第44話「最強」

 勇者オリオン奪取作戦が行われていたころ、コルド領内「ファウスト」要塞においても動きがあった。

 例のシュタントからやってきた、たった1000人の部隊の話である。


 結局この部隊は、これを討伐にきたミネの部隊たちと出会うことはなかった。

 

 ミネたちはこれが、コルドに向かうと判断し、コルド帝都を目指したが、

 この1000人の部隊はまっすぐ、ファウスト要塞にやってきたのであった。




「ということで、初めましてこの要塞のあるじ君、勇者ハイネケンです。」


 ファウストを任されていた魔導副団長ケントの前に、勇者ハイネケンと名乗る男はたった一人で立ちはだかっていた、そして手寧なあいさつをした。


「…たった、一人でここまでたどりついただと…⁉]


 この要塞には、50000以上の兵がいる。むろん全部を倒す必要などないが、一人で侵入してここまでたどり着くなど、通常不可能である。


「んっ、ひとりってこともないけどよ、弱っちいんだよここの部隊。いつから、魔族はこんな腑抜けになったわけ?倒すの少し気の毒に思ったぜ。」


 勇者と名乗るこの男は、先ほどの丁寧な言い方とは、一転してフランクな物言いになった。



 <1時間ほど前、ファウスト要塞正門にて>



「て、敵の部隊やってきました。」


「なんだ、哨戒に当ってた部隊は?」


「ぜ、全滅です。」


「…あ、相手はたった1000の部隊だぞ、何やってんだ。」


 身構える門周辺を警護するアームドタートルたち、ミネ直属の防御力自慢の魔族で、門の周りには2000人ほど配置されている。

 そこに向かって、勇者ハイネケンはまっすぐ突っ込んでくる、不敵な笑みを浮かべながら、まったくひるむ様子もなく。


「あんま、見たことない魔物だなぁ…さしずめ防御自慢ってとこかな。まぁ、あんま関係ないけど‥‥。ケガしたくなかったら引っ込んでてねぇ。」


「うるせぇ、こっちの数を見て言ってんのかよ。いい度胸してるぜ。」


わが最強の剣に名はなくノーネーム


 そういって、勇者ハイネケンは手に長さ5m以上ある大きな炎の剣を作り出した。


「どいてくれるかな?」


「うるせぇ、見掛け倒しだ。全員かかれ、俺らの甲羅を貫けるわけがねぇぜ。」


 100ほどの亀たちが、勇者に向かって一斉に剣を振りあげてかかっていった。


 そこに向かって、勇者ハイネケンが炎の剣を一振りすると、まともにそれを食らったすべての亀たちが、一瞬にして灰になった。

 

