「姫様は、文を一通も開いていないのか」
穴多守か、隆俊自身か、あるいはその両方か。ともかく、野心があって朔に近付いているのは確かだろう。けれどもう十分にウンザリしていると、隆俊の顔に書いてある。これからの来訪は、毎日ではなくなるだろう。
隆俊の様子に気付いているのかいないのか。朔は自分の望むままに足を動かし、はじめて下界に降り立った天女のごとく、ものめずらしそうにしている。そんな彼女の様子を見るのが、真夏は楽しかった。
(彼女を妻に)
その考えが、しっかりと真夏の心臓に根を張り育っている。
彼女に恋文を送るという手は、有効な手段ではないと知った。こんな田舎にまで送られてくる恋文を、いっこうに読んでいる気配が無い。なので、それとなく警護として別荘に来ている、昔からの家人らしい男に聞いてみた。
「姫様は、文を一通も開いていないのか」
男は別段、変に思うようなこともなく、あっさりと教えてくれた。
「ああ。おまえ、そのころ仕えていなかったのか。昔は読んでいたんだけどな。まだ姉姫様たちが独身だったころだ」
「どうして、読まなくなったんだ」
男が声を潜めて口元に手を当てたので、真夏は耳を寄せた。
「一番上の照姫様には、想い合った公達がいたんだ。だけど、結ばれなかった。二番目の陽姫様のときも、文のやり取りをしている相手がいたらしいんだが、後宮に行くことになった」
それがどうしたのかと、真夏は目顔で問う。珍しいことでも何でもない。
男は眉間にしわをよせ、機嫌を損ねたらしく声をとがらせた。
「姉姫様たちのお嘆きぶりは痛ましいものだったと、女房たちが話していた。朔姫様は、それを間近でごらんになられておいでだ。並の姫様ではない朔様は、公家の世界だけではなく、武家の社会や庶民のことにも興味をお持ちなんだ。そこで、違う結婚の形というか、流れというか、そういうものをお知りになり、姉姫様たちのようにはなりたくないと思われたんだろう」
真夏は相づちを打ちながら、無言で続きをうながした。
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