第8話「勇者コロナの剣」

 魔族の襲撃によって一気に片が付くと思われたクーデターだったが、勇者率いるクーデター軍は予想以上の粘りを発揮した。


 まず、ドラゴンに対して無力だと思われた義勇軍だったが、義勇軍の中に弓の名手ミンティアが率いる部隊があったことが幸いし、ドラゴンに臆することなく部隊を整えて矢による牽制攻撃に成功していた。


「たった3匹のドラゴンでこのミンティアの矢に勝てると思わないことよ。」

 ミンティアは、かつてコルド王国の弓矢の指南役でありすでに引退していたが、

 この度の義勇軍参加に先んじて、5000以上の市民たちに弓矢術を指南していた。

 その見事な指導によって、同時に1000以上の矢を間を開けずに放つことができる。

 今、3匹のドラゴンの足止めに成功していたのだ。


 さらに、はじめこそオークの軍団におびえ逃げまくった市民たちだったが、冷静さを取り戻すと果敢にオークに立ち向かっていった。数では市民の方が上、集団戦法によってオーク討伐を可能とさせていた。


 ここに魔物たちの誤算があったのだが、義勇軍たちは想像以上に空腹であった。はじめこそ脅威であったオークたちだったが、豚に似てることも相まって、そのうち市民たちには食料にしか見えなくなっていったのだ。

 そうなれば、オークは脅威ではなくただの餌である、市民たちは、脅威に立ち向かうのではなく、積極的にオークを狩りに行ったのだ。


 ___今日は豚肉パーティだ―!

 ___久々に腹いっぱい食えるぜ――!


 まさかただの市民にてこずるという展開に、クーデター殲滅戦を指揮していた団長ミネは焦りを隠せずにいた。


「まさか、ここまで空腹状態の人間が手ごわいとはの。戦力をケチってオーク中心の編制にしたのが裏目に出た。竜団長ヴォーグも3匹しかドラゴンを貸してくれんかったし。」


 クーデター前の夜、ミネとヴォーグの間ではこんなやり取りがあった。



「貸してって、簡単に言うけどさぁ。魔界のドラゴンは15竜しかいなくて、そのうち、5竜はまだ子供なの知ってるでしょ。ゴーガ様の命令で3竜は貸すけどさ。少しでもケガしそうだったら引きあげるからね。」


「せめて、5竜を貸してくれんかな。」


「だめだよぅ、僕だって、デザス王国方面の警戒の仕事あるしさ。3でも本当は嫌なんだからさ。大体いつも僕の軍から借りるだけ借りるくせに、ミネは何も貸してくれないじゃんかよ。」

 もっとも、1竜で通常のモンスターの500匹分の仕事をするといわれてるので、ヴォーグがミネから何かを借りる必要などないのだが。


「それは、その…。今度クジラをたくさん送るからの。」


「それは当たり前でしょ。クジラ1年分で今回の3竜の貸しだからね。」


 そんなやり取りがあった結果、弓矢の攻撃が強力とみてドラゴンは早々に引き上げてしまった。もともと、大したやる気がなかったせいでもあるが。

「まいったのう、わが軍は正直寄せ集めじゃからなぁ。」


 なにより、ミネを困らせていたのはやはり何といっても勇者コロナそのものの存在であった。


 勇者コロナの必殺技は氷結剣、自分の身の回り半径2m周囲の物体をすべて凍らせるという驚異の技を持っている。ある程度連発することまで可能。

 

凍らせるものに例外はなく、なんと炎までも固めてしまう。


 それゆえに、2mより外からの遠距離攻撃でも気づかれれば、凍らされてしまいダメージを与えることはできない。実質半径2mが勇者コロナの絶対領域となっていて、誰も近づくことができないでいた。


 実質勇者コロナ一人にミネの軍団は足止めを食らい、ジワリと戦力を削らされていた。


「我に続け――、魔物など恐れるにたらず!わが力で、氷結魔獣にしてくれるわーー」

 ______________コロナ様―――――――!

 ______うぉーーーーーっ!


 クーデター軍は徐々に勢いを増して、さらに、帝国本隊にもうすぐ届くところまで兵を進めていった。

「魔界と手を組み外道に落ちた皇帝め。悪は滅びるのだと教えねばなるまい。」

 勇者コロナはさらに魔物を凍らせ続ける。


 この情報はピアニッシモを通じて、鋼華にも届いていた。


 ダークエルフであるピアニッシモの特殊能力はテレパシー能力で、ダークエルフ同士ならば情報伝達が可能なのである。それゆえに、ダークエルフは情報伝達部隊として配置されている。ピアニッシモは最もその有効範囲が広く、相手によっては世界中のどこでも通信が可能なのだ。


「ゴーガ様、コロナの氷結剣をどうやら攻略できずにいます。」


「氷結魔獣とはうまいことを言うなぁ…。」


「なんで感心してるんですか。何とかしないと。」


 (正直作戦は思い浮かんだんだけど、勇者に負けてもらうわけにもいかないし、このままクーデター成功したほうが僕には都合いいんだよなぁ。)


 ということもあり、鋼華はその作戦を保留していた。

 そもそも、ミネの軍団を派遣した理由も一番弱いからである。

 負けてよしと思っていた。


「うーーん、困ったな。」

 悩んだふりだけをする鋼華。


「このままクーデターが成功すると、新コルドとシュタントは同盟を結んですぐ魔界を攻めようとするでしょうね。どちらも魔族討伐を最重要項目としてますから」

 とピアニッシモが分析を始める。


「そうね。」

 ルーシアもそれにうなずく。


 いまさらながら、当たり前の事実に鋼華ははっとした。

(…そうか、僕は馬鹿だ。なんで勇者を味方だと思ったんだろう。このまま勇者がクーデターに勝てば、彼らは僕の命を狙ってくるんじゃないか。僕は魔王だったんだ。

 勇者コロナと率いる新コルド軍、さらに魔法の国シュタント王国が攻めてくるとなったら、勝ち目などない。くっそ、そうなったらばれるばれない関係なく僕は死ぬ。)


 鋼華は気づいてなかったが実は、このクーデターは魔族にとって節目の戦いであった。コルドとシュタントが反目してたからこそ、魔界との戦力バランスが拮抗していたが、ここが安定するとすべての国が魔族征伐で一致する可能性を秘めていた。


(仕方ない‥。)


「ピアニッシモ、作戦がある。ミネに伝えてくれ。」




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