 飛んだり、かかんだりしてかわした亀たちでさえ、当たってないのに体の一部をその熱で損傷した。


「な、なんだよ。あんなんありか…。道理で勇者の周りにいる人間どもが近くに寄らずに後方に待機してるわけだ‥‥。」

 アームドタートルのリーダーは、その力におびえながら、部隊にうかつ近寄らないように指示、そして要塞内へと伝令を出す。


「そうそう、近寄らない方が賢明だぜー。」


 そういいながら、剣を振り回しながら、まっすぐ門に近づいていくハイネケン。


 アームドタートルたちはそれに触れないようにしながら、道を開ける。


 すると、勇者ハイネケンに向かって、無数の貫く水流ハイドロレーザーの攻撃が勇者を襲った。

 魔導部隊による攻撃だ。

 しかし、水流の攻撃は、勇者に届く前に、すべて炎の剣の熱で蒸発した。


 「おしいねぇ。まぁ届いたところで効かないけどね。」


  そして、一度炎の剣をしまうと、今度は両手のすべての指に炎を集中させて、空中の魔導部隊に向かって、腕を振り下ろした。


 10本の指すべてから、炎の竜が飛び出して、空中を踊りまわった。魔導部隊はその竜にすべて飲み込まれていく。


「ばかな、何でもありじゃねぇか。」

 生き残った魔導部隊は慌てて、要塞に逃げ戻っていった。


「この技、名前つけてないんだよね。なんかいいのねぇかな。」


 魔族たちは化け物としか言えない、勇者を相手に身動きが取れずにいた。



 ◇   ◇   ◇


「簡単だったぜ、ここまで入ってくんの。結構要塞傷つけちまったよ。なるべく無傷で手に入れたかったんだけどね。」


 そういう勇者はあまりにも無防備で、とても魔族たちを震え上がらせたようには思えない。


 先手必勝と、副魔団長ケントは心で魔法を唱えた。


抑制する戒めの風ハイプレッシャー!)


 そういて、見えない強力な気圧の壁が、勇者ハイネケンを取り囲んだ。


「余計なおしゃべりさせてもらってる間に動きを封じさせてもらった。」


 ハイプレッシャーは、強力な風圧によって動きを封じる魔法で、巨人のダンヒルでさえこれを跳ね返せない。


「なるほどね、なかなか優秀じゃん。さすが、ここの長だ。ぜひ名前教えてよ。」

 勇者ハイネケンには焦りは見えない。


「魔導軍団の副魔団長ケントだ。死に行くやつに名乗っても仕方ないがな。」


「ふーーん、やっぱ知らないやつだったわ。じゃぁ心置きなく行けるな。」


 すると、勇者ハイネケンは表情をかえ、気合を入れると、自分を取り囲む周囲の風を逆に吹き飛ばした。

 代わりにその衝撃の風が、ケントや、ケントの周囲にいた魔導軍団たちを襲う。


「な、なんだと!?」


「そんな驚いてくれてありがとうよ、君の風より強い風を俺が内側から起こせばいいだけなんだけどね。」


「俺の風魔法より、強い魔法を使う人間が…。」


「この程度で自分を使い手だと思ってるなら、魔軍団も大したことないなぁ。実に情けない。さて、次はどうする。」

 勇者ハイネケンは、両手を上に掲げ、アメリカ人がやる「どうして」みたいなポーズをとった。


「なめやがって。」


空円斬エアーカッター!」

 場にいる10人の魔導部隊とともに、強力な円状の高気圧の刃を一斉に勇者ハイネケンに向かって投げつけた。それも全員が休むことなく連射する。

 

 ハイネケンのまわりを風の刃が、空間の隙間なく埋めていく。


「いいね、いいね、そりゃぁ確かによけられないし、蒸発もさせられないなぁ。」

 そうは言うものの、勇者ハイネケンは全くよけようともしない。


 そして、すべての空円斬が勇者の体を次々と直撃し始めた。


 キンッ!

 キンッ!

 キンッ!


 と音を立てる。


 しかし、直撃はするものの、勇者ハイネケンは無傷だった。

 キンッ!トいう甲高い音は空気の壁がハイネケンにはじかれる音だった。


 服は破れてるし、多少のかすり傷はあるものの、特に大きなダメージはないようだ。


「実にぜい弱だなぁ。全力の攻撃でも俺にダメージを与えられないぜ。…そろそろこちらのターンでいいかな?」

 そういって、勇者ハイネケンは不敵に笑った。


わが最強の剣に名はなくノーネーム

 

長くて高温の炎の剣を出現させるハイネケン。


「ひぃっ…。」


 おもわず、身がすくみ思わず悲鳴を上げる副魔団長ケント。

 こんな化け物を見たことがなかった、こんな奴にどうやって勝てというのだろう…。

 もはや、戦意を喪失していた。


「…その前に聞きたいことがあるんだが…。答えてくれるケント君?」

 片手に炎の剣を出現させながら、ハイネケンはそう聞いた。


 何も言わずに、ケントはただうなづいた。


「ルーシアはどこだ?」


 勇者ハイネケンはそう聞いた。


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