それはまぎれもなく、真夏だった。
苦悩する朔を、芙蓉は哀しげに見ていた。
宴は穏やかに進んでいる。次々にめでたい品が帝と皇子に献上され、その返礼が示されていく。その中で、大伴冬嗣という者が、弟の笛の音は随一なので、それを献上したいと言上した。
(真夏も笛が上手だったわ)
人の心に寄り添うような音色をしていたと思い出し、朔の胸が切なくしびれた。
「我が息子、道章も笛の名手。よろしければ競演などいかがでしょうかな」
公忠が言って、道章が進み出た。
(彼の笛は、荒々しすぎて祝いには向かないわ)
得意げな、自分の夫となるであろう道章を一瞥し、その奥に進み出た大伴冬嗣の弟に目を止めた朔は、息を呑んだ。
(真夏――!)
それはまぎれもなく、真夏だった。
「姫様」
芙蓉も気付き、朔の手を取る。
「どうして」
かすれた声で、朔はつぶやいた。
「大伴家のご子息だったのですね」
「でも、どうしてそれが私の家人にまぎれていたの」
それは、と思案げな顔をした芙蓉の言葉を、笛の音が遮った。真夏が音をつむぎ、道章が追いたてるように音を奏でる。やわらかな真夏の音に、荒々しい道章の笛の音がからみつく。
(なんという音をたてるのかしら)
道章の、上手ではあるが無粋な音に、朔はけわしく眉根を寄せた。
「姫様」
芙蓉がそっと、朔の手に何かを押し当てた。見ればそれは笛で、朔がまたたき芙蓉を見れば、彼女はにっこりとして笛を朔ににぎらせ、その手を持ち上げた。
「どうぞ」
芙蓉の気持ちに、朔の胸があたたかくやわらいだ。
「ありがとう」
真夏の音を耳に集め、朔は笛に唇を寄せた。ふわりと音が舞い、道章の音の隙間をくぐり、真夏の音に並んだ。
(私はここよ、真夏)
朔は想いを笛に注いだ。それが音としてつむぎ出され、真夏へ向かう。真夏が朔の音に気付き、笛の音が包むぬくもりを浮かべた。
(ああ)
通じた、と朔は感じた。二人の音が重なり踊る。
さざなみのように、参列者の中におどろきが広がった。道章の笛を、帝が手を上げて制する。邪魔をするものの無くなった二人の笛が、やわらかくあたたかな音で周囲を包んだ。
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