第9話「コロナ散る」

「魔物など恐れるに足らず――。」

 コロナは無尽蔵の魔力なのか、氷結剣によりすでに500近くの魔物を行動不能にしていた。

 今回ミネの何でも軍団の総数は5000人である、少ないようであるが魔物一人で兵士5以上の力はあるので、義勇兵といえど訓練をしてない一般国民相手ならば、本来十分戦える能力であった。(それでも、義勇軍の数は想定をはるかに超えていたが。)

 

 その計算で行くと、勇者コロナは兵士にして一人で2500人分の仕事をしていることになる、正に一騎当千であった。

 

 一方ミネ団長、団長としてはすでに戦力の2割以上を失っており、(オークたちも500程度義勇兵にやられてしまった。)そろそろ撤退を考えなければならなかった。

 とはいうものの魔王の勅命を受けてクーデター鎮圧を命じられている以上、安易に撤退もできないという難しい立場である。


「勇者さえ、勇者さえ何とかなればのう…。」


 思えば1ヶ月前にも、世界の最南端アサマ大陸の要塞を勇者アサヒに奪還されており、ミネはとことん勇者にやられていた。

 今回しくじれば軍団長として責任を取らされること必至である。


 となやむミネのもとに情報係のダークエルフから魔王の伝達がきた。

 魔王の作戦を実行せよと。


         ◇      ◇


「魔物たちよ、今回はずいぶん図体のでかいやつらで挑んできたな。」

 勇者コロナの周りは、体長2mで鋭い爪が特徴の熊型魔獣ダークベアー3匹によって取り囲まれていた。


「無駄なことだ、どんな大きな敵だろうと凍らせるのがわが氷結剣」

 氷結剣はかつてドラゴンですら凍らせたことがあった。


「もし仮に、でかい図体を凍らせることで私の周りに壁をかもしれんが、凍った敵を砕けばいいだけだ。氷結剣をなめるなよ。」


 そうして、3匹のダークベアーが同時にコロナに襲い掛かった。

「むんつ!」

 2mまで近づいた瞬間、ヒューーーーーっと音を立てて氷結剣は発動し、

 瞬間にダークベアーは、凍り付いて動きを止めた。


 しかし同時に、3匹のダークベアーで囲んだ空間の内部全てが、凍りついた。

 そう中心部にいた、勇者コロナもろともに凍りついたである。


 勇者コロナはなんと氷結剣発動とともに、自分自身も凍りつかせてしまったのである。


「勇者様そんな!」

 近くでモンスターと戦闘していた元第一部隊の隊員たちとハイムリックが心配そうにそちらに目を向ける。勇者たちにとって思わぬ事態が起きた。


ミネはその一部始終を見ていた。


「さすが、魔王様こんな作戦を思いつくとは…。ミストには悪いことをしたがな。」

 ミネは部下に祈りを捧げながらそう言った。



 ピアニッシモから鋼華が氷結剣の性質を聞いたとき、疑問に思ったことがあった。

中心部にいる勇者はなぜ凍らないのか。

 いやそのこと自体は大した疑問でもない、自分が凍らないようにするのは当然の配慮だろう。

 だが、もし自分を覆う周囲半径2cm程度に凍らせる物質がある場合はどうなるのだろうか。

 取捨選択をしてそこだけは除外するということが果たして出来るだろうか。

 

おそらく、その物質ごと凍らせてしまうに違いない。

 

