(お姉様たちのようになるなんて、嫌)
これほどに相手を想い、胸が苦しくなるようなことがあるのなら、病にかかったようにやつれたり、命を落としたりすることも、あるのかもしれない。
(だって私の心臓は、こんなにも激しく破れてしまいそうなんだもの)
体の内側からはじけてしまいそうなほど、鼓動が大きい。飛び出してしまわないように、朔はますます体を丸め、両手で強く胸を抑えた。
(でも――)
これは本当に恋なのかしらと、自分の想いに疑念をはさむ。女性ばかりに囲まれて過ごす朔は、男性に触れられることなど皆無に等しい。そんな生活の中で、若く美しい男に抱きしめられた。そのことで緊張し、興奮し、こんなふうになっているだけなのではないか。
(ああ、そうだわ。きっとそうよ)
朔は自分の気持ちをごまかそうと、ふと浮かんだその考えに同意した。
(私が恋をするなんて、ありえないもの)
お姉様たちのように、苦しみながら人の妻となるなんて。あんなふうになるくらいなら、恋なんてしないほうがいい。
そう思ってからずっと、朔は恋文に目を通さず、歌会や宴の折に艶めいた言葉を送られても、かたくなに受け入れることをしなかったのだ。その思いを「変わり者」という言動で包み、縁談が来ないようにしていた。
朔は叶わぬ恋に憔悴した姉の姿に怯え悲しみ、恋というものから逃げようとしていた。
(お姉様たちのようになるなんて、嫌)
この胸の熱や痛みは、恋と勘違いをしているだけのものだと自分に言い聞かせているうちに、いつの間にか眠りに落ちた。
◇◇◇
ぼんやりと寝不足の顔そのままに、朔は庭をながめていた。芙蓉は何も言わず、何も聞かず、ただ黙って傍にひかえてくれている。そんな彼女の存在が、朔にはとてもありがたかった。
一人になるのは不安。けれど何か聞かれるのも嫌だ。
そんな朔の心根を知っているかのように、芙蓉はただ傍にいる。
傍にいてくれている。
朔は高欄にもたれかかり、手入れの行き届いた美しい庭をながめていた。青々とした生命力あふれる木の葉が、日の光に照らされてまぶしいほどだ。立派な枝ぶりの松のたくましさに、朔はそっと息を吐く。
(まるで、あの時の真夏の腕のよう)
浮かんだ言葉にビックリし、朔はあわてて打ち消した。
(男の人なんだから。警護の者なんだから。たくましくて当然だわ)
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