「世界大戦」編

第27話「前兆」


鋼華がこの世界に転生し、魔王になってから一年が経過した。

 

長かったようで、短かったようで

 何かなしたようで、なにもなしてない。


  鋼華の1年を簡単に振り返っておこう。


 まず、コルド帝国のクーデター鎮圧に協力して勇者コロナを倒し、コルド帝国を実質上の植民地にした。

 そして、ママオラ海峡の監視台に調査に赴き、シャフト軍に遭遇シャフトの新兵器を撃破した。

 次に、工業国である民主主義国家シャフトにおいて、魔族シンパの大統領候補ロバート=ギアを選挙に勝たせ、これまた実質的に魔族の支配下においた。

 

 そしてつい先日、コルド王国に温泉とスキーが楽しめるアリベシリゾートが完成し、また艦艇を3隻作ることができた。

 魔王としての実績はこのくらいである。


 このくらいといっても、魔族にとって当面の危機となる国は、ほぼ権力を掌握できたので、はっきり言ってこれ以上鋼華にすることはない。


「このままのんびりリゾートでルーシアと遊んですごしたいなぁ。」

 ぼそっとそんな本音が漏れてしまう。


「現実に戻ったって、テストとか就活とかめんどくさいし、結婚できるかもわかんないし、このまま魔王として過ごすのも悪くないよなぁ。」

 自分の出身大学ではそこそこの就職先だろうし、仕事もめんどくさいし、何よりルーシアよりいい彼女見つけられるとは思えない。

 

 考えれば考えるほど、今が最高なんじゃないかと思えてきた。生粋のゲーマーである彼はゲームができないことだけが残念だったが、実質上シミュレーションゲームやってるようなものだし、いいかなと思った。


「なに、ぼそぼそ言ってるんですか。」

 アリベシリゾートのVIPルームのテラスから外を眺めていると、後ろからルーシアが抱き着いてきた。

「…いやなんでもないよ」


「シューカツってとかって言ってましたよ。」


「あぁーほら、キューって変な魚いるじゃん。あれのカツとかっておいしそうだなと。」


「ええっ!あの目が9個あるやつですよね…。絶対美味しくないです。」


「そうかもな。」


「…最近、なんか魔族らしくないですよね私たち?」


「そうか?」


「だって、全然人間と戦ってないし。それにいいんですか?全然ゴーガ様の記憶戻らないですけど…。それに、力も戻ってこないし。」


「…このままでもいいんじゃないか。」


「えっ、でも…。人間を全部支配しないと…。」


「何のために?」


「…それは先代の魔王の復讐です。そのために我々はいま力をつけてるんじゃありませんか?」


「はじめはそうだったかも知れないが、今我々魔族は十分幸せじゃないか?」


「それは…、私とかは幸せだし、サーキュレートのみんなも楽しそうだけど。」


 といってるうちに、ルーシアもよくわからなくなってきてしまった。


「…あれ私たちは、なんで戦ってるんでしたっけ?」


「…自分の居場所を作るためだな。」


 先代勇者に負けてメンフィス大陸の片隅に追いやられた魔族たちは、魔王ゴーガの力でメンフィス大陸を取り返して、いまでは領土を大幅に拡大した。

 

そして正直それで十分である、これ以上望むことはない。


 魔族が生活するに十分な土地がある。

 さらに、不満が出ないように鋼華はリゾートを作り福利厚生まで整えた。

 今、魔族は命を張ってまで何かする必要があるだろうか。


「でも私は、人間に恨みが…。」


「俺といる時までそれを思い出すか?」


 ううんと、ルーシアは首を振った。


「恨みなんてそんなもんだよ、今が幸せな方が大事さ。」


「…そ、そうですね。なんか私もそう思います。でも、魔王様はほんとに変わってしまいましたね。こういうことになるとは思いませんでした。」


 そうして、鋼華とルーシア、魔族たちはそれぞれの幸せを見つけてこの世界を生きていくのであった。









 バタンッ!!

 と突然扉が開いて、開いた先にはピアニッシモがいた。


「ちょっと、ちち繰り合ってる場合じゃないですよ!!ゴーガ様、デザス王国がシャフトに対する石油の輸出を停止することを発表しました。」


「何!?」

 慌てて、ベッドから上半身を起こす鋼華。隣のルーシアもつられて起き上がる。


「さらに、アサマ連邦が勇者アサヒの名で、シャフトに対して宣戦を布告しました!」

 ピアニッシモは、アサマ連王に潜伏しているダークエルフからいち早くその情報をキャッチし、すぐに鋼華に連絡に来た。

 こういう時のために常にピアニッシモはゴーガの近くにいることになっている。

 ホテルのVIPルームの隣はピアニッシモの部屋だ。


「すぐファウストに戻る!それから、シャフトのギアに連絡だ。可能な限り、艦艇を展開させて、領土への侵入を防がせろ」


「そして、本国も連絡だ。可能な限りデザスの竜以外の竜を全部シャフトに向かわせるんだ!それから…。」

「そんな一辺には無理です――、いまシャフトのエルフに合わせてますから待ってください。」

 矢継ぎ早な要求に、ピアニッシモは少し怒ってる。


 ダークエルフのテレパシーもそんな便利ではない。通信相手を探すのに少し時間がかかるのだ。

(こういうのは時間の勝負なんだ。急がないと、こういう時のために身の回りに通信スタッフは何人か置くべきだった。)


 ファウストへ移動しながら、通信をする一行。


「次の指示どうぞ。」


「コルド皇帝にも連絡だ、直ちにアサマに向かって宣戦布告させろ!」


「分かり…えぇ!宣戦布告するんですか。」


「いいから!」


「はい!」


 詳細は聞いてないが、アサマの宣戦布告はシャフトがコルドと同盟を結んだことに起因してるんだろう。コルドは無関係じゃない。


「OKです。べベルに伝わりました!次どうぞ。」


 デザスの禁輸のタイミングで、アサマの宣戦布告。

 無関係なわけはないと鋼華は感じていた。


「また本国メンフィスだ、ダンヒルとクールをデザスの砦に向かわせろ。編成は任せると伝えろ。」


「分かりました。」


 言うまでもないが、各国にダークエルフは配置されており、ピアニッシモは彼らに魔王の命令を伝え、受け取ったダークエルフがそれを、その現場のトップに伝える。

 電話のないこの世界では、これが最も早い伝達手段である。


 どのみち、今この状況では非常に多くの負担が、ピアニッシモにかかる。

 すべての通信チャンネルを把握し、相手に情報を伝えながら、シャフトやアサマのスパイからの情報も聞いてなければいけない。思った以上につらい作業なのだ。


「次はファウストのエコーだ、私がそっちにつくまでに、アサマ侵攻の準備を済ませろと伝えろ。」


「…っ了解です。」


 そして一通り指示を済ませた後、鋼華は思った。


 「これは世界大戦になる」と…。




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