第2話「考える魔王」

「ま、まずい‥‥。」


 昨日の夜にこの世界について大体の情報を手に入れることはできた。鋼華は幸い記憶力のある方だったので、知識については、魔物たちをごまかすことができるレベルにといえる。問題は…。


「ま、まったく、力がない…。」

 

 物理的な戦闘力が全く備わってなかったのだ。


 鋼華は、ルーシアを部屋から帰らせた後、自分の力を試すことにした。


 まずは、単純な打撃力ということで、壁を殴ってみた。魔王なんだから壁を壊すくらいのことはわけがないだろうとたかをくくっていたのだが、壁には傷一つつかず、自分の手が痛むだけだった。


 蹴ることも試したが結果は同じであった。


 爪を突き刺すことも試したが、これについては、多少傷をつけることに成功した。


しかし、包丁を突き刺した方がましなレベルで、わざわざ爪を使うメリットを感じない。多少自分の爪が痛む気がするので、それならば爪を切って武器を使いやすくした方が有意義なように思えた。


 鏡を見る限り体が人間だったときより、確実にからだは大きくなっており、(身長200㎝体重130kgといったところだろうか。)その分力強さは増してるといえるものの、とても魔王的な強さがあるとは思えない。

 

 せいぜい人間の格闘技のチャンピオン位の強さといったところじゃないだろうか。

 間違いなく、一つ目巨人のダンヒルと戦ったら秒殺されてしまうだろう。


 さらに背中にある羽なのだが、これも無用の長物となっているようだ。

なんとか、動かすことはできるのだが、とてもこれで飛べるとは思えない。

実際飛べなかった。

 

 そもそも、自分の体躯で飛ぶためには、この羽の大きさではどうやっても無理なのじゃないだろうか羽の大きさは今両翼合わせて1m位。その3倍はないと飛べないように思われる。


「何のための、翼だよ。」


力がない以上、何らかの魔法とか能力があるのかと思ったが、そもそも魔法がつかえたとしても、使い方がわからない。

「ファイヤー!」

「メラッツ!」

「ほのぉーーー!」

「ボルケーノ―!」


適当に叫んでみたが、もちろん何も起きず、深く念じてみても何も起きなかった。

かなり、いろいろパターンを試してみたが、どれも無為に終わった。


「ま、魔法については誰かほかのやつが使うのを参考にするしかないか…。」


現在のところ、この魔王様は最前線で戦うような力がないということがよくわかった。


「ゴーガ様は切り込み隊長として、自ら人間の兵士たちに挑んでいきました。

あらゆる打撃、斬撃を受け付けず、魔法を跳ね返し、配下の魔物を守りながら敵を100人、200人と倒していくのです。かっこよかったです。」


 昨日ルーシアはそんな風に言っていた。


 そうか、防御力に優れてるのかとおもい、爪を皮膚にさしてみたのだが、あっさり刺さって痛かった。

 まったくもってあらゆる攻撃を跳ね返せるとは思えない。このまま最前線で戦った場合には間違いなく死ぬ。魔物たちに正体がばれた場合も死ぬ。

 魔王は八面六臂だったらしいが、今のゴーカは八方塞がりだった。


「とにかく力がない以上は、自ら戦うことは避けよう。そもそも、王自ら戦場に出向くなんて言うのは愚かな行為だし。よく考えろ、自らの力を出さずに済む状況を作ればいいだけ。」

 今後の展開予想を、部屋でぶつぶつとしゃべる鋼華。


(せっかく軍団があるのだから、軍団を中心に戦わせればいい。将棋の棋士のごとく、駒としてやつらを動かせばいい。)


(もっとも…、そもそも僕には人間と戦う理由がないのだから、早々に敗北を宣言し和平交渉に移るという手もあるのだが‥‥。)


 が、その場合やはり待っているのは鋼華の死だった。

 すでに魔物が大陸を一つ支配してる以上、その責任を取らされるのは必至であり、和平を約束したからといって、魔物の脅威はなくならない。

 人間が魔物を恐れて。討伐に来るのは目に見えていた。

 こういうとき、敵対勢力に譲歩することは決していい結果産まない。


 サダム=フセインがあれだけ従順な姿勢を見せても、結局アメリカはイラクに攻め込んだし、フセインは処刑された。相手がその気になった以上、弱気外交は失策であるといえる。

 日本の歴史でいえば、大阪の陣の時もそうであろう。

 鋼華は学生生活で学んだこういった歴史的経緯を踏まえて、和平に持ち込むのは難しいんじゃないかと考えていた。


(このゴーガっていう魔王は、人間を奴隷として労働力にしていた。つまり、人間を滅ぼすのではなく、植民地化を狙っていたのだと思われる。

 魔物全部にその意識があるとは思えないが、少なくとも魔王はそう考えていただろう。)


 このことは、鋼華にとって救いだったといえる。

 魔王として人間をすべて虐殺する戦いならばとても精神的に耐えきれないが、この状況なら地球上のどっかの支配者に転生したようなものである。

 むしろそれよりは楽かもしれない、こっちは魔族というチート能力を持ってるのだ。あとは魔物側に戦う大義があればもっと、心理的に楽だが。


(戦うことは前提としても、考えてみれば僕が魔王である必要はない。さっきの軍団長の誰かに魔王の地位を譲って隠居するというのはどうだろうか。それによって僕の命は守られるのではないだろうか。)


 鋼華にとって最優先は自分の命である。もっとも、本当の優先順位は元の世界に戻ることだなのだが、現状の事態を整理するのに集中するあまり、そのことはすっかり抜け落ちてしまっていた。


「そうだな、そうしよう。魔王は今日を持って引退する。次の会議ではそれを軍団長の前で発表して、次の魔王を新たに選出させて、僕はなにもしない。」


 自分の命を最優先にした最も合理的な判断だと鋼華は考えた。


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