第1話 「魔王の記憶」
「何らかの術を掛けられてしまったのか、記憶がなくなったようだ。」
鋼華は半裸の女に対して、こう嘘をついて、情報を得ることにした。
「記憶喪失!?」
鋼華は、4匹のモンスターを下げた後、女と一緒に寝室に下がって話をしていた。このサキュバス風の女の名前はルーシアといい、やはり
「なんてことでしょう、きっと最近南方で暴れてるという勇者パーティの何らかの技に違いありませんわ。エルフの一部にそういた秘法を使えるものがいると聞いたことがあります。それがまさか魔王様をピンポイントで狙えるなんて…。」
ルーシアはあっさり信じたようだ。立場的に魔王を疑うなんてことはないのだろう。
「しかし、このことが側近にばれてはいらぬ誤解を生むだけだろうから、君から情報を得たい。できるだけ、今まで通りふるまいたいのだ。」
鋼華はルーシアにさらに嘘を重ねた。
現在地方国立大に通う彼は、もともとつかなくてもいいような嘘までつく性分で、得意なことは「絶対知らないことなんだけど、さも知ってるかのように話すこと」というまるで嘘を誇るかのような男だった。
しかし、今この場面では必要なウソだったかもしれない。
「本当に何も覚えてないんですか。」
「あぁ、覚えてない、僕、いや俺が本来自分をどのように自称していたのかも、俺がどういう存在だったのかもわからない。思わずさっきは自体が呑み込めずパニックになって急に立ち上がったりしてしまった。」
先ほど立ち上がった理由は主に恐怖だったが、多分にパニックも含まれていた。
ルーシアはしばらく考え込んだあと、そして少し涙み話を始めた。
「…記憶が…ないなんて。」
ルーシアは続ける。
「…魔王様は、普通自分のことを私といってました。私と二人きりの時は俺って言いますけど。」
聞いてもいないのに、2人きりの時の話が入るあたり、やはりこの二人には何か関係があったんだろう。だとするならば、ルーシアを味方につけるのはたやすい。しかし逆に最もばれやすい相手ともいえる。
ルーシアは続けて魔王についての話をし始めた。
「ゴーガ様は我々魔族にとっての文字通り王であって救世主です。
四〇年前に先代のライタ=マイセン魔王が勇者に倒された後、我々魔族は北の大地にひっそりと住むことになりました。」
「しかし、今から三〇年ほど前に、隠されていた卵からゴーカ様が誕生したのです。ゴーガ様は見る見るうちに強くなり、我々に力を与え、我々を導いて、ここメンフィス大陸を制圧して魔族の王国を再興したのです。ゴーガ様がいなければ、我々は人間どものペットとなるか動物園のみせものになるかだったでしょう。」
ルーシアの話では、ゴーガという奇しくも鋼華と似た名の魔族の王はまさに八面六臂の活躍で魔族を立て直した男でありカリスマだった。
人間の支配下であったこの世界最北の国メンフィスを、たった1000の仲間を率いて制圧した。
さらにそこにいた人間を殺さず、奴隷として働かせることによって魔族の国を再建させたのだという。
また、減少してしまった魔族の人口を増やすため、人間の母体をつかい魔族とのハーフを産ませ人口増加をはかった。これは魔界の第一次ベビーブームと言われている。今ではハーフを含め魔族の人口は20万まで回復している。
話を聞く限り魔王ゴーガは戦争屋だけでなく、政治家でもあるらしい。
お飾りの王であるなら演じるのは簡単だが、こうなるといつまで嘘をつきとおせるのか、鋼華はかなり不安になった。
「ゴーガ様は、人間どもの慰み者になっていた私も助けてくれたんです。あの時のことも忘れてしまったんですか?あのときから、私はずっとゴーガ様にお仕えすると決めています。」
ルーシアは思い出を忘れてしまってることを本当に悲しそうにそういった。
(なんだか、いい魔王だなぁ。)
と少し思ったのは否定できなかった。
「それで、あの4人は、四天王か何かだろうか?巨人と、竜、そして魔導士、亀」
「それも忘れたんですか。魔王を支え、そして人間界を制圧する組織として先日作ったばかりの六魔団制度じゃないですか。」
「六魔団?」
「泣き虫で甘えん坊だけど、実力はナンバーワンの竜軍団団長ドラゴンのヴォーグ。」
「ドラゴンなのに泣き虫なのか」
「そして、無口だけど誰より魔界を思う頼れる巨人、力の軍団団長ダンヒル。ダンヒル団長は最大5mまで大きくなれます」
一つ目巨人のダンヒルは2mから5mのサイズの調整が可能である。常に大きいままだと不便なことが多いので魔界の巨人族は調整能力を身につけたのだという。
「それから、かっこつけるのが趣味の魔導軍団団長のクールさん。」
全身が緑色の魔導士クールは、何でもかんでも自己アピールをする性格らしい。
「あとその他のモンスターを全部まとめてる、なんでも軍団の団長のミネさんです。」
ミネは固い甲羅をもっていて魔界一の守備力をもち、また忍耐力も誰よりもあるという。ただし、年齢はまだ若いらしい。どう考えても、何でも軍団というのは雑なつくりだろうと鋼華は思ったが、だからこそ忍耐力のあるやつが団長になったのだろう。
「で、あと二人は?」
6魔団らしいから、今日姿を見せていないだけだろうか。
「まだ、いません。」
とんでもないことをルーシアは言った。
「じゃあ、四天王でよかったんじゃないの?」
なぜ、わざわざ六にしたのだろうかと鋼華は思わざるにはいられなかった。
「そんなこと言ったって、ゴーガ様が六がいいって言って、見切り発進で組織を作ったんじゃないですか。なんで忘れたちゃったんですか。」
ちょっと甘えた声で、ルーシアは言った。
「そんなこと言っても、記憶がないからな。」
記憶がないっていうか、鋼華は知らないのであるが。
「あとの二人は人間どもと戦ううちに見つけていくって言っていました。そのうちの一人は人間とのハーフから選出したいとも。」
「そして今日は人間界完全制圧作戦の最初の会議だったんです。それなのに、全部忘れちゃうなんてっ」
ルーシアは本当に悲しそうだった。ルーシアからしたら今までの魔王との歴史がリセットされたのと同義だから無理はないだろう。
しかも今魔王はその実、全くの偽物なのである。
「ルーシア、そうか、じゃあ今日はこれから、その会議をまたやるためにみっちり一晩中この世界のこと、魔界のこと、魔族のこと、全部教えてくれ。」
なるべく早いうちに全容を把握しておかなければいけない、今頼れるのはルーシアだけだった。今鋼華に必要なのは魔王になりきるための情報である。
「もちろん、どこまでもお教えいたします。」
「頼む、いまはルーシアだけが頼りだ。」
鋼華がそういうと、ルーシアはこくりとうなずいた。そして付け加えた。
「…一つ忘れてます。」
そういって思い切りなまめかしい表情をルーシアは見せる。そして、
「まず私のこと‥‥、思い出してください。」
といって、キスをした。
ルーシアのキスはとても柔らかく、そしてひんやりしていた。
こうして鋼華の魔王生活が始まった。
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