「その笛を、今度の祝いの席で帝に献上するんだよ」

 真夏の兄は、彼の笛をたいそう愛し、あちらこちらで自慢をしていた。だが、真夏はめったに笛を唇にあてない。自分の気持ちの乗った時にのみ吹くので、その力量を宴で披露した事が無かった。


「その笛を、今度の祝いの席で帝に献上するんだよ」


「え」


「もうすぐ、皇子様誕生の祝いの宴が催される。主だった者たちはこぞって参列するだろう。大伴は古くからの名門。官位のことは関係なく、呼ばれるだろうな。そこに、献上品は笛の音だと言って出て行けば、無位無官の者でも帝の前に出られる。そこで帝を感服せしめたてまつることができれば、帝の覚えもめでたくなる」


 実篤の策士のような笑みが、真夏には仏の光明のように感じられた。


「しかし、どうして実篤は俺を助けてくれるんだ」


 大学寮で顔を合わせることはあったが、それほど親しいというわけではない。それなのに真夏を案じ、知恵を授けてくれるというのは、どういう了見なのか。


「言っただろう。俺は、恋しい姫を守りきる事が出来なかったと。その姫の妹に、辛い思いをさせたくないんだ」


 真夏は目がこぼれるほどに大きく開き、実篤を凝視した。朔が恋文を読まなくなったきっかけは、姉の悲恋が原因と聞いた。その相手が、実篤だったとは。


「だから久我様の使者として、家人でもないのに穴多まで駆けてきたのか」


「宴までに、笛の音を鍛えておけよ。――柳原の子息の誰かと、朔姫を縁付かせるというウワサがある。それに待ったをかけるなら、失敗は許されないと覚悟をしておいたほうがいい」


 軽く真夏の肩を叩き、実篤はひらひらと手を振り去っていく。その背に、真夏は無言で頭を下げた。

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