「そんなこと、私は承諾していません」
「そんな……それで、それであなたは平気なの? 想う姫はいないの」
朔の言葉に、道章は豪快な笑い声を立てた。
「想う姫とは結ばれるさ。本妻として座るのは、朔姫。あなたとなるが仕方ない」
道章が朔の手を取り引き寄せる。
「いやっ」
彼の広い胸に両手をついて、抱きしめられまいとする朔を楽しむように、道章は渾身の力をこめる朔をながめた。
「どれほど嫌がろうと、あなたは私の妻になる。明日の夜、皇子誕生の祝いの宴が催される。そこで父が、あなたと俺の婚約の話を披露する手はずになっている」
「そんなこと、私は承諾していません」
「あなたの承諾など必要ない。だがまぁ、拒むことなど出来ないと思うがな」
「どういうこと」
「あなたが俺の妻になれば、縁者に恩赦が与えられるという事だ」
え、と朔の腕がゆるんだ。悪童の顔をした道章が、息がかかるほど近くに顔を寄せる。
「父や兄、姉のことを救える手立てが、あなたにある。悪い話では無いだろう」
朔の体から血の気が引いていく。真っ青になった朔をなぶるように、道章は続けた。
「本来なら文をやりとりし、そっと婚礼の儀を行って発表をするものだが。保護をすると言って引き取った手前、多くの公家衆の集まる宴で、先に伺いをたててからのほうが、体裁がいい。そちらは失脚した父君に下位の官職であろうとも、復帰をする手立てを作れる。こちらは古くよりの名門の血筋を得られる上に、父上の悲恋を違う形で成就させることができる。どちらにとっても、良い話だろう」
「あっ」
道章が投げ捨てるように朔を離した。
「変わり者の姫と言っても、男の前では他の姫と変わらぬ非力な女だな。あなたが変わり者と言われる理由は、夫婦になってからゆっくりと知ることにしよう」
高らかな笑いとともに、道章が去っていく。その背を呆然とながめる朔の視界が揺れて、やがて暗くなった。
「姫様! 朔姫様っ!」
芙蓉の悲鳴が遠い場所で、響いていた。
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