 そこで、ダークベアーをおとりに3匹の周りを、10体の気体型生命体のミストによって覆わせた。

 ミストたちは単体では全く攻撃力がなく、たいして役に立たない。気体なのでやられることもないのだが、攻撃手段がないのだ。

 ただ、鋼華がルーシアに魔物一覧集を見せてもらった時になぜかこいつらのことは記憶に残っていた。

  こいつらの主成分は水分だった。


 ダークベアーがコロナに近づく瞬間、ミストたちはコロナにさらに接近して覆いかぶさろうとした。


 つまりコロナが氷結剣を発動した瞬間、コロナの周りは完璧にミストによって、つまりは隙間なく水分によって囲まれていたのだ。

 それらは氷結剣によってすべて氷のかたまりとなり、コロナのまわりのすべては身動きが取れないほどの厚い氷で固められてしまった。

 2cmの隙間があるとはいえ、体の周りを氷で覆われたらどうにも動かしようがない。


 幸い周囲が雪に振られて天候状態も良くなかったおかげで、作戦前にミストが気づかれることはなかった。


「技におぼれたの、勇者よ。」

 氷漬けになった勇者を、遠くから見ながらミネはそうつぶやいた。



 しかし、ここでコロナは笑った。


「…いい作戦だ、氷結剣を利用するとはな。しかし凍らせるなら、私に口を開くスペースなど与えるのではなかった…。」

 もちろん氷づけになってるためこの声は外には聞こえない。


「どうやら私の能力が氷の能力者だと錯覚したようだな。」

「私の名前はコロナ、本来氷とは真逆の、熱い炎を操る勇者よ。」


 そういって、コロナは気をためた。

(口さえ動けば十分よ。思い切りの炎を見せてやるぜ)


紅蓮の炎こそ真の勇者の怒りプロミネンス!」

 

 数秒後…


 ズガ―――――――――――――――――――ンツツツツ!!


 詠唱が済んだ瞬間、ものすごい爆音とともに、コロナを覆っていた氷と周りの熊たちは粉みじんとなった。


 爆音に周囲にいた人間、モンスターそしてもちろん軍団長のミネも爆発の方向を注視した。


「さすが勇者様!」

 コロナの本来の技を知っているハイムリックは、嬉々とした表情で爆心地に目を向けている。


 しかし、煙が去った後、爆心地には誰も立っていなかった。

 勇者コロナはどこにも姿を見せなかった。

 ハイムリッヒの頭上に勇者がつけていたと思われるマントの切れ端が降り注いできていた。

 「勇者様―――!!」

 ハイムリッヒの悲痛の叫びが、周囲にこだました。


 勇者コロナは爆発とともに散ったのだった。


 ◇    ◇    ◇


 数刻後、

 鋼華はピアニッシモからコロナ爆死の報告を受けた。


「ルーシアは、メタンハイドレートって知ってるかい。」


「いえ、存じません。」


「メタンハイドレートは燃える氷って言われてる。まぁあんま関係はないけどな。

俺はミストの情報を見てたら、主成分にメタンが含まれてるんじゃないかと思った。メタンじゃなくても可燃性の何かが。」

 魔物の間ではミストが近くにいるときは火気厳禁であると有名らしい。


 ご存知の通りメタンは可燃性の気体である。そもそも100%水分の生命体がいるわけがなく、少なくとも有機物が含まれていて、ミストもそれが例外ではなかった。

 ミストの体には可燃性の物体が含まれていた。

もっとも、水分と同時に存在してるので、通常簡単に発火したりはしない。


 ただし、水とメタンを同時に加熱すれば先に気化するのはメタンである。

もっと言えば凍らせた時点で、水だけが凍ったのであって、メタンは凍らず気体のままだった。

 コロナが炎を出したとき、氷の中の空間は純度100%のメタンであった。

 そこに引火した結果、今回のような結果になったのだ。


「名前がコロナって時点で、氷の能力はおかしいなと思ってたんだが、案の定火の能力を使ってきた。爆死したミストには悪いが、まさにこのためにいたモンスターだったな。」

 正直爆破に関してはただのラッキーだったのだが。


(それにしても、氷漬けで終わると思ってたのに、まさか爆死とはね…。勇者コロナよ申し訳ない…。おそらくまともに戦ってたら、僕は死んでた。)


 鋼華は静かにコロナの冥福を祈った。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る