第3話「魔王はかく語りき」

「突然だが私は魔王の座を降りることにした。」


 鋼華は第1回対人間完全制圧作戦会議において開口一番そう宣言した。


 当然ざわつく、4人の魔団長とサキュバスのルーシア。

 まず口を開けたのは泣き虫ドラゴンのヴォーグだ。すでに声が涙声だった。

「どぉうじでぇーー、そんなこどいうんですかぁ――?」

 ヴォーグは手足をバタバタさせて、今にもこっちに火でもはくんじゃないかという勢いだった。


「そうです、何をおっしゃってるんですか。」

 ルーシアが何を血迷ったのかという顔でこちらに尋ねてくる。そしてゆっくり近づいて、他のものに聞こえないように聞いてきた。


「やはり、記憶喪失のせいですか。」

「そうだ、この状態ではみなを率いることはできない。」

「…でもゴーガ様なしでは私たちは…」


「王!しっかり説明していただきたい。納得がいかぬ。」

 と、二人のささやきを一つ目巨人ダンヒルの声が遮った、低くて渋い声。

 ダンヒルははっきりと怒りを示している。鋼華は心底ビビったが頑張って平静を装った。


「…どうやら何らかの病にかかってしまったようなのだ。身体が従来の動きができるほど、十分ではない。魔王としてふさわしくないと判断したのだ。」

 再びざわつく軍団長たち。

 今度は魔導士のクールが口を開いた。


「魔王様。僭越せんえつながら伺いますが、どのような病なのですか。私共の魔法でも直せないようなものなのですか?魔界一の回復魔法の使い手の私に行っていただければ、直せないものなどないというのに。」


 そのとき、鋼華は選択を誤ったと思った。

 病のうそはすぐばれる可能性があった上、自分の弱みをこいつらに見せたら寝首をかかれかねないと思った。

 病気の王など殺してしまえとこいつらが考える可能性は十分あった。

 もし今、誰かが自分が王になりたい野心を持っていたならば、病の発言だけで十分動機を与えてしまう。

 

 しかしここでルーシアがとっさについた嘘が鋼華を助けた。


「違うのです皆さん、本当は病気などではないのです。卑怯にも勇者たちがかけた何らかの呪いによって魔王様は戦えない体にされてしまったんです。」


 ルーシアは、記憶喪失を勇者たちの仕業と考えていた。ただし、記憶喪失のことを軍団に話すわけにはいかなかったので、戦えない身体だととっさにうそをついたのだった。


 再びざわつく軍団長たち。

 『‥‥なんと卑怯な』

 『‥‥くそっ、またしても勇者か』

 『‥‥ゴ、ゴーガ様、うぇーーーーーん」

 『…おのれ、勇者……』


 落ち着きを取り戻し、

「そうなりますと、勇者さえ倒してしまえば、魔王様は元の力を発揮できるというわけですな。」

 と何でも軍団長の亀のミネが言った

 

 本来相手を殺せば呪いが解けというものでもないのだが、ここではその意見が場を支配した。


「ひっく、ひっく‥‥、勇者の野郎をぶっ殺せばいいんだね?」

 ヴォーグが泣きながら、勇者に殺害予告を出す。


「さすれば、魔王様が魔王をやめる必要などありませぬ。我々の力で勇者を倒しますのでお待ちください。そもそも力などなくても魔王様は魔王様であらせられます。ゴーガ様以外に我々を導いてくれるものなどいないのですから。」

 クールはそう言った。

 どうも絶対的な忠誠を持っているようだ。クールだけではない、軍団長たちからはそれぞれに絶対の忠誠を感じられる。


「魔王、どうか引退など考えずにお待ちいただきたい、必ずこのダンヒルが勇者を倒します。」

「いや、このクールめが必ず!」

「数でいえばわが何でも軍団の仕事でしょうな…」

「おでがぁ、ずぇーーったいに勇者を殺すよぉ――」


 どうやら、圧倒的な熱をもって口をはさむ余地なく、この会議は絶対に勇者を殺すということでまとまったようだった。

 

 魔王を引退するという作戦はかなわなかったものの、自分が最前線に立たなくていいという目的は達することができたので、よしとすることにした。


「みな、すまんな、感謝する。それでは皆の力を信じて、私ゴーガは魔王としてこれからも魔界のみなを導いていこう。」

 とっさに思ってもない言葉が鋼華から飛び出していた。

 

 その言葉に一同が盛り上がる。

「うぉーーーーーーー、ゴーガ様ぁ―――――」

「キャー――――さすがゴーガ様ー」

 湧き上がる歓喜の声。


「勇者を殺すぞ――――!」

 ダンヒルが音頭を取る。

「おーーーーーーーーっ!」

「人間を倒すぞ――!」

「おーーーーーー!!」

「ゴーガ様、ばんざーーーい!」

「ばんざーーーい!」


 こうして第一回の会議はただの総決起集会となった。

 とりあえず、この場は丸く収まったのでほっとした鋼華であったが、

 結果として無実でありその存在さえ怪しい勇者に冤罪がかかったので、少し申し訳なく思った。

 と同時に、自分にタイムリミットがかかったことにも気づいた。

 

 そうもし勇者が倒された場合、自分のうそがばれるということになるのだ。

 ルーシアでさえ、勇者さえ死ねば記憶が戻ると信じている。

 勇者を倒したのに何も変わらない魔王を見た場合それでも、魔族たちは自分を信じ続けてくれるだろうか。


勇者に死んでもらうわけにはいかなかった。

 

 すなわち、鋼華は魔王でありながら、勇者を倒すことはできないという不思議な状況を作り上げてしまったのである。

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