「ああするしか、無かったの」
彼を傷つけた。けれどその後にささやいた言葉で、自分の思いは通じると考えた。
――俺が姫を支え、守り抜きます。
真夏の声が、朔の耳奥に響く。ぽたりと落ちたしずくに、萌黄の紙が濡れた。
「真夏」
名をつぶやけば、涙はとめどなくあふれ、朔はそれを落ちるにまかせて、ひと筆も走らせていない文に染み込ませた。
この涙が言葉となり、真夏に届けと願いながら。
「ああするしか、無かったの」
ほかに何も思いつかなかった。贈り物はすべて処分し、金銭に換えた。働く者の人数は、最低限にまで減らした。里の者たちが親切に、食べる物を届けにきてくれていた。しばらくは、細々とやっていくことができただろう。
だが、いつまでも、というわけにはいかない。里の者の行為に甘え、のうのうと暮らしていくのも心苦しい。けれどあの場所に、朔の出来ることは何もない。里の者と同じ暮らしをすると決めて、髪を切り粗末な着物に袖を通して土をいじる。そんな方法も、あるいはあったのかもしれない。どこまでできるかはわからない。できないかもしれない。けれども、そんな選択をしてみる、という事もできたかもしれない。
(でも、そんなことをすれば、他の者たちはどうなるの)
芙蓉をはじめ、女房たちにも同じようにしろと命ぜられるのか。そんな生活をするつもりだから、都に戻り働く先を見つけろと言えるのか。彼女たちだけではない。警護の者や、下働きの者たちもいる。それらをすべて放り投げて、自分ひとりの事だけを考えて行動するなど、できはしない。
だから、朔は柳原公忠の誘いに乗った。変わり者の姫ということで、朔を面白半分に引きとろうと申し出る文は、いくつか届いていた。朔を自分の姫の女房にという文まであった。朔自身に届けなければ、途中でにぎりつぶされると考えたのだろう。穴多守を通じ、売った物を運び出す折にこっそりと、それらの文が手渡された。その中に、柳原の文もあった。それらを芙蓉にすら見せず、朔は一人で吟味し考えた。
どれにも返事を送らず返答に迷っているうちに、柳原からの迎えが来た。柳原から送られた文は、迎えを送るのでそれに乗って早々に参られよと、有無を言わせぬ命令のように書かれていた。だから朔は、強引な迎えが来るかもしれないとは予想していた。だが、これほど早く来るとは思いもよらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます