第41話「奪取」

 処刑される勇者オリオンを救うために三人が、デザス王国に潜入することとなった。

 一人は、サキュバスのペシェ、先日シャフトにおいてマスコミを操るために送られたサキュバスであり、アイドルユニット「サーキュレート」の一人である。

 

 そして、ダークエルフ情報班のイヴ、もともと、デザス王国に潜入していたスパイであって。もっとも肌の色がデザス王国の人間に近い。

 

 最後はコルド公国の諜報部で、通称氷海の女豹と呼ばれた伝説の女スパイ「タチアナ」である。

 タチアナは、先日勇者オリオンを誘惑して、不倫疑惑でオリオンの支持率を下げた張本人である。

 タチアナは今まで数々の国の要人を惑わせてきたその道では有名なスパイであって、多分にもれず勇者オリオンもその色香に惑わされて、先日のゲス不倫報道につながったのだった。


 そんなタチアナが選ばれた理由は、最強の女スパイの名前の通り、戦闘力も異常だからである。極められたコマンドコルドといわれる格闘技によって素手でゴブリンを倒すこともできる。


 さて、そうはいってもデザスに潜入することは容易ではない。

 

 しかし、イヴは長年の諜報活動によって、隠れサーキュレートファンであるデザス王国の王族を何人か知っていた。

 隠れなのは、もちろん表立って敵対する魔族のアイドルなど応援できないからである。


 そこに、諜報班イブは「もしかすると、メンバーのペシェと関係を持てるかもしれない」と話を持ち込んで、王族ルートで首都デザスに入り、そのマネージャーとしてタチアナを帯同させることになった。




「無事、情報が手に入りましたね。さすがサキュバスです。」


「魔族の魅了ってすごいのね、さすがに人間の力では、ここまでの情報を引き出せないわ。」

 タチアナは、感心するどころか、むしろあきれるくらいの感想だった。

「私の瞬間的な愛スプリントラブは長時間意のままに操ることはできませんが、出会ったばかりの人間のいうことを聞かせるのは得意なんですよ。」


 瞬間的な愛スプリントラブは、難しいことは従わせられないが、情報を聞き出したり、瞬間だけ動きを止めたりといった行動ができる。

 まさに潜入向けの能力なので今回のメンバーとして選ばれた。


「ほんっと、うらやましい。そんな能力あったら、私だってスパイとして無駄な苦労しなくてよかったのに。」

 タチアナは非常に悔しそうにしてた。


「さて、ペシェの手に入れた情報によれば、この館の地下に収監されたそうです。」


 今あたりは真っ暗で、3人はデザス首都の片隅にある王族の館の塀の外にいた。

 館の入り口だけが、明かりでぽおっと照らされている。


「入り口の見張りは4人ね、一応手には銃を持ってるみたい。」


「どうやって入るんですか?」


「…そうね。」

 タチアナは一計して、二人に作戦を伝えた。



「キャー――ーっ」

 とイヴがおおきな声を上げた。


 それに反応して、一人の兵士が声の方向に走っていく。


 それを確認して、3人の目の前に、かなり挑発的な格好でペシェが姿を現した。

「何者だ!」

 もちろん、3人の兵士はペシェに向かって銃を構えた。


「あの、兵隊さんわたし、その我慢できなくて…。」


 そういって、ペシェは羽織っていた上着を脱いで、両胸を手で隠すようにした。通称手ブラ状態である。


「くっ、なんだ貴様は…。」

 明らかにおかしいと感じながらも、3人の兵士たちは、動きと股間の勇者をかためてしまった。


 そのすきに、3人の側面から、タチアナが音もなくかけ寄り、一人のあごに走ったままの勢いで膝蹴りをくらわすと、さらにそのまま奥の一人のあごにも肘を叩き込んだ。そうして倒れた2人の腹部に、かかとを鋭く差し込んで気を失わせた。


 そして、もう一人はすっかり、ペシェに魅了されていた。

「鍵わたしてもらっていいですか。」

「は、はい、もちろんどうぞ。」

 言いなりのまま、兵士がペシェに鍵を渡した瞬間、タチアナの腕が兵士の頸動脈に絡みつき、一瞬でしめ落とした。


 一方で、イヴは

「あのぅ、さっき魔物に襲われちゃってぇ‥。」

「それで、魔物はどっちに」

「あっちですけど、怖いんでここにいてください兵士さん。」

「そうはいってもな…。」

「怖いんですぅ‥。」

 そういって、イヴは兵士に抱き着いて泣き出してしまう。


「まいったなぁ‥。…‥‥ぐわっ!」


 そうして足止めをされてる間に、デレデレしてる兵士の頭上に鋭いかかと落としが入った。


「死んじゃいましたか?」

 イブがそう尋ねた。


「まぁ、死んでも構わないのさ。」

 タチアナはそう答えた。


 この後もペシェの瞬間的な愛スプリントラブと、タチアナの驚異的な身体能力を駆使して、敵兵に一発の銃弾も撃たせることなく、3人は勇者オリオンのもとまでたどり着いた。




「オリオン…助けに来たわよ‥。」

 暗がりの中から、声が聞こえる。目を凝らすと目の前には、かつて関係を持った愛すべきそして憎むべきはずの女がいた。


「…タチアナか!?なぜここに。」


「だって、死んじゃうんでしょこのままじゃ、だから助けに来たわ。」


「…いったいどうやって、……魔族の仕業だな。そもそもお前自身が魔族の手先だったんだろう。」

 オリオンは自分の不倫疑惑自体が、魔族によるものだと気づいていた。


「…否定しないわ、ただ、確かな事実はあなたがこのままだと死んでしまうことと、少なくとも私たちは愛し合っていたということ。」


 愛はともかく、このままでは自分が死ぬことは確かだった。

 ここで、イヴも一言添える。

「…魔族のものです。今回あなたを助けろと命令したのは魔王様自身です。ぜひ、あなたを助けて話がしたいと。あなたの開発能力を失わせるのは罪だと申していました。」


「魔王自身がだと…。」


「オリオン、信じられないかもしれないけど、少なくともここを出れば、私たちはもう一度あの頃の夜を過ごせるわ。」


 自分を裏切った女ではあるが、オリオンはタチアナと過ごした夜のことを思い出していた。そして何よりイヴの話が気になっていた。


「よし、いいだろう。俺を連れ出してくれ…!おれも魔王と話してみたいことがあったんだ…。」

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