ドキリと朔の胸が痛む。
姫が家人を気にしているなどと知られれば、そういうウワサの大好きな公家社会だ。あっという間に、色恋をからめた憶測と共に広まってしまうだろう。それを案じて、耳に入らないようにしていたのかもしれない。
ウワサを聞けば、女房らが気にしている者はどんな人なのだろうと、色恋とは別の好奇心で興味を持ってしまう自信が、朔にはあった。
朔があまりにも長く見すぎていたからだろうか。彼は隆俊の家人が去るのを見送った後、朔に親しげな笑みを浮かべた。ドキリと朔の胸が痛む。それに気付いたのか気づいていないのか、彼は軽く頭を下げて、牛車の後ろへ下がった。
彼の姿が牛車の陰に隠れてしまってから、朔は顔をひっこめて胸をおさえた。痛んだ胸が、じわりと熱いものをにじませている。
(どうしちゃったのかしら、私)
彼の笑みを見たときの痛みは、心地よいものだった。痛みが心地よいと思ったのは、はじめてだ。
「姫様。朔姫様。いかがなさいました?」
よほどぼんやりしていたらしい。心配そうな芙蓉の顔が間近にあって、朔は自分の意識が彼にとらわれていたのだと知った。
「なんでもないわ。さっきの子どもに、悪いことをしてしまったと思っただけよ」
朔が笑ってごまかせば
「遊びに来てくれると、いいですね」
芙蓉が安堵したように言い、朔はうなずきながら先ほどの彼の姿を胸に浮かべた。
(名前を聞いておけばよかったわ)
自分の家人なのだから、すぐに名を聞く機会が訪れるだろうと、朔は意識を無理やり彼からひきはなし、今から行う舟遊びに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます