(芙蓉も、心が疲れているのだわ)

 その使者が来れば、どうするか。


 その思案が定まらぬうちに迎えが来て、朔はとっさに従うと決めた。芙蓉を、真夏を守るために、自分が出来ることはそれしかないと思いきわめて。


(真夏は、私を見限ったのかしら)


 情けないと、腹を立ててしまったのだろうか。それとも、朔の言葉に傷ついてしまったのだろうか。


(あんなこと、言わなければよかった)


 真夏が傍にいるだけで、勇気付けられた。彼がいると思うからこそ、この決断をする事が出来た。前に進まなければと、ただ流れにもまれるだけではなく、自分から切り込み、道を作っていかなければと思えた。


 それなのに、真夏はいない。


(どこに行ってしまったの)


 ああ、と朔は泣き崩れた。


(どこで、何をしているの)


 会いたいと、朔は涙を流し続ける。


 涙に濡れた萌黄は、その色を濃くしていた。


 ◇◇◇


 真夏の行方はようとして知れぬまま、朔は軟禁状態の生活を送っていた。


 同じ時間に同じように、柳原家の女房が起こしに来る。朔の世話は如才ない所作の女房が行い、もとから朔の傍にいた者とは、芙蓉以外に会わせてもらえていなかった。


「他の者たちは、どうしているの」


 朔のその質問には毎度、同じ答えが繰り返される。


「それぞれにふさわしい場所にて、この屋敷に慣れるべく働いております」


 芙蓉も詳しくは知らされていないらしく、いつもおだやかな彼女が、近頃はわずかに眉をしかめていることが多くなった。


(芙蓉も、心が疲れているのだわ)


 朔の父の政敵の館ということで、気を張り続けているのだろう。


(ひと月近くも自由にならない生活では、息も詰まるものね)


 気晴らしに草木の姿でもながめたいと言えば、まるで朔が逃げ出す算段をしているかのような物々しさで、警護の者が庭に立ちならび、女房に左右を囲まれた。そんな中でくつろげと言われても、息抜きをするどころか気詰まりが強くなるばかりで、庭に下りて歩きたいなどと言う気も失せてしまった。


(あれなら部屋の中でひっそりと、芙蓉と二人で過ごしているほうが、ずっと心が落ち着くわ)


 朔が物憂げな息を吐けば、傍らに控えていた芙蓉が、心配そうに前にのめった。


「なんでもないわ。退屈をしていただけ」


「笛でも、お使いになられますか」


 芙蓉の提案に、朔の胸はチクリと痛んだ。


(真夏)

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