第三章

「疲れたんでしょう。私が、普通の姫とは違うから」

 隆俊が迎えに来ないので、朔は屋敷の庭を散歩していた。穴多守が「知らぬ土地では、案内がいりましょう」と言って、息子を案内役にしてくれた。それからは毎日、隆俊一行は同じ頃合に迎えに来ていた。けれど今日は、来る気配がない。


「どうなされたのでしょうねぇ」


 簀子に座り、朔を見守っていた芙蓉が、ほほに手を当ておっとりとつぶやいた。


「疲れたんでしょう。私が、普通の姫とは違うから」


 気にする風もなく、朔は言う。


「何か、用事があって来られないのかもしれませんね」


「毎日来るとは言っていなかったし、私の相手をするばかりではいられないものね」


 朔は芙蓉に近付き、階に腰を下ろした。


「もう少ししても来ないのなら、屋敷の周りを少し見て回らない?」


「よろしゅうございますね」


 隆俊の誘いで色々なところに出かけるのも悪くはないが、まだ見ていない屋敷の周囲を、ゆっくりと見て回るのも楽しいだろう。朔は隆俊らの、姫としてふさわしい行動を求めてくるような、非難めいた気配に少々ウンザリとしていた。気心の知れた者ばかりで過ごすほうが、案内のある遠出よりも楽しそうだ。


「それじゃあ、出かける用意をしましょう」


 立ち上がった朔は、庭の先に小さな人の姿があるのを見つけた。朔の視線を追って、芙蓉も人影に気付く。


「あら」


 二人の視線に誘われるように入ってきたのは、朔が舟遊びをした日に、野花をくれた里の子どもだった。子どもは、腹のあたりでモジモジと両手をもみながら、おそるおそる近付いてくる。それを、朔も芙蓉も笑顔で招いた。


「あの、遊びに来てもいいって、言ってたから」


 不安そうにする子どもに、朔はにっこりとした。


「ちょうど、これから出かけようと思っていたところなの。このあたりの案内を、お願いしてもいいかしら」


 朔の言葉に子どもは顔を輝かせて


「うん!」


 と、大きくうなずいた。


 ◇◇◇


 すぐにでも遊びに来たかったが、隆俊らがいると邪険に扱われるので、来るに来られなかったと、子どもが朔と芙蓉にうったえる。


「いばりちらして、怖いんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る