第七章
唐突に、真夏の姿がたのもしく脳裏に浮かんだ。
ひどく痛む頭に顔をしかめながら、朔は目を開けた。部屋の中は薄暗く、見通しが利かない。のろのろと体を起こし、室内を見回した。
(あれから)
どのくらい経ったのだろうかと考えてみる。寝台の周囲に芙蓉の姿は無く、朔はひとりだった。
喉が渇いている。
(お水を)
喉だけでなく、体中が渇いていた。
(きっと、たくさん泣いたからだわ)
泣き疲れて眠ってしまうなんて、どのくらいぶりだろう。小さな童女のように、芙蓉にすがり泣き続けた。芙蓉も涙を流し、互いの着物を濡らしあった。
芙蓉は部屋に戻ったのだろうか。
朔は少しさみしく思いつつ、彼女は彼女で色々とすることもあるだろうからと、自分をいさめた。
この屋敷では、芙蓉が全てを取り仕切る役となっている。朔の父の失脚は、屋敷中の人間に衝撃を与えた。その者たちをなだめ、これからどうするのか、ということを決めなければならない。朔の傍に、ずっといるわけにはいかない。
(頼れる人が、いないのだから)
都まで、およそ二日。それが今は、一年も二年もかかる距離であるように、朔には思えた。都に戻ったとして、父が失脚した今、誰に頼れるというのだろう。父も兄も姉たちも、都内でのこもごもに対応することで手一杯のはず。使者が来たことだけでも、ありがたいと考えなければ。
唐突に、真夏の姿がたのもしく脳裏に浮かんだ。
(どうして)
頼れるものが無いと思った時に、彼の姿が浮かんだのだろうと、朔は首をひねった。真夏の姿を思い出したことで、重苦しかった胸が少しだけ軽くなったことに気付く。
(ああ、そうだわ。舟遊びのときに、助けてくれたから。だからきっと、思い出したのだわ)
でなければ、彼をたのもしい存在として思い出す理由がないと、朔は結論付けた。
(彼はただの家人だもの)
宮中での政権争いに関与をすることなど、できはしない。困惑した朔たちの身柄を預かり、世話をする力を持っているはずがない。
身近に頼れる人を、この屋敷の誰もが捜し求めている。その中で浮かんだ彼の姿は、藁にもすがりたい気持ちの現れだろう。それ以外に、考えられない。
(思うより、こたえているんだわ)
芙蓉を差し置いて真夏の姿を浮かべるなんてと苦笑しながら、朔は寝台から下りた。あたりは暗く、静まっている。今は何時なのだろう。
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