(自分を奮い立たせようとしていたのだ)

(彼女はただでさえ、ウワサのにぎやかな女性なのだから)


 まとまらぬ考えに、真夏は苦々しく目をすがめた。このようなことを相談できる相手のいない事が、真夏をよりふがいない気分にさせていた。相談をする友人すらもいないのかと、自分に対する憤りがふくらんでいく。


 そんな思いを渦巻かせている真夏の視線に気付く様子もなく、朔は無邪気な笑みを浮かべている。こうして、子どもたちとたわむれている姿を輝く日の中にながめていると、朔の父の失脚は夢であるかのような気がしてくる。


(だが、夢であるはずはない)


 今出川実篤が知らせを持ってきてから、ぱたりと姫への文が止まった。屋敷に仕えている者たちを引き取りたいという申し出があり、別荘の人数が減った。表面的には変わらぬように見えても、内側の空洞は広がっている。朔の心中はどうなのだろうかと、真夏は彼女のきらめく笑顔を痛ましく見つめた。


 平気であるはずは無い。心細いはずだ。けれど真夏が知る限り、彼女は誰にもそんな顔を見せてはいない。知らせを受けたあの日に、動揺をした様子を見せただけだ。暁闇の中で語らったときの彼女は、とても気丈に見えた。少し、気丈すぎるほどに。


(自分を奮い立たせようとしていたのだ)


 朔のいじらしさに、真夏の心は燃えるようだった。この腕に抱きしめ、心の内にある不安を何もかも吐露させ、何も心配はいらないと声をかける事ができたなら。その力を、持っていたならば。


(都は、どうなっているのだろう)


 朔の父や兄、姉らがどうなったのか、どうしているのかという話は、まったく伝わってこない。だからこそ、そういう距離だからこそ、朔の父は彼女を守るため、この別荘に送り出したのだろう。


 しかしこの状況では、こちらはどうにも身動きが取れない。朔が完全にどうしようもなくなるまでに、左大臣であった頃の縁故をたより、何がしかの手立てを打つつもりなのか。


(何にせよ、情報が欲しい)


 都に行った者たちどころか、父や兄に送った文の返事すら来ていない。そろそろ来てもいいはずなのだが、一向に何の連絡も無いままだった。


 ふと、実篤が自発的に朔の父の使いをしたと言っていたことを思い出した。


(彼ならば、何がしかの情報を教えてくれるのではないか)

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