんこ押しただけですよね」

「チェックはしたぞ」

「読んだだけじゃダメ! 検討をしろって言ってるの!! あ、すみません」


 言葉が荒れたことをすぐに謝罪してきたが、俺はそもそも敬語も会長呼びもいらないと言ってあるので気にしない。


「ねぇ、カミさん」

「どうした? サンサン」


 庶務の山県健三やまがたけんぞうが作業の手を止めて発言した。最初は同じ読みが続くので「ケンケン」と呼んでいたが「小学生のときそれでからかわれた」というのを聞かされ、「サンサン」になった。「ちょっと華やかになった」と喜んでいる、素直で気の良い男である。


「何の映画を見に行ったの?」

「ドラえもんだ」

「「「「ドラえもん」」」」

「ふふっ」


 俺は笑った。斉唱ユニゾン。新生徒会役員たちも仲が良くて大変よろしい。


「小さい頃からの年中行事みたいなもので、やめられないんだ。それに、今年のはかなり名作だった。明日も観に行こうと思ってる」

「会長は今もちびっ子ですけどね~」

「シャンシャンはもっと小さいけどな」

「む~!!」


 会計の花香か・かおりの子供っぽい声に大人げなく返す。


 頬を膨らませる少女のサイドテールを書記の佐倉さくらはじめ、通称サクサクが「まぁまぁ」と撫でてなだめる。正直、ここまでくると、全員に渾名を付けてやらないと可哀想だという義務感が出てきていた。


「そう言えば、主題歌がストレイキャッツでしたね。ついにメジャーデビューって、ニュースでやってたな」


 朔は言うと、PCから当該の曲を呼び出し、流し始める。インディー魂の抜けきらないギター・ベース・ドラムのシンプルなアンサンブルが、部屋を満たす。


「ちょっと朔! アンタほんとにマイペースな……って、会長泣いてる!?」

「……泣いてない」


 とは言ってみたものの、昨日からこの曲を聴くだけで反射的に涙が溢れてくるようになってしまっていた。


「グスッ、良かったなぁ……のび太がちゃんと生き返って、未来が一巡したあとの世界でも頑張れよぉ」

「「「「どんなあらすじ!?」」」」


※※


 生徒会は相変わらず多忙だ。


「じゃあ、私と朔はそろそろ情報海オーシャンの見回りに行ってきます。会長はちゃんとサボらずにやっててくださいねっ!」

「はいはい」


 由乃が勝気に朔を引っ張って出ていくと、俺は一息ついた。卒業式から一週間が経ち、学校は平常通り、再び騒がしくも楽しい日常へと戻っていた。


「あー、会長それ、いいな~」


 トッポを取り出した俺を目ざとく香が見つける。少し年齢よりも幼いが、会計の仕事を任せたら右に出るものはいない。トッポを渡しながら「うるさい副会長もいなくなったし、もう帰っていいぞ」と言う。


「いいんスか」

「やったー! ケンゾー、帰りにアイス食べていこー」

「よし、行こう」


 少し及び腰だった大柄な身体が、即座に帰る体勢をとった。先ほどの由乃が朔を尻に敷いている関係性といい、こちらの生徒会も、一波乱ありそうだ。どうかドロドロしたものにはならないでほしいと願う。


「―――さて」


 無論、早めに返したのには理由がある。


 先ほど窓の外を見ると、よく知った顔が三つ、校舎に入ってくるのが見えた。


 恐らく、俺の客だ。


神崎かんざき!!」


 そして、案の定、怒気をはらんだ成瀬なるせ梨子りこの声と共に、生徒会室のドアが開いた。


神崎かみさきだよ、梨子ちゃん」


 その後ろにいた白石しらいしのぞみが訂正する。


「どちらでもいいですよ。ようこそ御三方、今日は、どんなご用件で?」

「白々しいことを!」

「梨子」


 真壁まかべ啓吾けいごの落ち着いた、しかし低い声に、成瀬が少しひるむ。


「いや、いいんです。確かに、白々しかったですね。すみません」

「何故来たのかは、分かってるってことだな」

「まぁ、立ち話もなんですから、座りましょう」


 俺はそう言って、御三方を例の円卓会議風の部屋に案内する。


「懐かしい、けど、こうして会長の席から皆さんを見るのは新鮮ですね」

「ンなこと言って、結構堂に入ってるじゃねぇか」

「そうですかね」


 真壁のお世辞に微笑みを作ってから、俺は成瀬、白石、真壁の目をそれぞれ五秒ずつ見て、話す言葉を決めた。


「……が俺を好きだって言ってくれたとき、とても驚きました」


 鴻神こうがみさん、とても口馴染みの悪い呼び名だ。


 せめて向日葵ひまわりと呼びたい。俺は無粋にもそう思ってしまう。

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