真夏は胸をなでおろした。

「それからだ。どんな文にも目を通さなくなったのは。恋文の全てが、自分ではなく親の権力や財産が目当てなのだと、姫様は思われているらしい」


 おかわいそうにと男は息を吐き、真夏の胸はさわいだ。朔姫の心を射止めるのに、上手い歌や豪華な贈り物は逆効果だ。彼女はそういうものや、相手の身分に心を動かさない。それならば、自分にも可能性があるのではないか。


「朔姫に、想う相手はいるのか」


 ついでに聞いても不自然じゃないだろうと、真夏は何気ないふりをして問うてみた。


「姫様に、想い人?」


 男は目をぱちくりさせて、ふうむとあごに手を当てる。思い当たることがあるのかと、真夏の胃がキュウッとなった。ほんのわずかの時間が、ひどく長く感じられる。それほどまでに自分は朔に惹かれているのかと驚きつつも、早く返答をくれと男に強い目を向けた。


 すると男は、ケラリと笑って片手を振った。


「そんな相手がいたような話は、聞いたことがないな。恋文を読んでいたころからだ。姫様はこのまま、どこにも行かずに別荘で楽しく暮らせるのが、一番幸せだろうなぁ。姫様には、都は息苦しいだろうから」


「ああ、そうだな」


 真夏は胸をなでおろした。


(だが俺なら、彼女を息苦しくさせるようなことはしない)


「いっそ身分や位を度外視して、こういう田舎の公家に嫁ぐという道もあるが」


 男は穴多守が朔を通じて、彼女の父親と縁続きになりたがっていることを指摘した。真夏はちらりと隆俊に目を向け、可能性を潰すように尖った声を出した。


「息子の様子じゃ、姫を幸せになんて出来そうにないな」


 隆俊が朔を手に入れたとしても、彼女の自由をかえりみるようには思えない。


「まったくだ。あるいはとも思ったんだが、隆俊様じゃあ無理だろう。どこかに、姫様をのびのびと過ごさせてくれる公達はいないかねぇ」


 ぼやく男に、真夏は確信を持って胸中で返答した。


(そんな公達は、この世に俺しかいないだろうな)

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