目の前に、真夏が立っている。

 朔はそっと、庭へ向かった。


(外の空気を吸って、痛む頭とさわぐ心を落ち着かせよう)


 誰も起きていない様子に、朔は自分がただひとり、取り残されてしまったような気になった。胸がざわついて、たよりない気持ちが足元から黒い手を伸ばし、朔の体を這い上がっていく。


 朔はそれから逃れるように、足を急がせた。


 ひっそりとした夜の気配に、目の奥が熱くなる。


 本当に、ひとりぼっちになってしまったのではないか。あの知らせの後、誰もが縁故をたより、どこかへ行ってしまったのではないか。


 そんなことが意識に浮かび、朔はすぐさま「そんなことはない」と打ち消した。けれど不安は打ち消しても打ち消しても、分厚い雲のようにむくむくと湧き起こる。


 眠っている間に、屋敷中の人間がひとりのこらず、去ってしまったのではないだろうか。


「ああ」


 否定してもくり返し生まれ続ける不安に、朔はとうとう負けてしまった。へたりこんだ朔は、自分を抱きしめるように両肩をつかみ、首を振る。大丈夫だと思いたいのに、思えない自分が情けなくて、無力な自分がくやしくて、朔は震えた。


(しっかりしないと。お父様もお兄様も、お姉様たちもきっと、都で辛い思いをしているわ。しっかりしなさい、朔。しっかりするのよ!)


 奥歯をかみしめ、自分を奮い立たせようとする朔の耳に、砂を踏む音が聞こえた。


「朔姫?」


 胸にじわりと沁みる心地よい声に、根拠の無い救いを感じて顔を上げた。


「ああ」


 目の前に、真夏が立っている。朔は胸の奥からあふれでた、痛みと安堵を含んだ息を漏らした。


「どうしたのですか。こんなところで」


 真夏が駆け寄り、朔に手を伸ばした。朔も手を伸ばし、彼の手をつかむ。真夏の手のぬくもりが、朔に力をくれた。まっすぐに朔を見つめる真夏の瞳が、朔の不安を取り除いていく。


「少し、外の空気を吸いたくなったの」


(この別荘の主として、しっかりとしなければ)


 さきほどまで、どれだけ自分に言い聞かせても、気弱な思いに打ち砕かれていたものが、みるみるうちに満ちていく。


(不思議だわ)


 夜の帳を押し上げていく朝日のように、朔の心の闇を真夏が照らして取り払う。あたたかく力強いものが朔の胸に生まれ、頭の先から足の先にまで、余すところなく広がっていく。


 この感覚は、何なのだろう。

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