「姫様に、秘密にしておりました」

 朔は笑い飛ばそうとした。芙蓉は朔の背にあてていた手を、彼女のほほにそえて顔を包んだ。まっすぐに朔の目を見て、かんで含めるように告げる。


「左大臣様の失脚は、本当のことなのです」


「――うそ」


「気をしっかり、お持ちになってくださいませ」


 芙蓉の目は真剣そのもので、柔和な目じりがキリリとそびやかされている。こんなふうに真剣で、気負った様子の芙蓉を見るのははじめてだった。朔は目の前が暗くなっていくのを感じ、いけないと自分を叱咤した。


(気を失うわけにはいかない。どういうことかを、きちんと聞かなくては)


「説明、してくれる?」


 朔は、ちらりと芙蓉の手にある文を見た。芙蓉は厳しい顔で、少し下がって頭を下げた。


「申しわけありません、姫様」


「え」


「姫様に、秘密にしておりました」


「芙蓉?」


 どういうことだろうと、朔は床に両手をついている芙蓉を見る。そういえば、芙蓉はいつの間に手紙を読んだのだろう。自分が呆然としている間に、芙蓉は手紙を読んで、失脚は本当のことだと知ったのだろうか。それほどに自分は長いこと、正気を失っていたのだろうか。


 頭を下げたまま、芙蓉が言う。


「失脚の気配を知りながら、姫様を別荘へとお連れしたのです」


「知っていた?」


 はい、と芙蓉は顔を上げ、悲壮に眉を寄せながら説明をした。


 朔の父の政敵である右大臣の姫が、後宮で権勢はなはだしいこと。その姫が懐妊をしていたこと。その子が男児であれば、次代の天皇となりうるので、右大臣の権力が強くなるということ。出産の時期が近づいており、もしも子どもが男児であれば、失脚をさせられるかもしれないと、朔の父が漏らしていたこと。


「そして、姫様だけでも混乱の渦中より逃がしておきたいと、この別荘に行くようすすめられたのです」


「そんな……」


 それでは自分だけが知らなかったのかと、朔は色を失った。芙蓉は勇気付けるように、朔の手をにぎった。


「このことを知っていたのは、内密に申しつけられたのは、私のみ。他の誰も、このことは存じません。最悪の事態を想定しただけで、実際には失脚にならない可能性もあったからです。いらぬ不安を持たせてはいけないと、この芙蓉にのみ大殿様は明かしてくださったのです」

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